白き梅綻ぶ 5

〜はじめの一言〜
ついにあの事件が~・・・地味ですけど。
BGM:Metis   梅は咲いたか 桜はまだかいな
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「神谷さん」
「佐々木さん!あ、改名されたそうですね。おめでとうございます」
「いや、だからどうした、ということなんだがな」

セイを見かけて声をかけた蔵之介は、照れくさそうに頭をかいた。隊内では幹部についで顔の広いセイであるが、特に後に入隊した者達は、入隊時から日常のこまごましたことでセイの世話になる。
蔵之介もその一人であり、それはそのまま時折親しく会話することもあった。

「そんなことないですよ。ええと、蔵之介さんでしたっけ」
「ああ。神谷さんのように役に立てるようになれればよいのだがな」
「そんなことおっしゃらないでください。佐々木さんは永倉先生の信頼も厚いじゃないですか。それに私の方が古参とはいえ、年下なんですから神谷と呼んでください!同士なんですからね」

明るくセイに言われると、いつも思うのだが本当にそうだと思えてくる。これが皆に愛される所以なのだろうな、と蔵之介はにっこりと笑って頷いた。

「では、神谷に以前見立ててもらった簪だが、妻が喜んでいた。また何か贈りたい時は見立ててもらえるか?」
「もちろんですよ!佐々木さんの奥方はきっと美しくて聡明な方なんでしょうね」
「そ、そんなことはないが・・・…、賢い女だとは思う。ずっと隠居の祖父に育てられたのだが、生粋の武家育ちでな」

セイから視線をはずし、庭先に目を向けながら蔵之介はタエのことを話した。蔵之介も同じく浪人とはいえ武家の育ちゆえに女子のことをあれこれと言うのは、武士としてはどうかと思っていたが、相手がセイだとなぜか素直に話してしまう。
話を聞いているセイの方も、蔵之介が男として大げさなことは言わずとも、妻を愛おしんでいることが伝わってくる。そこは女子だけに、馴れ初めから聞きたくなる。

立ち話が進んでしまい、セイと蔵之介は廊下の端に腰を下ろした。

「やはりお見合いだったんですか?」
「うむ。間に立つ方がいてな。俺も浪人だけに遅い結婚だったのだ」

そういうと、出会いからタエが嫁いで来たときの着物の話までつい話してしまう。それをにこにことセイは聞き入っていた。

「や、話し込んでしまったな。申し訳ない」
「とんでもないです。なんだかお話しを伺って私も奥方を知ってるような気になってきちゃいました」
「そうか。今度、非番のときでも遊びに来てくれ」
「ええ、是非」

ふと、蔵之介はセイが腕に包帯を巻いているのに目を向けた。

「どうした?怪我をしているようだが……」
「うーん、なんだかこのところ出動のたびに細かい傷が増えるんですよねぇ」

私の腕がおちたんでしょうか、と呟いているセイにまさか、と蔵之介は首を振った。
セイの腕が落ちたというなら、もっと腕の劣る隊士だとているのだから、確かにこのところ出動が増えているとはいえ、そんなはずはない。

「このところ出動が増えているからだろうが……。どうしても一番隊だと他の隊よりも出動する回数が多いからこればかりは仕方がないな。気をつけて」
「ありがとうございます」

確かにこのところの出動の多さはこれまでの比ではない。二番隊だとて、何人か体調不良に加えて軽い怪我を負っているものがいる。
今は堪えどころなのだろうが、蔵之介には遣り甲斐を感じる日々で充実していると思っていた。

 

 

数日後、巡察に向かうはずだった二番隊に出動の命が下った。

「永倉先生、うちだけですか?」
「ああ。今日は少人数らしい。監察の報告だからな。間違いもないだろう」

永倉と伍長である島田との会話を隊部屋にいる皆が聞いている。大きな捕り物ではないので、皆見た目は変わらずとも、鎖の着こみで支度をしている。蔵 之介も鎖の胴衣を身につけて、先日タエが新しく仕立ててくれた着物から、ずっと前から着ているものに着替えた。返り血を浴びてしまうとせっかく作ってくれ たタエがまた気にすると思ったのだ。

「よし。皆、支度はいいか?」

永倉の呼びかけに皆が刀を手に頷いた。一番隊には及ばないまでも二番隊も精鋭部隊である。出動に慣れた皆は落ち着きはらって屯所を出発した。

大阪からの客をよく泊める船宿のひとつに、最近京に入ったらしい浪士達がいるらしい。少人数らしいので二番隊のみの出動になった。

隊を二つに分けて船宿の裏に回らせる。永倉を筆頭に島田が正面から中に入った。

「おう、すまん」
「へぇ。おこしやす」
「ここに、浪士の数人が泊まってるって話をきいてきたんだがな?」

船宿の女中が奥から顔をのぞかせていたが、ぱっとその顔に恐怖が浮かんで奥に消えた。船宿の主人は落ち着き払って対応しているが、額に汗が浮かんでいた。

「さて、ご浪人の方も普通にお泊り頂いておりますので、どちらの方をお探しでいらっしゃるやら……」
「今、奥にお女中が行かれましたなぁ?顔色が悪かったようだが?」

さっと主人の顔色が変った。それとほぼ同時に裏手の方から怒声が上がった。それを聞いて永倉が動いた。

「奥だ!」

その声に島田達が一斉に奥に駆け込んだ。先ほどの女中が浪士達にいる部屋に走り込んでいた。

「お客さん!新撰組!!」

その声と共に男達は刀を手に一斉に立ち上がった。中には町人も含まれている。正面ではなくもう一つの階段から駆け降りた男達は裏手に向かって走り出た。
そこに裏手に分かれていた蔵之介ほか、隊の半数が待ち構えていた。

「ひっ!!こっちにもいやがる!!」
「逃げられねぇぜ!!」

最後のあがきとばかりに刀を振り上げた男達が次々と囲まれる。彼等に刀を抜いて立ち向かった。蔵之介もその一人に向かって刀を振るった。

「待て!」

向き合った一人が刀を下に向けた。蔵之介は刀を構えたまま浪士の姿を見据えた。
下に向けたまま刀の鍔に手をかけて片腕は上に挙げた。

「?」

蔵之介が不審に思い見ていると、男は蔵之介に向かって言った。

「命だけは助けてくれ。代わりにアンタ達には大事な話を教えてやる」
「何?」
「だから命だけは助けるように口添えしてくれ!」

蔵之介は刀を構えたまま、男の刀を奪った。他の隊士が駆け寄ってきて男を捕縛縄で縛り上げた。蔵之介は男の腰から鞘を抜きとると、その蔵之介に男が囁いた。

「絶対に損はしない。話だけでも聞いてくれ」

蔵之介は、男の顔を見ると何も言わずにその場を離れた。しかし、男を捕縛した隊士に、他のものとは別の蔵に閉じ込めるように言った。
屯所に戻った二番隊は、捕縛した者達をそれぞれ蔵に押し込めると、永倉が副長室へ報告へ向かう。その間に、島田と共に蔵之介は件の男を閉じ込めた蔵に向かった。

「本当に良い話なんだろうな」

蔵に入った蔵之介は事情を話した島田と共に男の前に立った。

 

– 続く –