迷い路 5

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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いきなり話を振られたセイは、きょとん、として手を止めた。

「何の話ですか?」
「神谷さんが、誰よりも隊士達の事に詳しいっていう話をしていたんですよ」

ぱくっと半分に割った饅頭を総司は一口で飲み込んだ。なし崩しに、自分の茶をお盆ごと畳の上に置いたセイは、首を振る。

「副長や山崎さんにわからないようなことを私が知っているわけないじゃないですか」

―― そんなとんでもないことがあるわけない

セイはそう思っていたが、山崎が思い切り唐突な話を切り出した。

「一番隊の相田さん、最近、元気らしいじゃないですか」

下品な、と思ったがひょいっと片手の小指を立てて見せた山崎に素直なセイは、ふるふると首を振った。

「違いますよ。馴染だった方がどこぞのご隠居に落籍されたらしくて、淋しそうにしてたんですが、近頃、突出しの鹿子位になったばかりの馴染ができたからですよ」

あっさりとそういうと、店の名前に妓の名前まですらすらと出てくる。土方の眉間に皺が寄ったが、うんうんと頷いて聞いていた山崎はすぐ違う話題を振る。

「斉藤先生の馴染はんは、なんやったか……ほれ、宮川町の……」
「違いますよ。雪弥さんなら別のところにお店を開いてますし、後は安芸さんと言って馴染ではありますが、ほかにも懇意の方がいらっしゃいます」
「ほな、原田先生のところの、若いのがどこぞの妓にいれこんではるって……」
「いえ、それは……」

するすると答えていたセイが急に困った顔で口籠る。本当は報告した方がいい話なのかもしれないが、そうなれば大事になりかねないと思うと、迂闊に口に出せないこともある。
土方の耳に入って、即切腹だと言われでもしたらと思えば、答えに困る。

我関せずと饅頭に夢中になっている総司に助けを求めたいところではあったが、それも難しいと思ったセイはやむなしと腹を決めた。

「相手の方はわかりませんが、このところ金に困っているような節があります」
「本当か?神谷」

勝手に金策をしてはならぬ、という法度に触れる可能性が出てくるようなことを口にしたのだ。厳しい顔になった土方がセイをじろりと見る。
どうしようもないことがあるのだと河合の時に、身に染みて知った。それでも差し出されるのは人の命だと思ったが、時間がたつにつれてその思いも変わってきている。

セイ達が捕縛している浪士達も長州も薩摩も、すべて同じ命なのだ。
なら、いずれも同じくらい残酷なほど公平に見るべきではないか。

隊士として古参というだけでなく、隊の中枢に近い場所に長くなってきたセイにはそんな風に考えられるようになってきていた。
とはいえ、もちろん、場合によるのも事実だ。それほど今回は危ういと思って土方の耳にも入れたという事である。

「神谷はんは、本当に詳しいなぁ」

顔は笑っているのに、山崎の眼だけは笑っていない。
それが、詳しいにも関わらずここで問いかけられなければずっと黙って過ごしたかもしれないことを、追求されている気がした。

その一瞬、セイが視線を下に向けそうになった時、のんきな声が聞こえた。

「はぁー!おいしかった。やはり薯蕷饅頭は最高ですね」

夢中になって皿の半分ほども饅頭を平らげた総司が満足そうな声を上げたのだ。仕上げにぐーっと茶を飲み干すと、セイの目の前に置いていたお盆にたん、と音をさせて湯飲みを置く。

「さ、山崎さんが土方さんと内緒話をする間に私たちは休む支度でもしましょうか。神谷さん」
「え?え?」
「構いませんね?」

お盆をセイに押し付けると腕を掴んで強引に立ち上がらせる。問いかけというよりは、断定的な口調で土方が頷くのも待たずに総司はセイを連れて副長室を出て行った。

ぐいぐいとセイを連れて幹部棟の端まで来ると、掴んでいた手を緩める。廊下に灯った灯りがかろうじて届く薄暗い廊下の片隅である。

「沖田先生?」
「神谷さん。隊士達の動向を口にするのはなるべく控えた方がいいでしょう。もちろん、あなたに覚悟があれば」
「もちろんです。これでも、考えて口にしているつもりです」

何かあれば、自分のせいだとセイが悔やむことを考えて、総司は隊士達の事を知るのは諸士監察の山崎達や幹部である自分達だけでいいと思っている。それを言いかけた総司を遮って、セイはまっすぐに総司を見つめた。

確かに自分が報告したことで誰かの死を引き寄せることになるかもしれない。でも遅かれ早かれそれはやってくるはずのもので、今のセイは、それを悔やんで泣いていた頃のセイではない。

少しの動揺も見せないセイの目にそれを感じ取った総司は、ふ、と微笑んだ。

―― まったく、あなたって人には毎度驚かされますよ

「わかりました。まあ、私にとってはとてもいい頃合いに呼び出しが来たんですよねぇ」

確かに重要事項ではあったが、遊びに出た土方を呼び戻すほどだったのかといえば、微妙なところである。不思議そうに首を傾げた総司に向かって、セイが気まずそうに、あ、と小さく呟いた。

「その、余計な事かと思ったんですが、沖田先生は副長のお供が……、あっ、お供することがではなく、行き先が、ですけど。気が進まないんじゃないかと思って、ちょうど山崎さんがお見えになった時に、できれば早く呼び戻したいと言う事を相談してしまったんです」

二つ返事でまかしとき、と胸を叩いた山崎はすぐ懐から矢立と薄紙をとりだした。仕事柄、いつでも連絡のために文がかける様に持ち歩いているのだ。
さらさらと短い文を書いた山崎に言われて、土方がいる店へ使いを出したのである。

申し訳なさそうに、俯きながらぽつぽつと話すセイの顔をまじまじと総司は見つめていた。

―― 神谷さんてば。まるで私の声が聞こえたみたいだ

「あの、余計な真似をして申し訳ありませんでした!その…先生があまりお好きではない……ようなので」

さすがに、セイも総司が女が嫌いなわけではないとは思う。が、その言い方では何と言ったとしてもそう聞こえてしまいかねない。しどろもどろに言い訳するセイが可愛らしくて、思わず総司は腕を伸ばした。

「ありがとう!神谷さん!」
「わわわっ!おおおおお、沖田先生?!」

セイから抱きつくことはあっても、総司からこんな風に思いがけず抱き寄せられるなんて滅多にあることではない。それが幹部棟の廊下の端であることも頭から消えそうな勢いでセイは慌てた。

本当に抱きしめる、という言葉が正しいほど、セイはぎゅうぎゅうに総司の腕の中に閉じ込められた。

「神谷さん」

ふと、腕の中のセイに思いついたことをぽつりと総司が口にした。

「はははははいっ!!」
「……背が伸びました?」

以前はこうして抱きしめていても、胸というより、胃の腑のあたりにセイの頭が来たような気がするが、ふと思うと、今は下をむけばすぐに月代が見えた。
まさにちょうど、総司の胸のあたりにセイの顔を押し付けているような格好に、はっと我に返った総司は叫びながら腕を離した。

「うわっ!すすみません!」
「いえっ!」
「ついっ!その、とっても助かったので、嬉しかったものですから!」

あのままでは浪里を傷つけずに穏便に乗り切る策など思いつかなかっただろう。まるで総司の心をわかっているように動いてくれたセイが嬉しかった。

 

 

– つづく –