紅葉の伝言

〜はじめのお詫び〜
半年で倦怠期だったら世の中恐ろしいことになりますな。 ほんと、この夫婦は不器用なので、周りは心配ばっかりなのです。

2を書いて反省。スイマセン。前後編なし!推定5話くらいで!!

BGM:土屋アンナ 暴食系男子

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―― 悩ましい文がまた届いてしまった。

セイは、届いた文を開いて溜息をついた。まだ早いだろうに紅葉の一枝に香を焚き染めた薄様を結びつけてあった。
時折届く文は、こっそりと診療所の小部屋の中に隠してある。

『いつとても恋しからずはあらねども 秋の夕べはあやしかりけり
(いつだって恋しくないわけではないが、ことさら秋の夕暮は胸がざわめいて想いだされる)

その後の様子ぐらいは教えて寄越しても罰は当たらないだろう?
たまには顔くらい見せなよ。

浮』

「はぁ……」

セイが腹を殴られて怪我をして以来、心配する文が届けられてはいたものの、気軽に会えるような相手ではない。
ましてこれまでもこうして文を受け取っていたことは、誰にも話していなかっただけに、今回ばかりは返事の書きように困っていた。

とりあえず、紅葉から文をはずすと、いつものように隠してある文箱に文をしまった。そんなに簡単に様子を伝えられるものでもないのだ。

体は順調に回復したものの、色々と元の通りというわけには行かない事が多い。
隊内での扱いがまず変わった。今までのような雑用は一気に減って、幹部らしい扱いをされるようになったことはいいことだろう。覚書の一件以来、セイの元へは情報も正確に集まるようになってきている。
妙な噂の種になることも減ったような気がする。セイの剣の腕についても、武田との立会いから甘く見るようなものもいなくなった。

個人的に関わった幹部達は、あまり変化がないともいえるが、やはり前のままではない。土方は、今までのような雑用の仕事を頼まれることが減って、限 られた面子での用談の場に同席させられることが増えた。しっかりとセイを認めてくれているからともいえるが、不用意な動きをするな、と固く約束させられる ことが多くなった。
原田は時折、おまさからといって何かしらの小物をもらうことが増えた気がする。

ただ、永倉や原田、藤堂、斎藤達一部の幹部が用もないのに診療所に集まってくることだけが変わらなくて、セイをほっとさせた。

「神谷さん、いますか?」

声をかけてから総司が小部屋に顔を覗かせた。
どきっとしてセイは慌てて、手にしていた紅葉を背中に隠した。

「あ、はい」
「今夜、申し訳ないんですが、原田さんたちが付き合えっていうので、先に帰っていてくれますか?」
「あ……、じゃあ、先に一人で帰ります」
「ごめんなさい。あまり遅くならないうちに帰りますから」

申し訳なさそうに総司がいうと、セイはほっと息をついた。それから、慌てて総司に詫びた。

「あ、あ、ごめんなさい。今のは別に総司様がどうとかじゃなくてっ」
「大丈夫。気にしてませんから。疲れてるんでしょう?少しは貴女も羽を伸ばしてくださいね」

そういうと、にこっと笑って総司は戻って行った。総司の姿が消えると、ぺたん、とセイは部屋の真ん中に座り込んだ。

「本当に…、なんだか……」

ぽつりと口に出してから背中に隠した紅葉を手にして、くるりと回した。

―― こんなに綺麗なのに

今度こそはっきりと深いため息をついてセイは、その紅葉を文机の上に置いた。

 

 

 

幹部棟に戻る間に、総司の顔に張り付けてあった笑顔が剥がれ落ちた。はっきりとセイが安堵の息をついたことが、堪えなかったわけではない。ただ、今以上に気を使わせたくなかっただけで。

セイが怪我とともに負った痛みは、あの後もなかなか癒えることなく、二人の間に妙なわだかまりのようなものを残していた。あれ以来、話題にすること もなくなるべく触れないようにしている話も、原田の所にもうすぐ生まれる赤子の話題が出れば、必ずその後で泣きながら眠るセイを見てきた。

