~はじめのお詫び〜

お・ま・け♪
BGM:DREAMS COME TRUE  LOVE LOVE LOVE
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無礼講になると、もう座は入り乱れてすごいことになっている。

主役の二人はさすがに自分達の座を離れることができない分、次々とやってくる祝いの言葉やからかいに応じていた。

「総司っ!!わしゃ、おミツさん達にようやく顔向けができるぞ!」

散々酔っ払った井上が、杯と思って手にしているのは、椀の蓋である。

「総司、総司!!お前さ。…………とか……は……だからさ」
「ぱっつあん、そりゃー、お前の愛読書貸してやれよ~」

二人の兄分たちは、経験の少ない総司に“大人の世界”を耳元で“教育”にいそしんでいる。

総司の代わりに、近藤と土方は客達の間を次々酌をしては礼を言ってまわっている。

かたや、セイの周りは別な意味でまたにぎやかだった。

勢ぞろいした一番隊の隊士達は、男泣きに泣きながら一斉に叫んだ。

「「「神谷ぁぁ!よかったなぁぁぁぁ。幸せになれよぉぉぉ」」」

「神谷、嫁に行っても俺はいつまでも兄代わりだからな」

一見、素面だが、間違いなく酔っている斉藤がセイの分の注がれた酒を飲み干している。

泣き腫らした中村五郎がセイの手を握り締めて綿帽子に包まれた顔を覗き込んだ。

「俺、俺、やっぱり……!!」

その瞬間、隣からチャキッと聞こえた脇差の音に、ぱっと手を離してわぁぁんと泣きながら駆け出していった。

「清三郎!!やはり君はどんな姿をしていても美しいね!!ぜひともその花嫁衣裳を僕の土方君のために貸してはくれまいか?」

いつもの扇子を片手に、うっとりと近づいてきた伊東が怪しい手つきで内掛けに手を伸ばすと、あちこちから、チャキという物騒な音が響いた。

「誰が『僕の』だ!!!この害虫!!」

怒声と共に、部屋の一番端のほうから、土方が手にしていた杯を投げつけた。ぱしっとその杯を手にすると、満面の笑みで叫ぶ伊東を内海がずるずると引きずって去っていく。

「ああっ、土方君!!僕と固めの杯を交わしたかったんだねっ!!杯といわず、熱い抱擁を交わそうじゃないかっ!!!!こらっ、内海っ、何をするっ!!」

ずるずる…………

「お……セイちゃん、ほんまにこんな変わったとこで働いてかまへんの……?」

奇怪なものを目にしたお里が、思い切り心配そうに囁いた。

そして、二人の前に松本がどかっと座り込んだ。

「良かったな。お前らはいい仲間に恵まれた」

本来なら、セイも総司も切腹ものだった。

しかし、誰もがそれを望まなかった。頑なに法度を振りかざした土方でさえ。

誰も彼もが、二人を惜しみ、嘆願した。

それゆえに、この三月の時間が必要で、それを乗り越えた二人を、皆が我が事のように喜んでいる。

先ほど、一番隊の隊士が総司達に告げていったが、二人の新居まですでに用意されているらしい。セイの荷物はお里のところから、総司の荷物は一番隊の隊士達がもう運び込んでいるという。

しかも、女子として暮らしていなかったセイのために、行儀見習いを引き受けてくれた会津藩の奥方達が一通りのものをそろえてくれたらしい。

目に光るものをたたえて、松本が総司の杯に酒を注いだ。

「沖田、俺の娘をよろしく頼む」
「もちろんです。義父上」

隣で二人を見ていたセイは、もう二度と得られないと思っていた、家族のぬくもりを感じて、嬉しくて浮かんだ涙を指先で抑えた。

「きょ、局長~~~~!!」

門番の係りだった隊士が、走ってきた。何事かをそちらを見ると、何か抱えている。

部屋の上座のほうへ近藤が近づくと、そこに運ばれてきたのは見事な蒔絵の塗り箱で、文が添えられている。

「畏れ多くも一橋公より、神谷宛に祝いだと申されて使いの方が……」
「「はぁっ?!」」

慌てて膳を回り込んで、セイがその文を受け取った。開いてみると……。

『  あやしくも 花のあたりに臥せるかな 折らばとがむる人やあるとて
(いけないことだけれど、愛しい人の隣に眠りたい。手を出せば怒る人がいるだろうけど)
なーんちゃってね。少しは女子らしくするように。

浮  』

読み終えたセイの手がふるふると震えている。

慌てて、その文を手に取った総司もくらっと頭を抱えそうになった。

「あんの腐れXX~~~~~~!!!!どんな嫌がらせだっ!」

拳を握り締めてセイが怒鳴った。

慌てて、周りにいた者達が押さえ込んだが、塗り箱を蹴っ飛ばしそうになる。文を折りたたんだ総司が、塗り箱を開けると素晴らしい貝合わせの道具が入っていた。

ひねくれた浮乃助流の祝いなのだろうが、確信犯的に公の名前で寄越すあたりが、やはり嫌がらせが入っているのは否めないだろう。

しかも、この時刻に通常届け物などがあるはずもない。恐らく、肥後守様から祝言の話を聞いて、時刻も指定してきたのだろう。

溜息をついて、きっちりと文を折りたたむと懐にしまい込む。隊士に聞くと、使いの者はもう帰ってしまったらしい。

「これは私からお礼の文を書きますよ。貴女から返してもらっても困りますしね」
「沖田先生?これ、じゃあ……」
「せっかくの心遣いですから頂いておきましょう。腹は立ちますけど」

そういうと、塗り箱を元に戻して、ひょいっと抱え上げた。

「近藤さん、こんなもの、ここに置いておけませんから、私達の家に運びますね」
「あ、ああ。いいとも。神谷君、君も」

振り返るとお里がすでにセイを控えの間に連れ出していた。

しばらくすると、飲んだくれている者たちの向こうに、着替えを終えたセイが姿を見せる。流して一つに結んだ髪を後ろに垂らし、その先を濃い黒鳩色の縮緬で包んでいる。小袖姿のセイを伴って、一番隊の隊士一人が二人を新居まで案内してくれた。

屯所のすぐ近くのこじんまりした一軒家に案内された二人は、初めて入る家の中で、取り合えずの貴重品である塗り箱を部屋の奥にしまいこんだ。そして、セイは家の中を歩いて、総司の着替えを探し出す。

単衣の着流しに着替えた総司はようやく一息ついてゆったりと座っている。総司の着ていた着物をたたみ、セイは総司の前に座った。

「お疲れ様でした。疲れたでしょう?」
「そうですね。なんだか気疲れしちゃいました」

セイは、改めて総司に詫びた。

「沖田先生。なにも言わずに屯所をでてすみませんでした」

総司がふ、と何か諦めたような柔らかい表情を浮かべた。

「もういいんですよ」
「心配してくださったんでしょう?先生」
「そりゃ、しますよ」

少しだけ拗ねたように横を向いた総司に、セイは手をついた。

「沖田先生。ふつつか者ですが、末長くよろしくお願いいたします」

かぁっと頬を赤くした総司は、セイの手を引いて抱き寄せた。自らの胸に新妻を感じながら、総司は眼を閉じた。

「もう、離しません」

「はい」

夜の静寂はもうしばらくの間、二人の姿を包み込んだまま……。

– 終 –