天にあらば 30

〜はじめのつぶやき〜
仲間はずれはダメですよ。ネッ!!
BGM:FIND AWAY   鮎川麻弥
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「な、何だよ。その姿っ。最っ高だなぁ!!」

その場に座りこんで笑い転げながら浮之助が土方と総司を指差した。ひきつった顔の土方と総司が頭を下げると、斎藤は下がって脇に控えた。

セイが浮之助に着いてきた供の者たちに宮様の部屋を教えてから、浮之助の後について部屋の中に入った。涙を流して笑い転げる浮之助に、何と説明したものかと思っていると、土方が丁重に頭を下げたまま口上を口にした。

「ご無事でのご到着、よろしゅうございました」
「あぁん?俺は浮之助だよ。そんな態度を取ってもらういわれはねぇよ?」

笑い転げていた浮之助が胡坐をかいた足を掴んだまま、起きあがりこぼしよろしく起きあがった。

「どういうことだかちゃんと説明しろ。清三郎?」
「実は昨日、峠道にて襲撃を受け、無理な行程を重ねていたために、同行されている雲居様が体調を崩されました。この状態で無理に動かすことは医師として許せませんでした」
「ほう。お前は医師として同行したというのか」

ぐいっとセイは胸倉を掴まれて浮之助と同じ目線に引っ張られた。
じろりとセイを見つめる目は先程まで馬鹿笑いしていた男のものではない。セイは畳に手をついて、胸倉を掴まれたまま浮之助の目の前で座りなおした。

「はい。私は医者として同行させていただいております。警護には土方副長をはじめ、沖田先生と斎藤先生がついております」
「なら警護がなんであの姿だ」

引きずられるように顔をあげていたセイの傍に総司がにじり寄ってきて、手をつくとにっこりと頭を傾けた。

「その辺りでお手を離してくださいませんか?」
「減るもんじゃねぇだろうが」
「この姿についてでございますよね。宮様の身代わりの方と侍女の方々にはお願いして出発していただきましたが、宿に残っている者がいるのは明白。そこに女手が一人も残ってはいないのはさらに不審を招きますでしょう?そうそう、宿の女手をあてにするわけには参りませんし」

すっかりなりきった口調で答える総司に呆れ返って、あんぐりと口を開けた浮之助の指先から力が抜けた。セイの袷を整える仕草もわざとらしい総司に再び浮之助がくつくつと笑いだした。

「だからってまあ、化粧までする事はねぇだろ?ったく、よくやるぜ。お前!」

途中からくるっと振り返った浮之助は、部屋の隅に控えていた斎藤にびしっと指を差した。

「お前も警護なんだな?」
「は……」
「なら申し渡す!明日、本隊が合流するまで、お前も侍女の姿で警護にあたれ!!」
「はぁぁぁ?!」

目玉が飛び出しそうなくらい驚いて、拒否反応を示した斎藤ににやりと笑った浮之助は、セイに向かって支度を手伝えと顎で示してからさっさと部屋を出ていった。

セイは、その姿に頭を下げてから、まずは隣りの部屋の襖を開いた。すでに宮様の姿はなく、雲居が横になったまま床の中でくすくすと笑っている。

「神谷殿、どうぞ斎藤様のお支度を手伝ってあげなさいな。私は大丈夫よ。今は気分もいいの」
「そうですか?では、少しでもご気分が悪い時はお声をかけてくださいませ」

大丈夫とは言うが、一応雲居の顔色をみてその手に触れる。問題ないと見て、雲居の傍から離れた。
控えている土方と総司に、一応様子を気をつけてくれるように頼むと、青ざめた顔で呆然としている斎藤の傍に近寄った。茫然自失の姿に苦笑いすると、着替えの着物を用意し始めた。

「誠に侍女姿をせよと……」
「諦めろ」
「あらぁ、意外と似合うと思うますわよ。斎藤さん」

土方と総司が続けて言うと、青ざめた顔が余計にひきつっていく。面白がっていることは明白で、逆らいようがないとはいえ、斉藤にはどうにも酷な話だった。

「あの、斎藤先生。つけ髪は土方副長と沖田先生が総髪につけられてしまったので、普通の女髪に結うしかないんです。申し訳ありません」

斎藤の元結いを外して、セイは髢を足しながら女髪を結い上げた。されるがままになっている斎藤は、セイが手伝って女物の着物を着せると、ごつい、宿の女将のような姿になった。というのも、どうしてもその姿からは普段の貫録が出てしまうのだ。

「その姿では薄化粧ってわけにもいきませんから、諦めてくださいね」

そういって、セイが白粉から丁寧に化粧を施した。自分では滅多にきちんと化粧をすることが少ないセイだったが、斎藤の姿に化粧をしていくと、目元がはっきりしてきて、土方や総司とはまた一味違った美女っぷりに興が乗ってしまい、がっちりと仕上げた。

「すごい。斎藤先生、お似合いですよ」

自分で支度を手伝っておいて言うのもなんだったが、自分の仕上げに大満足だった。
ちらりと振り返った二人が、ふっと口元に笑みをたたえたのを見て、斎藤はかっと頬を染めてそっぽを向いた。

「じゃあ、あちらの様子を見てきますね」

セイが立ち上がりかけると、土方がぱっと振り返った。

「よせ。行くな」
「えっ、でも副長達はその姿ですし……」

おろ、と土方の顔と廊下へと視線を彷徨わせたセイに、総司がさらに畳みかけた。

「貴女はいかなくてもいいでしょう?どうしても警護が必要なら向こうから言ってくるでしょうし、貴女は雲居様の医師なわけだし?」
「はい……」

しゅん、としたセイは控えの間にすとん、と座り込んだ。
そんな大変なことを言ったつもりはなかったが、やはりまずかったのだろう。斎藤の着物に手を伸ばして、始末をしながらセイは、かすかにため息をついた。笑顔を向けてきた総司の顔も、土方の顔も目が笑っていなかった。

その間に、斉藤が廊下側の奥に床を敷いて衝立を用意した。

「神谷、この間にお前は少し休んだらどうだ。無理をしていては帰りの行程もきつくなるぞ」
「そうですよ。私達が今はついていますし、何かあればすぐに起こしますから少しお休みなさい」

立ち上がった総司にそういわれると、有無を言わさず布団に押し込まれた。
確かに、昨夜もほとんど休んでいなかったセイは横になるとすぐに眠気に負けてしまった。

セイの寝息が聞こえる中で、密かな声で土方は斉藤を呼んだ。

「何か聞いたのか?」
「特には……」
「さて……。どんな話だったのやら……。興味はひかれるが、アイツをそんな話の最中にやるわけにはいかんしな」

宮様の部屋で今、何が語られているのかはわからない。
これも、大きな流れの中では些細な取り決めを決めるためのひとつでしかないのかもしれない。

二刻ほどして、浮之助の供についてきた一人が土方を呼びに来た。

「お手数ですが、ご足労願えますか?」
「わかりました」

流石によく躾けられている様子で、土方の異様な姿にも吹き出したり動揺することなく、穏やかな顔で土方を連れていった。
後に残った斎藤と総司は互いの顔を見合わせてからお互いの姿にげんなりしたのか、どちらからともなく視線を逸らした。

 

 

– 続く –