月読の宴 1

〜はじめの一言〜
このお話は、ツイッターで声をかけてくださったはすはなさんのサイトが3周年ということをうかがって、何かお祝いでもとおもったもののすでに11月になりそうだよ、という申し訳なさもあるんですが、まあ、そういう捧げものです。

BGM:月のきれいな夜には
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「神谷!神谷はいるか!」

呼ばれた本人もああ、またですかと呟きたくなるような大音声を聞いて、このところではすっかり落ち着いたセイがゆったりと顔をみせた。

「あ、神谷さん。今、土方さんが……」
「大丈夫です。聞こえていましたから。今度は何でしょうね」

きょろきょろとセイを探していた総司に、ゆったりと歩いてセイが姿を見せた。

「あ!神谷さん」
「聞こえています。これから向かいますよ。……まったくどこにいても聞こえるくらいの声なんだから」
「そんな……」

ため息をつきながら袖が邪魔にならないよう、かけまわしていた紐をほどいて懐に入れる。そんなセイをみて総司は顔をしかめた。

「神谷さん。そんなことをいうもんじゃ……」
「はいはい。わかっております。神谷の不心得でございますよ」

不愛想にそう答えたセイは、総司の小言をさらりとあしらって幹部棟へと足を向けた。いつも通りの足音を聞きつけて、勢いよく局長室の障子が開く。

「神谷!!てめぇ、さっさと来い!何をのんびりしてやがる」
「そんなに怒鳴らなくったっていいじゃありませんか。どうなさいました」

目を吊り上げた土方の向こう奥に苦笑いを浮かべている近藤が膝を打った。

「おいおい、歳。そんなに怒鳴るな。神谷君にこれから面倒を頼むんじゃないか」
「頼む?」

片眉をあげた土方は、ぐっと次の言葉を飲み込んで片足を引いた。

「……入れ」

なんなんだ、と肩をすくめたセイは局長室に入って膝をつく。そのセイに近藤は笑みを浮かべた。

「すまないな。神谷君。歳はこのとおりだから……」
「もう慣れてございます。それで何事でしょう?」

この通りとはなんだと噛みつく土方を片手で押さえて近藤が目の前に広げていた文を指した。

「実は、急なことで申し訳ないが、会津藩公用方の手代木様が今宵、こちらにみえることになってな。もちろん、精いっぱいのお迎えをせねばならんのだが、月読の宴をといわれていてな……」
「つっ、月読ってもう立冬だっていうのに、ですかっ!!」

ほらな、と今度は土方が肩をすくめて見せた。素直に頷かないとわかっていたから、土方は強引に命令しようとしていたのだ。

「立冬だろうが、いつだろうが、隊として恥ずかしくない支度をしろ」

―― また無茶ばかりをいうこの男は!

目をむいたセイは、口を開きかけて黙った。

「……承知しました。急ぎとのことですが、もう昼も過ぎております。支度に人手がいりますし……」

言葉を濁したセイの意図を察したらしい土方はあらかじめ予想していたのだろう。懐から懐紙の包みを差し出した。

「わかっている。これで何とかしろ。手の空いてる奴は好きに使え」
「承知」

すっと手を伸ばして懐紙の包みを懐に入れたセイは片足を引いて立ち上がった。局長室をでて幹部棟の廊下の端まで来たところで、悪態をつこうと口を開く。

「神谷さん」
「あ」
「話は聞いています。さ、時間がないのでしょう?」

いたずらっぽい目がきらりと光って総司の総髪がふわりと揺れた。

「……先生にはお見通しですか」
「そうですよ?さ、文句を並べているよりも、新選組面目にかけて支度をすませましょう?」
「はいっ!」

―― やっぱり先生には敵わないなぁ……

ふっと笑ったセイは総司と並んで足早に歩き出した。