風の行く先 11

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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ふわりと担ぎ上げられたセイは、自分の目の前がぐるりと逆さになったことが初めはよくわからずに、ゆらゆらと揺れる自分と、周囲の様子に戸惑っていた。目 に見えるところで驚いた顔をしている隊士達をみて、ようやく我に返ったセイは、自分が総司に担ぎ上げられていることに驚いた。

「沖田先生?!」

セイが驚いた声を上げても、総司は立ち止まることなく、そのまま歩いていく。一番隊の隊士達が目を丸くしてその姿を眺めている。
どんどん歩いていく総司は、そのまま屯所から外に出た。ゆらりゆらりと総司の肩の上に乗せられて揺られていくと、久しぶりの総司の匂いに何も言えなくなってしまった。
もう二度と触れることもないと思っていた人の暖かさにセイはジワリと涙が溢れてきた。

「……っく」

背後で少しずつしゃくりあげる声を聞きながら屯所からいくらも離れていない七本通りのまばらに町屋のあたりに来ると、総司はそうっと体を屈めてからセイを下ろした。
ごしごしと顔を拭いながらセイがその場に立つと、その手を引いて黙ったまま総司が一軒の小ぶりな家に入っていく。

よくわからないまま、セイは総司の後に続いてその家に上がった。居間らしき部屋に入ると、がたがたと雨戸を開けて小さな庭が見えるようにすると、セイを振り返った。
困ったような顔で首を傾けた総司が本当にしばらくぶりに口を開いた。

「座りませんか。神谷さん」

ボロボロと再び泣き出したセイがぐずぐずと鼻を鳴らしながらその場にぺたりと座った。懐から取り出した手拭をセイに差し出す。

「かーみーやーさん。なんで泣くんですか?」
「……だって、先生の声、久しぶりに聞いた気がして……」
「そんなことないでしょうに?」

確かに、冷たい声ならあの日以来、何度も聞いた。でもこんな風に、少しおどけたような柔らかい、総司の声はずっとずっと聞いていなかった気がする。
ぐしゃぐしゃのままセイが顔を上げると、いつもの総司の顔が目の前にあった。

「ずっと……」

うえぇぇん、とそれ以上言葉にならずに泣き出したセイをそうっと総司が両腕で包み込んだ。総司の肩のあたりに頭を預けてぐすぐすとセイが泣き続ける。
しばらくしてセイが少し落ち着いた頃を見計らって、総司はセイから少しだけ体を離した。

「神谷さん。少し、私の話を聞いてくれますか?」

真っ赤な目をして、総司に渡された手拭で頬を拭ったセイが小さく頷いた。総司はほっとして、セイの顔を覗き込んだ。

「神谷さん。私のお願いを聞いてくれませんか?」
「……なんでしょう」

―― もう隊を辞めさせられた私にできることなんて……

「少しの間、ここで暮らしてくれませんか?それから月代が伸びたら」
「伸びたら?」

ここで気づかないところがセイらしいというところか。
くすっと笑った総司がその続きを口にした。

「私の、妻になってくれませんか」
「……?!」

驚きに目を見張ったセイに総司がもう一度繰り返す。

「駄目ですか?」
「え…、今なん……」

目を瞬いたセイに、薄らと頬を染めた総司がぽり、と頬を掻いて気まずそうに唸った後、もう一度セイを見て言った。

「月代が伸びて女髪が結えるようになったら、私の妻になりませんか」
「だっ!!……なん?!」

言葉にならないセイの口に人差し指を立てた総司が笑った。

「まあ、落ち着いて。ねえ、神谷さん。貴女もずっと私が妻など持つつもりはないと思っていたこと、ご存知ですよね?」
「……はい」
「ですから、ずっと貴女の事を見守って、貴女だけは幸せになってくれればいいと思ってたんです。貴女のことを好きだと思っている人もいますし、きっとあなたはその誰かと一緒になって幸せになるんだろうなって……」

セイの大きな目の中で黒い瞳が揺れる。それをなんてきれいなんだろうと思いながら総司は言葉を紡ぐ。

「あの日、出張に出る時、見廻り組と合流することがわかっていたから、貴女を連れてはいけなかった。隊の面目を保つにはそれなりに屈強な面子を揃えていた方がよかったし、貴女を連れて行けば、間違いなく貴女は傷ついたでしょう」

―― それは私にはできなかった

間近で落ち着いた声音がゆっくりと伝えてくる。どれだけセイを見守って、大事にしてきたのかを。

「貴女に厳しいことを言って置いて行ったあと、ずっと気になっていて、戻ってきたのに。迎えに出た貴女が藤堂さんと話しているのを見て、正直、苛立ちました」

自分がこれだけ心配し、気にしていたというのに、セイは藤堂と楽しげに笑っている。
そう思ったら苛立って、それが悋気だとわかっていても、抑えきれなかった。

「ほかの誰でも、貴女が他の誰かのために笑っているのが嫌なんです。そう思ったら……、もう覚悟を決めるしかなかった。貴女をほかの誰かに渡すくらいなら、って。だから、傷つけるとわかっていて、隊の中に貴女の居場所を無くして除隊にまで持ち込んだ……」

そこまで言ってから、総司が申し訳なさそうに視線を外した。

「ごめんなさい。こんな私を嫌いに……なりますか?」

ぎゅっと唇を噛み締めたセイが、口を一文字に引き結んでその頬に涙が流れた。

「もう……先生の傍にいちゃいけないのかと思ってました」
「えーと……。ほかの誰かの傍にはいてほしくない、が正解なんですけど……」

うーっと唸ったセイが手拭に顔を埋めた。慌てた総司がセイの肩に手を置いて俯いたセイの顔を覗き込む。

「神谷さん……?」
「先生はずるいですっ」
「えぇ?!」

泣きながら、顔を上げたセイが総司の胸に拳を当てた。

「だって!私が断るわけないのわかってて、居場所だって沖田先生の傍以外ないのにっ」

どん、と総司の胸にセイの重さがかかって、総司はその勢いを受け止めた。

「じゃあ……?」

ぎゅっとしがみついたセイを強く、強く抱きしめると、こく、と小さくセイが頷いた気がした。
頬にあたるセイの髪を感じながら総司が心底嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。……セイ」

 

– 続く –