宴の夜明け<拍手文 18>

〜はじめの一言〜
幕末節約話の翌日
BGM:
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宴会の翌日、起き出したセイのほかは、皆、酔っ払い過ぎてまだ起きていない。
起床の太鼓の前ということもあって、静かに廊下に滑り出ると、井戸端で顔を洗い、人気のない小部屋で着替えを済ませた。

再び廊下に出たセイは静まりかえった屯所の中に人の気配を感じて道場へ向かった。

「はっ、はっ、はっ」

道場の中で、規則正しい呼吸と共にで木刀を振っていたのは斎藤だった。ひょいっと顔をのぞかせたセイはにこっと笑って声をかけた。

「お早いですね。斎藤先生」
「む。清三郎、お前こそ早いな」

振り返った斉藤は木刀をさげて、稽古着の袖口で汗を拭うと斎藤はセイの傍にやってきた。

「昨日は巡察で参加できずに残念でしたね」
「俺はもともと一人で飲むのが好きなのでな。かまわんさ」
「でも、昨日は局長もお戻りになってたんですよ。お考さんが作ってくれたお重を抱えて戻られて」

昨夜の宴会を思い出してセイはくすくすと笑いだした。
なんだかんだと言いながら、セイも楽しいことは楽しいのだが、昨夜は酒を飲まずに楽しむことができたのがいつもと違っていた。

土方がセイにかけて行った羽織だけでなく、しばらくすると総司が自分の羽織を脱いでセイの膝の上に寝転がった。

「沖田先生!また!こんなところで横になられたらお風邪を召しますよ?」
「このまま起きていたらまた誰かに飲まされちゃいますよ。もう少しでお開きでしょうからそれまで膝を貸してください」

セイの膝の上に頭を乗せて、脱いだ羽織をすっぽりと頭までかぶると目を閉じてしまった。おかげで、肩から背中は土方の羽織で、膝の上は総司とその羽織で温かい。肌寒いはずの表での宴会なのに、セイだけは温かかった。

総司の膝枕などは毎度のことだけに、ふう、とため息をついただけで、セイは茶を手に騒いでいる皆に目を向けた。
どんな時でもこんな風に騒げる彼らをあきれ半分、笑い半分に。

昨夜の様子を楽しそうに話すセイに、斎藤は頷いた。

「だが、おかげで皆、その前の夜よりはたっぷりと眠れたようだな」
「ああ。そうですねえ。もう起床の太鼓だって言うのに、誰も起きてませんね」
「たっぷり眠ったのはお前だ。ずいぶんと色艶が良くなっている」

セイの片方のほっぺたを斎藤がぐいーっと引っ張った。

「ひゃ、ひゃめてくらさいよ。なんれすか、ひろつやっれ」
「このところ、副長の手伝いやら何やらで随分遅くまで起きていたんだろう?顔色も良くないし、目の下にクマができていたが、今朝は大分いい」

むにゅっと掴んでいたセイの頬を最後に押しやると、踵を返して木刀を道場の壁に戻した。
セイは掴まれた頬を押さえて、バツが悪そうな顔でそれを見ている。

「たまたまですよ。ちょっと立て込んでしまって……。そんなに疲れて見えましたか?」
「まあな。だから、その原因を作った本人と、いつもお前をよく見てる人がよく眠れるようにしたんだろう」
「あっ……」

―― だから、羽織

お開きになる前に自室に引き上げていった土方と、お開きと同時に半分、舟を漕ぎかけていたセイを羽織ごと抱えて、隊部屋へ他の皆より先に放り込んだ総司。

おかげで温かい隊部屋で着替えもできて、ぐっすり眠れた気がする。いつもは空き部屋か厠で冷えたまま夜着に着替えていたのだ。

「後幾日かだけだろうが、いい機会だから夜はよく眠っておけ、清三郎。少しでも成長するようにな」
「……っ!!兄上!!寝て成長できるものならもっと寝てますっ」
「そうか?……そうは見えんが」

セイをからかうだけからかうと、さっさと斎藤は道場から出ていく。かっとなったセイは頬を膨らませながらそのあとに続いた。

「ひどいですっ。これでも伸びない背とか随分気にしてるのにっ」

斎藤の後ろからぶつぶつと文句を言いたてると、珍しく可笑しそうに頬を緩めた斎藤が振り返った。

「すまん。そんな顔をするな。せっかく色艶が戻りかけたのに、膨れた顔のまま戻らなくなるぞ?」
「兄上っ!!」

はっはっは、と笑い声を残して隊部屋に戻っていく斎藤に、セイは拳を握りしめて悔しがった。

傍にいなくても、このところずっと朝早くから雑用と隊務と夜遅くまで土方の手伝いとで疲れ切っていたセイを気にしていただけに、顔色が良くなった、というそれだけで斎藤の気分もだいぶ変わっていた。

―― まあ、俺よりヤキが回ったあの二人がなんとかするとは思っていたが、な

松坂屋の一件は、隊費が乏しくなったのは事実だとしても新撰組に融通してくれない店ではない。
すぐに不足がないよう、ツケで運び込もうとした松坂屋に土方が丁重に断って、今回の一件を仕組んだことは土方本人しか知らないはずだ。
それでも、これだけのことをするならば、総司はもちろん、近藤や斎藤も薄々その理由くらいは気づく。

セイだけでなく、他の者たちもたまには何もない中で体を休めるということをさせたかったのかもしれない。

雲の間から太陽の光が差し始めるのと同時に、起床の太鼓が鳴り始めた。
あちこちから上がる、目覚めの声を始まりとして今日も賑やかな一日が始まる。

– 終わり –