寒月 35

〜はじめの一言〜
なんちゃって天神のセイちゃんを守りながら戦う総ちゃんってかっこいいかも。
いや、有り得ませんけど。こんだけの人数・・・上手く描き切れず力不足ですみません。
BGM:jillmax GET9
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

壁際に逃げていたお才は、背中に手を回すと帯の間に仕込んでいた短刀を引き抜いてセイに躍りかかった。鞘から引き抜いた脇差でセイはそれを受け止めた。睨みつけてくるお才をみて、セイもまたこの女が斎藤に暗示をかけていた相手だと理解した。

「お前!!」

掴みかかり、ものすごい力で押してくるお才を一瞬相手が女子だと躊躇したセイが僅かに刀を引いた。総司は一瞥して近藤を見ると、彼等に 向かっているのが福永と喜助であれば大丈夫だと思ったのだろう。セイの腰に手をまわして、その体を自分に引き寄せて代わりにお才を棟で打った。

「沖田先生!」
「貴女は私の傍にいなさい!」

そう言うとセイを片腕で抱えたままでざっと刀を構えた。足音が響き、建物に次々と踏み込んでくる者達の足音で建物が揺れた。

 

近藤は土方と福永の間に割って入り、刀を抜いた。福永は剣術など形ばかりしたやったことがない。腰の二本もほとんど飾りに近い鈍刀であり、かろうじて大刀を抜いてはいたが切っ先がガタガタと震えていた。

「刀を納められよ!!」

近藤の怒声にびくっとすると刀をとり落としそうになる。土方はその近藤の肩に手を置いた。

「近藤さん。俺にやらせてくれ」
「トシ……」

剣呑な気を纏って、土方が大刀を抜いた。生きて捕縛すれば、歴とした長州藩士のしでかした事だ。どれほどこの後の状況に影響するかしれず、容易に殺すわけにはいかない。

それでも、今、この男を生かしておく気にはなれなかった。
お初を、自分を貶めるためだけに遊里に売った男が、例えお初の実の父親であったとしても。
刀を構えた土方の前にお初が立った。

「どうぞ、私をお手打ちにしてくださいまし。このような男でも私の父でございますから」

 

土方は何も言わずに刀を振り上げた。

ヒュッ

「トシっ、やめろっ!!」
「副長!駄目です!!」

近藤とセイの声が重なった。土方が刀を振り上げたことに気がついたセイがそちらへ駆け寄ろうとしたが、裾を引いた姿でそんな風に動けるわけもない。総司の腕から離れて何とか隣の部屋に近寄る。
観音に開いた戸に手をかけた時には、振り下ろされた刀がお初の肩から胸にかけて沈み込んでいた。

「お初さん!!」

駆け寄ったセイがお初を崩れ落ちたお初を抱きかかえると、一太刀ですでにお初は事切れていた。セイにはついさっき出会ったばかりのお初であったが、小部屋で聞いた話を思うと涙が止まらなかった。

「……どうしてっ、どうしてですか!!副長!!」
「どうもこうもない。間者を始末しただけだ」

冷やかに言った土方は、福永の手元を打って刀を落とさせると、柄で殴り倒した。

庭先からだけでなく、母屋の方からも浪士達が踏み込んできて、総司と斎藤がそれを引き受けて次々と打倒している。
近藤は土方の肩を掴んだ。

「お前……っ!!」

土方に言いかけた近藤は、庭先で繰り広げられる斬り合いが激しくなるのを見て、ばっと障子をあけて庭先に飛び降りた。原田、永倉、藤堂がそれぞれ浪士達と闘っている間に踏み込んでいく。

セイは、お初を抱えて泣きながら、胸元から一番隊と三番隊を呼ぶための笛を取り出して震える口に咥えた。

雪崩込んでいる浪士達はどうやら、襲撃しているだけでなく、表と裏から隊士たちに追い上げられているらしかった。ようやく中まで入ってきた隊士達が次々と踏み込んでくる。

「先生方!」

山口が一番乗りで部屋に駆け込んでくると、倒れているお才や福永を縛り上げた。喜助は母屋の二階から屋根伝いに逃げようとしているところを捕縛された。
次々と浪士達も捕縛されていき、近藤達はようやく刀を納めた。

「無事か?近藤さん」
「ああ。君たちは?」
「俺達は大丈夫だよ」

近藤と原田、永倉、藤堂がお互いを確認した。次々と走り込んでくる隊士達に、外の状況を聞くと、三人はそれぞれ内と外にいる隊士達を取りまとめるために動き始めた。

斎藤と総司も組下の者たちに任せて刀を納めた。斎藤は近藤について外に出た。セイの背後に立って、お初を見下ろしていた土方もそれについて外に出る。泣きながらお初から離れられないセイの背後に総司が立った。

「神谷さん。さ、立って着替えないと」

ふるふると首を振ったセイは、どうしてもお初の体を離せなかった。流れる血もすでに止まり、セイの着物も血に染まっていた。そのセイを 腕を掴んで総司は無理やり立たせた。中に入ってきた隊士達は、それがセイであるとは気づかずに、総司が巻き込まれた妓を助けているようにしか見えなかった ようだ。

総司は自分の羽織を脱いでセイに着せかけて、外に連れ出した。

外で待ち受けていた山崎がセイを総司から引き受けて置屋へ連れて行く。

 

捕縛した浪士達と、後始末に追われた皆は屯所に戻ったものの、後始末は夜明けまでかかった。

 

長い、長い夜が明けて行った。

置屋で着替えたセイは、山崎にお里はもう家まで送り届けたと聞くとほっとして共に屯所へ戻った。周辺を包囲していた三木達が万右衛門の後を追ったが、逃がしてしまったらしい。その行方はわからなかった。

屯所の中は、捕縛した者達を一度すべて連れてきたために、すごい騒ぎになっていた。尊皇派というのは形だけの不逞浪士達は、すべて町方へ引き渡した。所司代から幾人も捕り方が出張ってきて屯所から引き連れて行った。
福永だけは、黒谷から出張ってきた者達が連れて行った。

一通り捕縛者達の始末が済むと、近藤は黒谷へ報告へ向かった。隊内が落ち着きを見せたのは昼を過ぎる頃だった。

斎藤の処分は、完全な治療を行うこととされ、それ以外の咎めはないことになった。あの場にいた者達は、斎藤の面目を慮って、一切を口にしなかった。

 

 

– 続く –