総司が気遣えば気遣うほど、セイは辛い気持ちを口に出せなくなって、総司に申し訳なくて気を遣う。
そんなお互いがお互いを縛るようなわだかまりは、もう一月以上続いていた。

決して仲が悪いわけではないだけに、そのぎくしゃくした雰囲気は傍目にも徐々に分かり始めていた。

セイが夕方屯所を後にするのを、しばらく後から男達が後をついて歩く。
原田と永倉、藤堂、それから総司である。斎藤は巡察が終わってから合流する話になっていた。

「今日は俺は飲む方だからね」

はなから藤堂が宣言していた。件の際に、まったく自分がのけ者にされていたことをまだ根に持っているのだ。皆にとっては、伊東派を勧誘したのは藤堂 であり、その不穏な動きごと藤堂には知らせたくなかったのだが、それが水臭いと藤堂は怒り心頭でしばらくは永倉や原田と口もきかない在り様だった。
今日の表向きの話題も何度目かの藤堂への詫びということになっていた。

「へぇへぇ。俺らが奢りますよ。平助がこんなに引きずる奴だとは思わなかったぜ」
「まあな。神谷を家まで送ってやってもよかったんだぜ?総司」
「まだ時間も早いし大丈夫でしょう」

昼過ぎに降った雨のせいで皆、高下駄をはいている。ひんやりと肌寒いのは雨が降っただけではなく、そろそろ秋も深まってきたからでもある。

「ううっ、そろそろ熱燗でもよくなってきたなぁ」
「また寒い冬が来るのかね。嫌だねぇ」

そんな話をしながら揚屋に向かった総司達は、原田と永倉がツケがきくという理由で馴染みの店に上がった。

「でもさぁ。原田さん、こんな風に飲んで歩いていいの?おまささん怒るんじゃないの?」
「おまさがこんなことで怒るかよ。あいつは結構腹が座ってやがるからな。こういう付き合いも仕事のうちだってわかってるさ」
「ふうん。まあ、俺達の仕事を知らない普通の奥さんだからそうだよね。知っていればそれはまた違うと思うけど」

ちらりと総司に視線を向けた藤堂に、総司はきたか、と身構えた。遅かれ早かれこの兄分たちの追及に合うのは分かっていたのだ。来るべきものがきたと思うしかない。

「知っていても店に上がるわけじゃありませんからね。別に変には思われませんよ」

運ばれてきた膳と酒を前に総司がぼそりと言った。どうせ聞かれるなら自分からしたほうが話が早い。そう言うと、原田が早速食いついた。

「分かってんだろ?何だよ、最近のお前ら。妙にぎくしゃくしやがって……。まだ引きずってんのかよ?総司」

座って酒を注ぐのも早々に始めた原田に、永倉が苦笑いした。藤堂は後になってから簡単な説明しか聞いていない。すわ、何事だと説明を求めた。

「なんだよ、俺知らないんだけど?原田さん、ちゃんと説明してよ!」
「だからな……」

そういって、原田が大幅な脚色付きで語った顛末によって、話が終わるころにはセイはすっかり悲劇の主人公になるところだった。呆れた永倉が割って入り、軌道修正をし倒して、ようやく事実に近いあたりに着地したあたりでようやく斎藤がやってきた。

「もう話はすみそうか?」
「いや、今、平助に説明したところだからこれからさ。アンタが来るのを待ってたんだよ」

すでに酔っ払い始めた原田と藤堂はさておき、まともな永倉が答えて斎藤は自分の膳の前に座った。
ちびりちびりと酒を飲んでいる総司は、情けない顔のまま上目づかいに斎藤を見た。

「そんな顔をするくらいなら追及される前になんとかすればいいだろう、沖田さん」
「それができるなら誰も苦労しませんよ」

さすがに今日ばかりは零したいのだろう。
いつもなら逃げ回るところを総司が逃げずにこの場にいるということは、よほど堪えていると見える。

「本当に、私は剣術以外、取り柄がないんですよねぇ」

そう言うと、総司はこのところの悩みをぶちまけ始めた。

 

– 続く –