雷雲の走る時 20

〜はじめの一言〜
こんなに伸びるなんて予想外でした。
BGM:
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屯所内はいつものようにざわめいているようで、その実は全く違っていた。

門を固める隊士達さえもいつもと違っているようだ。門脇の小屋にはいつも数人しか詰めていないが、今は一隊が待機している。
内通者として蔵込めにされている者たちの脅しの元になっていた者たちはすべて奪還に成功していた。

「くるかねぇ?」

原田が呑気な声を上げた。見た目は一見、普段のままだが、皆、鎖帷子の着込みを身につけて、足ごしらえをしている。その横で腕を組んでいる永倉が、ひげを撫でながら応じた。

「まあ、なんだな。来る来ないにかかわらず佐々木の礼はしてぇな」
「そりゃあ、うちの濱口さんもそうですよ。許嫁の方にも怖い思いをさせた分もお礼したいですね」

その二人の話にのって総司がへらへらと笑顔はそのままで言った。本当はそれでもセイの怪我を増やした元になっている濱口には後々、思い知ってもらわねばならないわけだが。

誘い込むために裏門も表門も開け放ってある。そこに土方が現れた。

「おう、お前ら、後は任せたぞ」
「土方さん?!」

土方の外出を知らなかった者たちは驚いた。てっきりこの鬼副長はいの一番に屯所に襲撃をかけるような輩を仕置きする側にまわると思っていたのだ。
しかし、土方は面白くもなさそうにふん、と鼻をならして不敵な笑みを浮かべた。

「屯所に殴り込みかけようって奴らならおもしれぇだろうに逃すのはなんだが、大騒ぎやらかして何もなしってわけにはいくまい。お前らで十分だろう?俺は事前に黒谷には出向いて、あちこちに手を打っとかなきゃ後で近藤さんにも迷惑がかかる」

練り絹の一張羅を着た土方に、藤堂が呆れた声を上げた。

「うへぇ。土方さんが珍しいと明日どころかすぐにでも槍が降ってきそうだよ」
「こりゃ、平助!副長は近藤さんに迷惑掛からんようにちゃんと留守を守って新撰組の手柄をたてようってんだ。ごちゃごちゃうんじゃねえ!」

長老らしく藤堂を諌めた井上は道場の方に隊を控えさせている。そこから土方の姿を認めて、顔を出してきたのだ。腕を組んだ総司は一人で出て行こうとする土方に眉を顰めた。

「土方さん、供もなしですか」
「ああ。総司、後は任せたぞ」

当然だと言わんばかりの土方は、そのまま薄暗くなった屯所の外に歩みでて行き、その黒い後ろ姿は闇に溶け込んでいった。

僅かの時間差で、入れ違いに山崎の手下の者が駆け込んできた。

「先生方!!」

町人姿の隊士が門脇に駆け込んでくると、息を切らせて来襲を告げた。

「表からと裏からも、あわせて二十から三十くらいです!」
「よぉし!じゃあ、奴らが来たら裏門を閉めろ。野郎ども!来るぞ!!」

報告を聞いた原田が叫んだ。あちこちから、おおっ!という声が返ってくる。
原田達も、門脇の小屋へ移動する。総司は振り返って小屋にかろうじて半身を入れたセイを見た。
ぱっと身をひるがえしてその小柄な姿が総司の元へ近づいてくる。

「沖田先生、私が門の外に出ます」
「神谷さん!」
「普通に門番が立っていたんじゃ、そのまま走り込んでこられたら一たまりもありません。私がど真ん中に立って、敵を見手すぐに門内に駆け込んだら誘いこめませんか」
「できるのか?」

横で聞いていた永倉問いかけると、セイが頷いて袖口に手甲を隠して歩き出した。門脇の隊士は、永倉達によって門の内側へと移動させられた。

薄暗くなったあたりに、夕日の名残だけが朱い。
遠くから四、五人の人影が見えて、わざとセイはうろうろと、遠くを見るような仕草をする。他の者たちは、正面以外の道からくるのか、姿が見えないものの殺気を漂わせた気配だけは感じられる。屯所の周りには堀あるために、どうしても塀沿いに大人数が潜むことはできないのだ。

歩み寄ってきた男たちを見て、セイはゆっくりと視線を外さずに一歩だけ門の内側に足を踏み入れる。男達は、まだ何食わぬ顔をしているふりで歩いてくるが、明らかに殺気を纏っていた。

じり、と男たちから目をそらさずに距離を測る。顔が判別できるくらいの距離にびりびりと周囲の気配が肌に突き刺さるようだ。

もう間もなく、長身の者が相手なら間合いに入る。小屋に隠れた総司が焦りを滲ませた。

―― 遅い!神谷さん!!

総司が心の中で叫んだ瞬間、ぱっとセイが身を翻して、後姿が見えるようにまっすぐに中にむかって駆け出した。
それをきっかけに男達がばらばらとあちこちから駆け寄ってきて一斉に抜刀した。

「うぉぉぉぉぉぉ」
「新撰組ぃぃぃぃぃ」

中央を駆けてきた男たちの両脇からも物陰から沸いて出た男たちが走り込んでくる。先陣を切った男達が門をくぐって小屋の前を走り抜けた瞬間、道場と小屋から一斉に男たちが飛び出した。
セイは、途中でくるっと振り返ると鮮やかに刀を抜く。

そのセイが、追いかけてきた男の一人の一刀を構えた刀で受ける瞬間。
目の前に大きな影が滑りこんだ。上段から振りかぶった相手に一刀のもとに銅を払う。

「沖田先生!」
「神谷さん!貴女は今の自分の状態を自覚しなさい!」

確かに、今のセイは力任せの一刀を受け止められはしない。だとしても、セイも甘んじて後ろに下がるつもりなどない。総司の真横から突きだされた刀をセイが斜めに斬り上げて、相手が体制を崩したところに腕の筋を狙って振り下ろす。

あちらこちらで斬り合いが始まり、まるで戦場のような有様だった。裏門から入りこんだ者達をすべて誘い込んだのか、裏門が勢いよく閉じる。

雪崩れ込んだ不逞浪士達は、組長をはじめ新撰組の隊士達と比較するとどう見ても格が違うのが見て取れた。セイは、総司の傍で戦闘不能になった不逞浪士達に縄をかけながら、全体を見渡して違和感を感じる。

遠くの方で雷が鳴り初めの、ごろごろ、という音が聞こえた。

「……!!」

セイの中で、何かが繋がった気がした。

捕縛した浪士を足元に転がして、セイは門へ向かって走り出す。これだけの襲撃に、腕の立つ者を送り込んでこないとしたら。
自分だったら腕の立つ者を本命にぶつける。

―― だったらその本命は?

視界の隅で門を走り出て行くセイを捉えた総司は、刀をひと振りして刀を納めるとその後を追った。セイの足は速いために、遅れをとれば見失いかねない。

やがて、セイがどこに向かっているのかがわかる。その道は黒谷へ向かっていた。

 

– 続く –