雷雲の走る時 19

〜はじめの一言〜
なんだかサスペンス劇場の始まって40分くらいたったところが延々続いてるみたいですね。ぱーっといきますか!
BGM:
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二番隊の平隊士達には、この騒ぎについて何も伝えられてはいなかった。セイを囮にするという話さえ一番隊の平隊士達しか知らなかったはずなのだ。しかし、二番隊の隊士達はいつもと違う雰囲気にどこか落ち着きがない。

市中を歩き、その最後尾をセイが歩いていた。
巡察路の半ばを過ぎたあたりで小さめの宿屋の前を通り過ぎる。そこで何かを見たのは、二番隊隊士の佐々木蔵之介だった。
宿屋の目の前の通りを過ぎた後、巡察の列から佐々木が歩みでた。

「永倉先生」
「どうした?佐々木」

佐々木が隊列から離れたのを見たセイは、すぐに駆けだした。永倉の前に歩みでた佐々木は、そのまま地面にがっくりと膝をつく。

「組長、申し訳ありません!」

何事かと思った永倉が反応するより先に、佐々木が脇差を抜いた。きらりと脇差の刃が光った瞬間、佐々木に追いついたセイが自分の脇差を鞘ごと腰から引き抜いて、佐々木の脇差を防いだ。そのまま、覆いかぶさるようにして奪い取る。

「神谷!よせっ!もう俺は」
「まだ終わりじゃありません!!」

周りの隊士たちも慌てて、次々と佐々木を押さえ込んだ。

その場に立ったまま佐々木を見ていた永倉は、自分の隊にもいるかもしれない、という話を聞いて、誰がそうかということは一切考えないようにして巡察に出ていた。
考えれば歩みが変わる。変われば、敵に抑え込まれた者が動揺する。それは自分たちにも、その者にもいい方向には向かない。

セイは、取り上げた脇差を佐々木の腰から太刀とともに引き抜いた鞘に納めた。後にいた隊士に渡しながら、セイは佐々木の目の前に屈みこむ。

「佐々木さん!」
「無理だ!もう妻は覚悟をしている」
「駄目です!永倉先生!」

セイがすがるような視線を向けると、永倉は屈み込んで思いきりその頬を殴った。佐々木は後ろに手をついたが、思いきり殴られたことよりも、その眼には涙が浮かんでいた。
佐々木の顎をつかんで上を向かせた永倉はまっすぐにその腹立ちを伝える。

「馬鹿野郎」
「永倉先生……。妻が……タエを奴らに」
「なぜ俺に言わなかった!」

顎から手を離すと胸倉をつかんで永倉は佐々木を立たせた。

「隊列に戻れ!そして何もなかったようにしていろ。悪いようにはしねぇ」
「永倉先生、私が先に屯所に戻ります」
「駄目だ。お前も最後まで一緒に行動しろ、神谷」

皆、思いは同じで苦しい顔を並べていた隊士達に、永倉は隊列を取れと命を下す。佐々木は唇を噛みしめて、それでも隊列に戻った。

平隊士にしては数少ない妻帯者だった佐々木は、その妻を捕らえられているらしい。
他の者たちは正確には、何が起こったのかわかってはいない。それでもお互いに武士として妻が、という苦しげな佐々木の言葉に察するものがあるのだろう。刀は取り上げたまま、隊列を作って進む。

これですべての駒が揃ったと思われた。

 

 

屯所に戻った二番隊は永倉の指示で隊部屋に佐々木を閉じ込めておくことにした。セイと永倉は監視を隊士たちに任せて、すぐに副長室に向かう。

「副長。佐々木が妻女を押さえられたようです。巡察の最中に腹を切ろうとしました」
「そうか。それで佐々木はどうした」
「隊部屋に見張らせておいてます」
「目につかないように関わっているもの全員、揃えて蔵に押しこんどけ。刀は取り上げとけよ」

土方の言葉に承知、と答えた永倉はすぐに隊部屋に戻っていった。セイはそのまま、そこに残っている。

「御苦労だったな、神谷」
「副長、これからどうされますか?」
「俺は、もう少ししたら黒谷へ報告に向かう。どうせなんかあるなら日が暮れてからだろう。お前は総司達を捕まえて状況を伝えておけ」
「分かりました」

副長室からセイが急いで走り出て行く。それを待ってから、土方がキセルでコツコツと机を叩くと、局長室のほうからそっと襖が開いて、監察方の隊士が顔をのぞかせた。

「聞いてたか」
「はっ」
「佐々木の妻女はおそらく巡察路のどこかで見かけられる場所にいたんだろう。なんとかなるか?」
「やってみます」

答える声が聞こえたと思えばすぐ、わずかにあいていた襖が閉められて、監察方の隊士の気配が消える。二番隊が巡察に出た後、病間の者たちはすでに西本願寺側へ移動させた。また、賄い方や会計の内勤の者たちも同様である。

―― いつでも来い

牙を研ぐように、土方の身の内で闘気が満ち始めていた。

 

総司を探しに屯所の中を歩きながら、いつもと違う屯所の空気に、セイは心が震えた。

体の痛みよりも、心が痛い。
不逞浪士がどうとか、隊務がどうとか、そんなことはもうセイにはどうでもいい気がした。ただ、そこにある武士達の気概が屯所中を埋め尽くしていて、セイの中の武士であろうとする心がそれに反応していた。

生きる。

闘う。

そんな本能が揺り起こされるような力が、相乗効果のように漲っていく。

 

「神谷さん」

総司が廊下から現われて、セイの傍に立った。昼行燈といわれる総司の柔らかい表情によって、周囲に引きずられた心が、少しだけ抑えられて冷静さを思い出させる。

「沖田先生、午後の巡察で」
「分かっています。永倉さんがもう幹部に話してますから。さ、貴女も西本願寺へ移ってください」
「嫌です。私は沖田先生の傍にいます」
「人数も何もわかりませんから危険ですよ?」

いつもの総司ならば、何を言おうがセイを西本願寺へ送り込んでいただろう。でも今の問い方は、覚悟を問われている気がして、セイはきっぱりと答えた。

「私は沖田先生の傍にいます」
「じゃあ、呼んだら私の声が聞こえるところにいなさい」

厳しい言葉なのに、その表情からは温かいものが浮かんでいてセイは、喜びに震えた。

日が傾くにつれて、どんどん天気が悪くなってくる。夕立ちが今にも降りそうな天気に、セイは空を見上げた。
立ち込めた暗雲がこの先のことを暗示しているようで、少しだけ不安を覚えた。

 

– 続く –