恋情 5

〜はじめのお詫び〜
なんだか、コンヘンは裏じゃなくてもいーんですけど、なんとなく全部まとめておきます。

BGM:abingdon boys school HOWLING

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総司が、南部医師を伴って、セイの突然の病と離隊を言い出してから、土方はさらに口数が少なくなったように思えた。
普段から、気楽に話す方でもないし、原田や永倉達のように軽口を利くことも少ない。どちらかといえば、皮肉な一言を差し挟むことが多いくらいだ。

近藤が、なぜ神谷君だけこんな難しい病にばかり……と嘆くのも、どちらかといえば上の空で聞いていた。総司が、自分に近づけないためについたのだろう。今の自分にはその嘘に騙されてやる他はない。

だから、離隊の際の報奨金や総司が休息所のための家を探すのも、黙って手配してやった。

馬鹿か、俺は。

幾日も、酔えぬまま酒を飲む。

惑わぬものはいない。

計らずも斎藤がそう言っていたではないか。普段のセイを知り、その気性と立ち働く姿と、一途に総司を慕う姿を知っていて尚、目の前にいる女子になんとも思わぬほど、自分はできた人間ではなかったわけだ。

セイの痕跡を消すかのように、他の隊士たちが惜しむ中で、セイの荷物を残らず運び出していく総司が、最後の荷物を運び出した後、副長室に現れた。

周りを確認して、静かに障子をあけて、後ろ手に閉める。

大事だった弟分のおそらく、想い人を踏みにじったのは自分だ。この深い後悔を、その弟分が罰してくれるならそれもいい。

そう思っていた。しかし、総司は思いのほか静かに口を開いた。

「歳三さん」
「総司」

「あの子は、思い出したくない記憶を封じ込めました。だから、記憶がないのは事実です」

隊を抜けるための方便ではないのだと。

「なに……?」
「あの子が忘れるなら、私も忘れることにします。私には貴方を責めることはできても、憎み続けることはできない」

だから、忘れます。

悲しい、嘘だと思った。自分の休息所に彼女を置いて、なぜなのか、その理由を忘れることなどできはしないだろうに、土方を憎むこともできない、といった。

土方はそれに答えることを拒み、総司も特に答えを求めてはいなかった。単に、自分の思いを告げに来たのかもしれない。

来た時と同様に、静かに総司が部屋を出ていくと、土方はこみ上げるような可笑しな嗤いに口の端を上げた。

何と言う様だ。

そして、記憶がない?
思い出したくない記憶だから?
自分が求めた女子はそんなものだったのか?

触れてしまえば砕け散る、そんな玻璃のような儚い何かだったのか?

あの時、自分の手の中で翻弄された姿を、自分を飲み込んで締め付けた体が思い出される。
狂気のような嗤いに浮かされるように、着流しの間から、自身の彼女を傷つけたものに手を伸ばす。

掌ににぎり込んだ自身は、頭の中の幻想に容易に力みだす。

くだらない熱を帯びるそれはだるそうに動かす手の中で、幻想のなかでは小さな手と口に覆われて。
手の熱さとぬるりと包み込まれるはずの口中は、滲んだ自分自分のものでなのか、彼女だったのか。
脳裏につぎつぎと思い描く姿に、癒されぬ痛みを自分自身に思い知らせるように、手を動かして、自分自身を煽りたてた。
果てはあっさりと、償いを許さぬように、吐き出された。

覚えていないということ。

休息所を設けたといっても、セイを妻として迎えたわけではない。
それは、思った以上に総司に重く圧し掛かることになる。

初めのうちは、お里に頼み、日を限って面倒を見てもらった。
そのほとんどは、薬によるもので眠ったままだったから、いっそ休息所にお里や正坊も引き取ろうかと思ったくらいだ。

