誇りの色 30

~はじめの一言~
頭ではわかっていても先生がやっぱり一番のはずですよねぇ。

BGM:
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駆け寄ろうとしたセイの足を止めたのは、総司が刀を抜かなかったことだ。総司が羽織の紐を斬り飛ばされることなど今まで見たこともなかった。なのに、総司はまだ大刀を抜いてはいない。

「沖田先生……っ!」

走り出しかけた足が止まる。

声は聞こえている。それでも総司の目は目の前の春蔵から少しも動かなかった。

「穏便に済ませればあなた方も少しは穏便に済むかもしれません。まだ間に合いますよ」

互いに斬り合えばただでは済まないだろう。総司も斉藤も、手加減して勝てるような相手ではない。だから少しでもできるなら説得しようと試みるのだ。

かたや、早々に刀を抜いた斉藤は又四郎と間合いを取っていた。

「あんたはあっちのやつとは違って、わかってそうだな」
「少なくとも俺は説得する気などない」

―― だからさ。無駄だってわかってる

こんな時に限って、ふわりと吹いてきた風に又四郎の総髪が揺れた。邪魔だと思うより先に一歩踏み出した足に軸を移して、打ちかかったように見えた。

往来の道の端で斉藤と向き合った又四郎はあっというまに斉藤の胸元を狙って一歩踏み出した場所から、逆に後退していた。

周りを囲んでいた隊士達も龕灯を掲げてはいたが一瞬の出来事に何が起きたのかわからないくらいだったが、面白がるような笑みを浮かべていた又四郎の顔つきが明らかに変わっていた。

斉藤はほとんど動いたようには見えなかったが、打ち込まれた時に軽く体を右に振った様にみえた。

「嫌な奴だな……。あんた」
「そうか。それはすまんな」

周りを囲む隊士達と総司達との間くらいに立っていたセイにだけはそれが見えていた。又四郎が一度目に斉藤に浅く切られた脇腹と同じ左側の脇が斬られていた。隊服に似た黒い着物を身に着けていただけにその内側に着た襦袢の色がはらりと見える。

斉藤が、わざと先日自分が斬った場所を狙ったことに気づいた又四郎の顔が憤怒に燃えた。

「馬鹿にしやがって!!」

走り出した又四郎の方が、感情的に刀を振るうように見えた。その相手が斉藤というのは、うってつけだったようだ。むきになった又四郎が立て続けに打ち込んでくる。それをまるで道場の稽古のように斉藤が受けているが、はた目で見るよりもそれは至難の業と言える。

「たぁっ!」

相手も隊士達よりもはるかに腕は上である。ただの打ち込みに見えて、少しずつ斉藤をおしていた。
その脇から、すり抜ける様にして春蔵が総司に向かって斬りかかる。

「抜け」
「どうしても?」
「抜かないならそれまでだ」

間合いを詰めた春蔵はそれまで両手で掴んでいた刀を打ち込む寸前に右手に持ち替えて片手で打ち込みをかけてくる。それは、総司を斬るためではなく、刀を抜かせるため、そして総司の体勢を崩すためでもあった。

道に左右、そして路地からも隊士達が灯りを差し向けているために、真ん中にいる四人だけははっきりと照らし出されていたが、その明りは立ち会っている者達には不利でもある。その灯りさえ、利用してきた春蔵に向かって、総司がついに刀を抜いた。

「はぁっ!!」

強い気合の声と共に、軽く飛び上がって春蔵の打ち込みを交わして、片膝をついた総司の刀が下からひゅっと風を切るような音をさせて斬りつけた。

―― はやい

さすがの総司でさえ速いと舌打ちをするほど、素早く、わざと崩した体勢を立て直した春蔵はどうやら両ききであるらしく、左右に体を振って総司の打ち込みを交わしながらするすると場所を変わっていく。

激しい連打に刀の刃が細かく飛んで斉藤の額や頬にめり込んだ。それはお互い様の事で、又四郎の顔にもちりちりとした感覚が飛んだ破片を思わせる。

だが、そんなことに構っている間はない。

幾度も続いた打ち込みに慣れそうになると、いきなり切っ先を下に向けて斬り上げてくる。あまりに激しい斬り合いに、周りを固めている隊士達も固唾を飲んで見守ることしかできなかった。

「……すげぇ」

どこかで小さく呟かれた言葉も激しい斬り合いの音にかき消される。

二人対二人で戦っていた立ち位置がいつの間にか移り変わっていき、又四郎、斉藤、春蔵、総司という位置に移動するのをセイは、呼吸をすることさえ忘れて息を飲んだ。

決して、斉藤と総司も二人に流れを掴まれているわけではなかったが、二人の意識に何かがあって、その位置まで移動してきてしまっていた。

唸りをあげて総司と春蔵の刀が互いの体すれすれのところで空を切る。

「なぜそこまでする?!お前らも所詮、浪人の身分だろう!」

足掻いても、もがいても、どこまで言ってもその先には手の届かない絶対的なものがあるはずで。
春蔵の父が夢に描いたような立身出世など、夢物語で。
徳川という巨大なものにどう噛みついても、春蔵や又四郎の様な羽虫にもならないような小さな一匹ぐらいでどうにかなるはずもない。

「何をしようとも揺るがないなら我らの事など構わずに放っておけばよいものを!!」

少しずつ息が上がって、途中で息を吐きながらも春蔵は総司に向かって怒鳴った。それはまるで父に向けられなかった想いや、思うに任せないこの世の流れも、無為に過ぎていく時間も、報われない志も、そのすべてを叩きつけるようなものだった。

互いに、交わらない言葉を交わす総司と春蔵の二人は、大きく刀を振り、決して同じにはならない生き様すべてをかけて戦っていた。
真逆に言葉もなく、ただひたすらに激しく打ち合ってはきわどい一撃をかわしあう又四郎と斉藤は、ぎらぎらとその目だけが睨み合っている。その間もこれまでの言葉少なさのすべてを叩きつける様に春蔵に総司が打ち返した。

「私達は、貴方達とは違う!」
「違わぬ!」

はあ、はあ、と互いに上がった息を吐きながら距離をあけて睨み合う。

「所詮、終わりに違いなどないわ!」
「!!」

それまで夢中になって総司と戦っていた春蔵がそう叫ぶと、きき足を引いて脇差を引き抜いた。総司には脇差を向けておいて、片手打ちの構えをとった右手は斉藤の背中をむいていた。

「血にまみれて、泥を纏え」

大きくしなる春蔵の腕が動いた。

 

– 続く –