黒き闇の翼 4

〜はじめの一言〜
じりじりしますが。

BGM:嵐 One Love
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病が知られる前とこんなにも違う。

セイは、どこか落ち着かない、焦れた気持ちで一日があっという間に流れていく気がする。
総司の洗い物を済ませた後、医薬方の仕事を始めたセイは、時折、仕事の合間に立つと総司の部屋を覗いて様子を見ていた。

様子を見るたびに眠る総司の額に乗せた手拭いを替えたが、熱はやたらと下げていいわけではない。胸の病に限らないが、体の中で悪いものとよいものが戦っているために熱が上がるからだ。

熱を下げれば体の中の悪いものと戦えなくなってしまう。

深く眠っている総司の様子を見てから部屋に戻ったセイは、再び医薬方の仕事を手際よく片付けていく。今は幸いなことに、怪我人がいないので、作り置きに風邪や腹下しの薬などを仕込んでいく。

「神谷さん」

いつもセイの手伝いをしてくれる小者が顔をみせた。セイの私室はすっかり薬の匂いが染みついている。

「ご要望の書いてあった薬、調合しておきました。他に気になる方いらっしゃいます?」
「いえ、大丈夫です。それよりも土方副長がお呼びですけど」
「副長が?」

わかりましたと答えると、作るだけ作った薬を片付けて着物についた粉末を払うと、立ち上がった。副長室に向かうと今度は廊下で膝をついた。

「副長、神谷です」
「入れ」
「失礼します」

障子を開けると、火鉢の前で腕を組んでいた土方に少しだけ目を丸くした。いつもなら文机に向かっている姿しか見たことがないと言うのに、今は部屋の真ん中に座っている。

「参りました」
「んむ。明日、総司の部屋を尾形の隣の部屋に移動する。尾形は大広間側に移動させて一番端にするつもりだ」

ああ、と納得する。今は同じく端っこだと言っても、局長の隣の部屋である。
逆側に持っていくと言うことは、世話をするのも楽になるはずだ。

「それから他に必要なものはあるか?」
「それでしたら、私に部屋は不要ですので、医薬方の部屋ということで沖田先生の隣の部屋を使わせていただいてもいいでしょうか」
「いいだろう。尾形は今日の内に移動させておく」

胸の病はうつるものとして知られている。だからこそ、総司の部屋を隔離するのだろう。

「……ふう」

小さく息を吐いた土方がよほどこれを決めるためだけにも緊張していたことがわかる。
ふっと、セイは立ち上がると土方の背後に回った。

「?」

いきなり立ち上がったセイに、怪訝な顔を向けた土方に構わず、土方の背後に立つと、とん、とその肩に手を置いた。

「うあっ!!」
「副長!肩が凝りすぎです」

首の付け根からちょうど方の真ん中あたりに手を着くと、親指のところを思い切り押す。ちょうどつぼに入ったのか、あり得ないくらいの声を上げる。そこから肩のてっぺんを人差し指の第二関節を尖らせて、ぶすっと突き立てるとびくぅっと土方の体が強張った。

ぐいぐいと構わずに肩のツボを押しまくる。徐々に痛みに青ざめた土方が無言になっていく。

「肩の凝りは全身にも負担をかけるんですよっ」

きっと肩をめくれば真っ赤になっているだろう。そのくらい容赦なく肩の張っているところをごりごりと揉み解した。額に汗が滲む頃、手を離したセイは、袖口で額を拭った。

そして土方の目の前に座りなおすと、青ざめた土方がゆっくりと額に手を当てた。

「……副長。副長がそんなに動揺されては困ります」
「わかっている」
「わかっているだけじゃ足りません」

静かな一言だった。
決して、責めるわけでもなく怒るわけでもなく。

静かにそういったセイは、ぺこりと頭を下げると静かに部屋を出て行った。
自分の部屋に戻ると、薬箱を片付けて自分の荷物を行李にまとめていく。いつでも移動できるように部屋は片付けてあった。

染みついた薬の匂いは、総司の薬を隠すためのものだった。初めの頃は別の部屋で薬の調合を行っていたが、自室でやるようになったのは、すぐ隣の部屋で薬の匂いがしても誤魔化せると思った。

ごふっと咳き込んだ音を耳にすると、すっとセイは隣への襖を開けた。

まだ眠っていても、喉から自然に吐きだされた咳だったのか、ひゅーひゅーという音から少しずつ静かな寝息に戻っていった。
その様子を見て再び手拭いを取り換えると、部屋の中を少し障子を開けて部屋の中に籠りすぎた熱を逃した。火鉢の様子を見ると、掻き起こしていた火が燃え尽きている。小さく残った種火の上に、炭を乗せた。

灰をかき集めて火を覆う。

眠っている様子を見て起こさずにおくことにしたセイは、しばらく総司の傍に座っていた。

やつれた頬。
病的に赤みの差した顔が、苦しげに眉を顰めている。

手拭いをとると桶に浸して温くなった手拭いを冷やした。冷たさを取り戻した手拭いでそっと首筋や頬を拭う。べっとりと浮いた脂と汗が拭われると、ひそめられていた眉が少しずつ開いていく。

ほっとしたセイは、もう一度手拭いをすすぐと今度は総司の額に乗せた。

総司の体から汗を拭うときに、心を締め付けられる気がする。あんなに整った体が、おかしな具合に偏って痩せていく。咳で使われる部分とそうでない部分によって、体の負担がわかる。
土方の凝りを解したのも、咳に苦しむ総司を少しでも楽にしようとどこに負担がかかっているのか、できる限りのことを学び、あんまに習ったことを応用して、体の凝りを解すようになったからだ。

「……沖田先生」

静かに、静かに呼びかけると、深く眠っている総司の瞼がわずかに動く。

―― まだ、私の声が届きますね。先生……

 

 

– 続く –