迷い路 4

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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浪里が強気に出ていたのにはわけがある。
閨の中で、昇りつめるだけ昇らされ、翻弄されたのは土方が初めてでもあった。
若手の中では人気もあり、それなりに自負もあった浪里だったが、あっという間に土方の手の上で巧みにもっていかれ、はまり込んでしまったのは言うまでもない。

それでも、浪里にも妓の意地があった。

「土方はんは、うちの馴染みになってはくださらしまへんの?」

横になった土方の胸の上にぺたりと両腕を置いて寝そべった浪里が甘えた声を出した。
これだけ可愛がられればいくらなんでも浪里の事を気に入ってないことはないだろう、という自信もあっての甘えであったが、ふっと口の端を上げた土方が閉じていた目を開けるとどきっと浪里の胸が鳴った。

「お前さんくらいなら、大店の若旦那でもなんでも落とせるだろうよ」
「そんなん……!もう、いけずいわはる」
「ふふん」

意地の悪いことを、と軽く土方の胸を叩いた浪里の頭をぐいっと押さえた土方は、自分の方へを顔を向けさせた。

「なら、向こうにいた沖田総司を落とせたらいいぞ」
「ほんまに?」
「ああ。アイツは奥手中の奥手だからな。床入りでもなんでもいいぞ。落としたってわかりゃな」

伊東ならばその場で蕩けそうな笑みを浮かべた土方に、ほわぁっと頬を染めて見とれていた浪里は頷いて左手の小指を差し出した。
約束、と指切りをした浪里は、土方を馴染みにするためだけでなく、花街ではなかなか遊ぶことのない総司を落とすこともそれはそれで妓として株を上げると思った。

奥手だという総司を落とすことはそれほど難しいはずがないと、部屋に入った時から浪里は強気に出ていたのだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。あの、自分でできますから」

するりと袖口から手を入れて総司の体を浪里の手が這うようにして羽織を脱がせにかかる。ぐいぐいと迫ってくる浪里に、総司は腰が引けてしまい、わたわたと、とにかく押しのけようともがいた。

「駄・目。うちに任せておくれやす」
「いやいやいやいや。えとですね。その、先にお酒をいただこうかなと思いました!」

大分、言葉がおかしくなったが、とにかく、酒でも飲んで時間をやり過ごしていれば、押しの強い浪里の事を非礼なく断れるだろうと、総司は精一杯頭を捻った。

むっとした浪里は、渋々、総司から離れると、襖を開けて酒を頼みに行った。
今日は隣の部屋に土方がいるわけではない。最悪は、はっきり断るしかないと思った総司は、酒が運ばれてくると思って部屋の隅のほうへちんまりと座って待った。

しかし、なかなか運ばれてくる気配もなく、総司にとっては好都合と思って、しばらく待った後、布団の上に横になった。待てど暮らせど浪里も、誰も来ない間にいつの間にか大の字になって寝ていると、部屋の外から声がかかった。

「すんまへん」
「はい」

うとうとしかけていた総司は、呼びかける声に引き戻されて目を開けた。
頭を上げると、襖が開いていて女将が顔を覗かせている。

「どうかしましたか?」
「へぇ。屯所の方から副長はんに急ぎの文が届いて、屯所にお戻りになるそうどす。沖田先生にも急ぎお支度をと」

屯所から文が、のところで起き上がった総司は、すぐに羽織を手にしていた。
ぱっと袖を通して紐を結ぶと脇差を腰に差す。

「すぐに。土方さんは?」
「今、お支度を……。あ」

着替えている最中だと言いかけた女将が顔を上げると、ちょうど部屋から出てきたらしい土方が顔を見せた。

「総司。行くぞ」
「承知しました」

いつもと変わらない顔で、特に急いでいる風でもないが、土方はそれぞれの花代を支払うと、総司をつれて店を後にした。

 

 

店を出てすぐ、何があったのかと問いかけた総司に土方は簡潔に呟いた。

「山崎からの知らせがあった」
「山崎さんから?」

監察方の頭でもある山崎から急ぎの文とくれば何かあったのは間違いない。それは、急ぎ屯所に戻るのも無理はなかった。

「野郎。いつもなら何があったか書いてよこすんだが、報告は屯所でって書いたっきりだ」
「それは……急ぎましょう」

その場に書きたくても誰かに見られることを恐れて書けない内容だったかもしれない。ただ、それなりに顔の知れた土方と総司が市中を走って屯所に戻れば何事かと、世間の目を余計にひきつけてしまう。

二人はなるべく急ぎ足で屯所に帰り着いた。

どすどすと足音を響かせて副長室に土方が戻ると、山崎がセイを相手にたわいもない話に興じていた。

「そやから、こういうときは……。ほぉら、おかえりなさいまし。土方副長」
「山崎っ!人を呼んでおいて何してんだ、お前は!」
「へぇ。まあ、落ち着いてからにしましょうよ。神谷はん。四つ、お茶頼むわ」

膝に抱えていたお盆を置いて、土方の脱いだ羽織を受け取ったセイは、それを衣文にかけると土方がこれ以上どなりださないうちに部屋を出て行こうとしていた。
そこに、山崎が飄々と茶を頼んだのである。振り返ったセイは、じろりと土方に睨まれて、慌てて視線を逸らした。数えながら指を折ったセイは、あれ、と手を止める。

「三つですよね?」
「いいや。神谷はん、あんたの分をいれて四つ、はよう頼むわ」

からからと笑う山崎に面食らったが、山崎が言う事だけに、何か理由でもあるのかと、急いで副長室から出て行った。セイが去るのを待って土方は、腰を落ち着けると、もう一度繰り返した。

「で?なんだってんだ」
「実は……」

ひそひそと山崎と土方が話をしている間、総司は部屋の入口に座って廊下の気配に気を配っていた。

「本当か?」
「証拠はまだ。ただ、隊の中の様子を聞くなら」

すっと総司が片手をあげると同時に、山崎がそこで言葉を切った。話の腰を折らない様に足音をさせずに近づいて聞いたセイだったが、部屋の近くまで来ると、中から障子が開く。

「神谷さん。持ちましょうか」
「沖田先生」

お盆の上には茶だけでなく、茶菓子が乗せられている。ちょうどよく、山崎が持ってきた薯蕷饅頭があったためにそれを山にして運んできたのだ。

「わぁ。薯蕷饅頭じゃないですか~!」
「ええ。山崎さんが沖田先生がお好きだからってお持ちくださったんです」

きゃー、と言って山崎に抱きついた総司はありがとうありがとう、と繰り返すと、セイが置くのも待たずに一つを手に取る。

「うわっ、このふんわりしたところといい、香りといいたまりませんねぇ」

ちっと舌打ちをしたのは土方だけで、山崎はけらけらと喜んでいる総司を見ながら続けた。

「ほぉら。やっぱり、隊の中の事を聞くには神谷はんが一番ですから」
「へ?私ですか?」

ぽかんと口を開けたセイは、一応持ってきた自分の茶碗を手に山崎を振り返った。

 

– つづく –