水の底の青~喜怒「哀」楽 2

〜はじめのつぶやき〜

BGM:ケツメイシ こだま
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見ている方にも辛い姿ではあったが、今はそっとしておけるだけの時間はなかった。どれほど深く、この二人が互いを想っていたのか、知らぬわけではない。
途方に暮れた目をしている総司の肩を痛むほど掴む。

「しっかりしろ!沖田!今は時間がねえ!こいつをこのまま屯所に返すわけにはいかないことぐらいわかるだろう!?」

隊で送るにしても、男として送るのか、その後はどうするのか、検分もないままセイをそっと葬ることができるのか。
それらをすべて考えなければならなかった。

それでも動けないでいる総司に声を落とした松本が耳元で囁いた。

「俺も南部も決して他言する気はねぇ。だが、あれの体を今、検分されるわけにはいかないことはわかるな?」

びくっと、総司の顔に動揺が走った。あからさまには言わずとも、松本が何を言おうとしているのかはわかる。
そしてそれが答えでもあった。

「あれは、お前なんだな?」
「あ……」
「いい。……何も言わなくてもいい。セイは、俺の質問には違うと答えやがったが、他の奴であるはずがねぇ。もっと近くで手当てせずに、わざわざここまで来たのは、あれを隠しておきたかったんだろうさ。……お前を守るためにな」

―― 聞きたくない

今は何も。セイの間際のことなど余計に聞きたくはない。
真っ白なセイの顔を見ていると、無意識に体が動いた。かけてある布団を除けてきちんと着替えさせられたセイの体を抱きしめる。

―― まだ、温かい……

腕に抱きかかえたセイの体はまだ温もりを失ってはいなくて、くたりと糸の切れた人形のようでなければ。
目を閉じて、泣くことも喚くこともなくただセイを抱きしめる。

総司の姿を見て、さすがにもう声をかけることができなくて、黙って見守っていると、ゆっくりとセイを再び布団に寝かせて再び、きちんと整え始めた。
顔を上げずに、松本に向かって話しかけてくる。

「……じきに、皆が駆けつけてくると思います。検分ができないように、松本法眼。同行していただけますか」
「沖田……」

松本と南部の検分が終わっていると聞かされれば、それ以上は誰も手出しができないはずだ。

「一度、屯所に連れて行かないわけにはいかないでしょう。ただ、松本法眼が親代わりとして葬るということにしていただければ……」

隊で葬るにはセイが女だったことをばらすか、男のままで葬るかの二つに一つしかない。
死んでまで男でいる必要はないのだ。

「……わかった。一緒に行こう」
「その後は……」

総司の縁者にするには、小花と一緒に葬ることになる。それくらいなら、セイを家族の元に返すべきかもしれない。

だが、今は。
自分だけのものとして、誰の目にも触れないようにしたいという思いの方が強かった。

「後の事は、もう一度こちらに引き取ってから考えます」
「……よかろうよ」

総司の背後で頷いた松本を振り返りもせずに、総司は懐から懐紙を取り出した。小柄を外すと、セイの髪を一房と、右手の小指の爪をほんの少しだけ切り取る。
いつも総司とつないでいた手の爪だ。いっそ、この手ごと切り落として胸に抱いていたかったが、死んでいてもなお、その体を傷つけたくはなかった。

そうっと懐紙に包み込んで肌に触れる一番の懐の奥にしまい込むと、総司は立ち上がった。

総司に厳しく突きつけることで、自分自身も立て直した松本は、部屋の中を片付けにかかる。席を外していた南部が身を清めて戻ってきて、部屋の中の荷物を引き受けて行った。

総司が時折、それを手伝ってはセイの枕元にじっと座る。いつ、隊から誰かが駆けつけてきてもおかしくはない頃だからである。そして、それはすぐに慌ただしい足音と共に、南部の家に近づいてきた。

「もし!御免!」

玄関から呼ばわった声を耳にした総司は、ぼんやりと思う。

―― ああ。あれは近藤先生の声だ……

布団に寝かされたセイの顔には白い布がかけられ、枕元には線香と、セイの大小が並べて置いてあった。
この部屋を見た近藤がどれだけ悲しむだろうかと、まるで他人事のように総司が思っていると、どかどかと近づいてきた足音の主が襖を開いた。

襖を開けたきり、背後から続く人影にも構わず、衝撃に動きが止まる。

「!!……なん、……てことだ……」

外出先から急の知らせを聞きつけて駆けつけてきたらしい。汗が流れるのも構わずにセイが眠るすぐ傍に膝をついた。
その後ろから現れたのは原田と永倉で、土方の姿はない。

うっと、口元を押さえた近藤の目から驚くべき速さで涙があふれ出す。

「総司……。どういう事なんだ?いや、話は来る道々で聞いたんだ。聞いたんだが、どうしてもわからないんだよ」

白い布をどけて、セイの顔を見ると、こみあげてくるのか、大粒の涙が布団の上に落ちていく。

苦い顔でその後に続いた永倉と原田も、何か言葉をかけようとしたが顔を見合わせただけだった。二人にもその衝撃は大きかったらしく、原田はすぐに後ろを向いて鋭い舌打ちをする。涙を見られないようにするために。

松本が顔を見せて、運ばれて来た時のこと、そして手を尽くしたがどうしようもなかったことを近藤と話している。男泣きに暮れる近藤達の前で、総司はただじっとその場に座っていた。

「誠にお手数をかけ申した。この後は、神谷君を屯所に連れ帰って隊で送ってやりたいと思いますが」

案じたように、セイに身寄りがいないことを知っている近藤が松本に切り出す。いつまでもここにセイを置いておくわけにいかないというのははっきりしていた。それよりも早く、セイのいた場所へ、皆のいる場所へ連れて帰りたいと思うのは当然だろう。

それを受けて、あらかじめ相談していた通り、松本は大きく頷いた。

「俺も、医術を学びたいって言ってきたこいつには折に触れて色々教えてきたつもりだ。だから、俺にとっても弟子であり、息子のようなもんだ。出来れば俺の方で送る手筈をつけさして貰いてぇ」

息子にと望んだほどのセイではあったが、松本がそう言いだしてしまえば、御典医の弟子として扱われる方がいい。
そこまでセイをかわいがってくれていたのかと、深々と近藤は頭を下げた。

「我儘を言ってすまねぇ。だが、俺も、ここにきて、まるで息子ができたように可愛がっていたんだ。生意気で、元気ばっかり有り余りやがって……」

最後の言葉は、大人しくしていればこんな目には合わずに済んだはずなのに、というセイへの恨み言でもあった。

「何をおっしゃいます。神谷君にとってもこれ以上のものはありますまい。独学で学んでいたのに、そこまで松本法眼に認めていただけていたなら本望でしょう」

いくら話していても、涙は尽きることなく、戦でもないところで命を落としたセイの無念を思えば、悔しくて仕方がなかった。

– 続く –