雷雲の走る時 7

〜はじめの一言〜
むふ。ついてきてくださいね。焼きなおすと長くなるというマジックでこんなにのびていく。
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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「いいか、調子に乗ればお前だけじゃない。周りにいる奴らも危険にさらすことになる。それだけは心しておけ」
「……わかりました」
「よし。当分お前は各隊の巡察についてまわれ。午後と夜番だけでいい」

真剣な顔でセイが頷く。それがどれほど危険かなど、今のセイは考えていないのだ。それがどうしても総司には堪らなかった。

「神谷さん。くれぐれも皆さんの足手まといにはならないでくださいね。仮にも一番隊の貴女が皆さんに迷惑をかけるような無様な真似されたら私が困りますから」
「総司!」

苛立ちを隠して、うすら笑いを浮かべている総司に向かって、藤堂が止めに入った。原田も永倉も不快な顔をしているが総司はその表情は変えないままで、藤堂を見返した。

「だって、そうじゃないですか。ここは神谷さんがうまくやってくれないと皆さんが危険なんですから」
「そうだけど!そういう言い方ってないじゃん!神谷が心配じゃないの?」
「神谷さん一人のことじゃありませんから」

昨日とうってかわった総司の態度に訝しむのは藤堂だけではなく、原田や永倉も同じように感じていたらしいが、そこではあえて言いださなかった。隣にいた斎藤が止めていたからだ。

セイは、そんな総司に頷いて見せた。

「一番隊に恥じないよう頑張ります」
「よし、早速、今日の午後から参加しろ。今夜はどこだ?」
「俺だよ、土方さん」
「夜はうちですな」

原田が軽く手をあげて斎藤は頷きだけを返す。土方が頷いて、セイと原田を残して解散とした。急に態度を変えた総司には目もくれずに、残した二人と詳細を詰め始めた。

 

総司は隊部屋に戻ると、皆にセイが今日から一番隊から離れて午後と夜の巡察に参加することになったと告げた。山口はまだ病間にいるが、相田をはじめとして隊士たちが次々と総司に詰め寄った。

「沖田先生!どういうことですか!!」
「神谷だけなんでですか?」
「神谷を囮にするつもりですか?!」

総司は、にこにこといつもの昼行燈らしい笑顔を顔に張り付けて、皆に頷いた。

「そうですね。どうも神谷さんのことが不逞浪士達の間で知られているようなので、ちょうどいい目印になってもらうことになったんですよ」
「目印って沖田先生!神谷のことが心配じゃないんですか!!」

一番隊の隊士たちは、皆、セイの親衛隊のような状態でもある。月見の決闘以来、セイと総司を見守る彼等がセイが危険な目に合うと聞いて黙っていられるはずもなかった。
しかし、総司はにこにこと笑顔のままでその姿を崩そうとはしない。

「だって仕方ないじゃないですか。一番隊は今日は夜までお休みですから皆さん、ゆっくり休んでくださいね」

仕方ない。

そう口にしたとき、ひやりとしたものが伝わって、相田をはじめとして総司を取り囲んでいた者たちは、一様にぞくりと背筋に寒いものを感じた。

そうだ。

これまでも、誰よりセイを可愛がって、大事にしてきたのはこの男だった。その男が平気なはずはない。しかし、一番隊組長として、背負うものがそうさせるのか、今は全くその表情からは何を考えているのか読み取ることはできなかった。
セイを信じているからなのか、土方を信用しているからなのかはわからなかった。

その様子を廊下から見ていた斎藤が眉間に皺を寄せたまま、そっと一番隊の部屋の前を離れた。

 

午前の巡察は、どのみち動く者たちといえば小物達がせいぜいだろうと踏んで、午後と夜の巡察に絞ることにしたのは、土方の判断だった。

副長室に残された原田とセイは打ち合わせを始めていた。

「ウチは、槍が専門の奴が多い。だから他の隊ほど接近戦が得意じゃないことは頭に入れておいてくれ」

至極、真顔で原田が言う。これが総司や、永倉、斎藤の隊ならまだしも、自分の隊から始めとは原田にしてもついていない、といいたくなる。

「わかりました。私は殿をいけばいいですか?」
「いや、俺の隣でいい。伍長をその後ろにつける。もし狙われたら」
「はい」

狙われたら。

狙われるために行くのに、おかしな言い方だ。セイはどこかでひどく冷静に聞いていた。きっと、さっきの総司の態度がそうさせるのだろう。変に庇われたら、逆に怖いと感じていたかもしれない。

―― 私は不逞浪士達をおびき出すために行く

自分を守るために十番隊の隊士達を危険にさらすわけにはいかない。逃げるにせよ、自分の身を自分で守れるようにしておかなければならなかった。

「十番隊のほかに、監察からも人を出す。だが、こっちはお前を守るためじゃねえ。相手方の動きをみるためだ。そこは心してかかれ」
「分かりました」

午後の巡察までの間に、それぞれが準備をしなければならない。原田とセイはそれぞれ副長室を後にした。セイが部屋を出る直前、土方がその後ろ姿に独り言を投げた。

「そう言えば、今日は夜まで一番隊は暇なはずだ」

―― あいつらがついて行くだろう

命じてなくてもわかる。組長以下、彼らがどれだけこの小柄な隊士を大事にしているか知らないわけがない。セイは、ふわりと土方を振り返った。

「副長、独り言が多くなるのは歳のせいだそうですよ」
「うるせぇ」

土方が実は人一倍、細やかで、情に厚いことは総司がよく言っていたが、どうやらセイを囮にすることは、本人の中でも葛藤があるのか、不安らしい。

セイは、黙って部屋の中に向けて頭を下げると、隊部屋ではなく、病間へ向かった。

 

病間に戻ったセイは、一通り、隊士達の様子を見て歩く。その様子を窺っているのは、一人や二人ではなかった。総司だけでなく、斎藤、永倉、井上までも顔をそろえている。

「確かに狙われるのはわからなくもねぇんだが、まだ荷が勝ち過ぎるだろう」

井上の隊は、より後方支援が得意のため今回のセイの囮作戦には含まれてはいない。様子をみて、後々事が起こってからの登場しかないために、よけいに気が揉めるのだろう。

腕を組んで、セイの姿を見ないようにしている総司は、無言のままを通している。
皆が、総司が止めるはず、と思っていたにもかかわらず、突き放して囮に出すことにしたことに、誰もが何も言えなくなっていた。

 

 

– 続く –