草紅葉 11

〜はじめの一言〜
斉藤先生も年貢の納め時ですよね。可愛い若い女の子だもんね

BGM:広瀬香美 DEAR・・・again
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セイが総司を起こしに向かった頃、斉藤も目を覚ましていた。
慣れた太鼓の音に無表情で起き上がった斉藤は井戸端へと顔を洗いに出る。

華が滞在しているのは明日までで、それまでには答えを出さなくてはならない。

ざぶっと冷たい水を顔に浴びた斉藤は、そのまま目の前の桶に映る自分の顔を見た。

―― 愚かだな。答えなど出ているようなものなのに

浴びせる水の冷たさに、自分の中の迷いを洗い流したくてもう一度水を手に掬い上げた。その背後に、総司を引きずったセイの声が聞こえてくる。

「もうっ!いい加減目を覚ましてください」
「覚ましてますよう。神谷さんが引っ張るからですってば」

眠たげな眼を擦ってはいるものの、セイが無理な体勢で総司の着物を引っ張るからどんどん前が肌蹴ていく。前を歩いていたセイが、また言い訳を、と振り返った目の前に、総司の胸元を目にして飛びのいた。

「な、なっ!!」
「ひどいなぁ。神谷さんが引っ張るからですよ。なのに、そんな風に飛びのかなくったって……」
「すすすすすすいませんっ!!」

叱られた上に、肌蹴た胸元に驚いて飛びのかれては、立場がない。ぶつぶつと零しながら、総司は夜着の胸元を掻き合わせた。

「あーあ。寒いのになぁ。風邪ひいちゃいますよ」
「そんなっ、あっ、すぐにお着替えを!」
「だって顔も洗ってないのに?着物が濡れてしまうじゃないですか」

おろおろするセイを完全にからかい始めた総司が続ける。

「あの、でもっ」
「きっとこれで風邪をひいて、土方さんに怒られて、神谷さんにも怒られるんですよ、私は」
「そんなことありません!すぐにお湯をお持ちします」
「私だけそんな贅沢できませんよ。手拭い借りますね」

わざとぶすっとした顔で総司はひょいっとセイの懐から手拭いを引っ張り出した。咄嗟のことにセイが反応する前に、セイの懐から引っ張り出した手拭いをひらひらと振り回して総司は井戸端へ向かっていった。

はっと自分の懐に手を当てたセイは、土方相手で鍛えられたように聞こえないような小声で毒づいた。

「あのクソヒラメ~!!」

そのやり取りを背後にずっと聞いていた斉藤は、ちょうど近づいてきた総司の気配を感じて、濡れた顔を拭った手拭いを振り上げた。うまいこと総司の顔にひらりと当てた斉藤は、しらっとした顔ですまん、というとすたすたと隊部屋へと去っていく。

寝起きからセイに怒られて、斉藤には濡れた手拭いで顔をはたかれた。

「私が何かいけないことでも……?」

取り残された総司はセイから奪った手拭いを握りしめて呟いた。

 

着替えを終えて、朝餉を取ると斉藤は屯所を出た。華の泊まっている宿まで向かうと、待ちかねていた華が部屋から顔を覗かせているところに斉藤が現れたので、はじけるような笑顔と共に飛び出してきた。

「斉藤様」

その笑顔を見た瞬間、斉藤は自分がこうして毎日この笑顔を見て暮らすのも悪くないと思った。

―― そうすれば、今朝のようなやり取りも穏やかに見守れるようになるかもしれんな

「おはようございます。斉藤様、お待ちしておりました。今日はどこに連れて行ってくださいます?」
「……そうですな。西本願寺などはいかがでしょう」
「え?よろしいんですの?」

華を連れて、西本願寺に向かうというのは屯所の中を見せるわけではなくとも、見合いに応じるということだ。他の者達はさておき、土方に会せたら正式に早乙女家に出向いて挨拶をしようと思った。

この笑顔がきっと、自分を解放してくれるはずだと。

穏やかな顔で手を差し伸べた斉藤に、華が嬉しそうに手を重ねた。宿の者に声をかけると、斉藤は華を伴って歩き出す。

「本当によろしいんですの?」
「ええ。華殿に見ていただきたいんです」

―― 私のすべてを

頬を染めて頷いた華と共に歩き出す。宿はそう遠くない場所にあったために、ゆっくり歩いても大きな西本願寺の屋根が見えてくる。堀を越えた先の真っ白な塀に囲われた門の向こうには一般の門徒が足を運ぶ阿弥陀堂や御影堂、さらに広如の私邸がある。

太鼓楼側の門から入れば屯所。

斉藤はあえて太鼓楼ではない方から門をくぐった。北集会所との間には竹矢来が引かれていた。

「まずは、お参りを先にしましょうか。仏様をおろそかにするわけにも参らんでしょう」
「はい」

華を連れて境内に足を踏み入れた斉藤の姿を見かけた隊士達がざわめきと共に竹矢来に向かって鈴なりになる。

「うおおおお!!か、可愛い」
「斉藤先生の見合いの相手か!」
「おい!見ろよ!!」

次々と隊士達が飛び出してきて、ざーっと竹矢来の端から端まで鈴なりになる。まだ知らなかった隊士も次々と隊士に呼ばれ合って、押すな押すなの盛況ぶりである。
その様子を見ながら、腕を組んだ土方が庭下駄をつっかけて現れた。

「お前ら随分暇そうだなぁ?」

ぎく。

幹部棟は竹矢来側にあるため、この騒ぎは視界に入る。ひく、と頬をひきつらせた土方が黙っているはずがない。一山いくらというばかりに、山盛りになった隊士達に向かって、土方の雷が落ちた。

「てめぇら!!何やってやがる!!」

響き渡るような怒声に、隊士達が飛び上ると一斉に全員がその場から逃げ出した。

「ひえぇぇぇ!!」
「申し訳ありません!!」
「鬼副長だ~!!」

絶叫と共に皆が逃げ去ると、竹矢来の向こうにいた斉藤と華の姿をちらりと見た土方は軽く頷いただけで部屋へと引き上げて行った。あまりの勢いに驚いて目を丸くしていた華は、斉藤の影に隠れていたが恐る恐る斉藤に問いかけた。

「あ、あの、あれはいったい……」
「申し訳ない。まあ、あれがうちの隊士達です」
「そ、そうなんですか。いえ、私、少し、その……、驚いただけですわ」

背後にいる華の顔色がさっと陰っていたことなど、斉藤は見ていなかった。ここに連れて来れば、隊士達が気づいて食いついてくるだろうとは思っていたのだ。

「全く、しょうのない連中だ」

淡々とした声で呟いた斉藤も、どこかいつもと違っていたようだ。

 

 

– 続く –