だが、お里がそれを拒んだ。

総司に養ってもらういわれはないと言い、地唄や三味線で食べていく分は困らないという。それなら、こうしてセイの面倒を見ている間の分をと言っても、頑として受けてはもらえなかった。
それはそれで仕方がない。
お里から良く思われていないことは、これまでも時折感じられたのだから。

そうこうしているうちに、体調自体は回復するセイに、薬を飲ませ続けることもできなくなった。
南部の指示で過労によって、一時的だとは思うものの、記憶の錯綜がみられるのだと言って、そのままでは隊務は無理といい、一時的にでも離隊したのだと無理やり納得させた。

しかし、本人は薬で眠っていた間までは記憶が飛び飛びだったとしても、それ以降は何の差し障りもないのだ。

「あのぅ……私などがお世話になっていていいのでしょうか?」

初めはそんなことを言っていた。休息所として家のことは頼むことにしても、ほとんど屯所にいる時と変わらないわけだし、掃除や洗濯などといっても、総司の分だけではこれまで忙しく屯所で立ち働いてきたセイには、あっという間に終わる日々である。

「気にしないでください。生計の宛てがあるわけでもないでしょうし、貴女は隊の中枢に近すぎたんです。信用していないわけじゃありませんが、隊を知りすぎているので一人にするわけにもいきませんしね」

だからいいんですよ。

屯所から届けられる夕餉を取りながら、総司はそう答えた。明らかに、何か納得していない彼女がこんな話で引き下がるとも思っていなかったけれど。

「じゃあ、先生が本当に休息所を設けたくなった時には、ちゃんとおっしゃってくださいね。私、先生のお邪魔にはなりたくないんです」

相手の方にも申し訳ないし。

二人だけだからだろうか。
もし自分に連れ添いたい相手がいたら、と。

そんなことを口に乗せるセイに、自分の思いも知らず、何を言うのかと思う。
妻として迎えられればどれほどいいのか。

自分が仕える相手は近藤であることはかわらないが、きっとそれも理解した上で、共にいてくれるであろう貴女を、こんな風に閉じ込めても自分のものにはならない。
やりきれない思いはどこまで続くのだろう。

「そんな人いませんよ」

素っ気なく、それだけを答えて黙々と箸を進めた。
しかし、その答えに、少しだけ嬉しそうに笑った彼女が可愛くて、はぁ…と思わずため息が出る。

どうしようもないのだと、自分自身に言い聞かせるには嬉しくて、辛い日々に疲れていたのだ。

部屋を遠慮した彼女は、夜になって自分の床を延べると、隣の小部屋で眠る。屯所では隣に休んでいても、わざわざこの家の中で隣に眠ることはないと、彼女なりに気を使ったのだろう。
それでも、隣の部屋の気配に意識が向いてしまう。寝息を感じれば、自分自身が熱を帯びて眠れなくなる。

朝方辛うじて眠りに落ちる。そんな日の繰り返しである。

もともと思い悩むことも苦手で、恋など知らなければこんな風に己の欲に振り回されることもなかったのだ。総司は、自分の限界が近いことを認めたくなかった。
それと同時に、憎むことはできないといった、土方の想いがわかる気がした。

あの人もこうだったのかもしれないなぁ。

夜半に、床の中で体は横になっていても、暗闇の中で目は冴えている。隣から聞こえる、安らかな寝息に耳を澄ませながら、土方がなぜ、ということに意識が向いた。

自分も、彼も男なのだ。

身近にあんな子がいて、惹かれて、それでもなお、こうした日々を過ごし、折に触れて花開くような笑顔や、華奢な姿を感じて、求めずにはいられない。
自分の手で、感じ乱れる様を見たいと思わずにいられない。

ずく……と、熱を帯びる中心に手を伸ばしそうになる。一度箍を外してしまえば、後は落ちてゆくだけだ。

まったく、偉そうに土方さんをどうこうなんて言えませんよ。

なかなか訪れてはくれない眠りを求めて、目を閉じた。

– 続く –