迷い路 25

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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霧雨から本降りとなった雨の中で、総司は暗闇に目を凝らしている。
山崎の元へ向かった総司は、そこで紅糸から聞き取った話をそのまま伝えた。

「そら……、副長も悪いお人や」
「だからと言って、許されるものではありませんが、こればかりはあの人のことですから」
「せやな」

山崎の隠れ住む、床伝の中二階で山崎と向かい合っていた総司は、苦い顔で頷いた。
土方の女性の扱いについては、あまり褒められるものではないことを二人とも十分にわかっている。だとしても、一度も相手をしたことがない紅糸がそこまで土方に思い入れをするというのは意外でもあった。

「もしかして、副長はんは忘れてはってもどこぞですれ違うなりなんなりしてはったのかもしれへんなぁ」
「そうですね。とにかく、紅糸さんの頼んだ相手というのを探し出さないと」

未だに、山崎や総司達には絡み合った糸の端々は見えていても、絡み合った中心が全く見えていない。紅糸が頼みごとをできる相手で、なおかつ、人を斬れる相手と言えば、侍で馴染の客ということになる。

傍から見ればその一人に数えられるはずの総司は、山崎に頼んで監察の者達を使って紅糸の馴染や関わりのある者達を調べるように頼んだ。

「とにかく、私は、これから花街からの帰り道にあたるあたりを回ってみます。もしかしたら、先日巡察の折に壬生の近くで斬りあいがあったらしいという話も、関係があるのかもしれません。とにかく、今日は雨ですからね。終いまでの客か、そうでなければもうすぐ帰る時刻でしょう」
「そやかて闇雲に探して歩いてもしょうがありまへんで?今夜の紅糸の客は沖田先生だけやし、昨日や一昨日花街に立ち寄った客をわざわざこんな雨の日に狙うんやったら、それはそれで花街とは関わり合いの無い場所かもしれへん」

確かに、二晩や三晩も居続けするような客は紅糸にはついていなかった。それでも、何もなければいいのだからと言って後の事を山崎に頼むと笠と蓑で身支度をして総司は暗闇の中へと出て行った。

霧雨から本降りになった雨の中で、どうしてもわからないと思う。

土方に会うために、土方に一度でも抱かれるためにそうしたという紅糸の話を考えると、それを頼んだのはここ二月以内の話のはずだ。それまでは、紅糸の話を信じる限りは、店に暮らす様子などを伝えていたと言っていたではないか。
それに、少なくとも殺してもらう相手は紅糸の客ではないだろう。

どうにも辻褄が合わなくて、悩みながらそれでも総司は異常がないか、夜道を歩き回った。

もう半刻もすれば、この時間に帰る客などいなくなる。客が引き上げる道などいくらも考えられたが、明日からはきちんと手数を整えて探索にあたることもできるだろう。とにかく、今宵をなんとかするしかないのだ。

ばしゃばしゃと雨の中で水を跳ねあげる音がして、総司は振り返ると物陰に身を潜めた。どうやら高下駄で駆けてくるらしい足音に、すうっと息を殺す。

はあ、はあ、と息を切らしながら走ってきたのはセイだった。

傘と提灯を下げた姿を認めた総司は、物陰から身を起こすと走っていくセイに声をかける。

「神谷さん!」

呼び止める声に足を止めたセイは、提灯を高く上げて振り返った。

「沖田先生!よかった。見つかって」
「どうしたんです?あなたには土方さんのところに行くように頼んだはずですが」

滴のつたう笠を少しだけ手で押し上げて、駆け寄ってきたセイを見る。セイが頷くのに合わせて提灯の火が揺れた。

「はい。副長のところに行って、全部お話を聞きました。初めは紅糸さんのところにいたんですが、その、山崎さんが来てくださって、ここは代わるので沖田先生のお手伝いに行くようにと」

ああ、と頷いた総司は、山崎がどうしてそんな気を利かせたのかすぐに察した。紅糸の相手はセイには、荷が重かったのだろう。総司自身も手に負えなくて逃げ出したようなものだ。

ふとみれば、ずっと雨の中を探し回ってきたのだろう。総司に傘を差しかけてくるセイの足元も肩もすでにぐっしょりと濡れている。その手から傘を引き受けるとセイをぐいっと引き寄せた。

「とにかく、今夜何事もなければ明日からは手数を増やせます。後、半刻程度のことですから、申し訳ありませんが、一緒に不審がないかあたってください」
「承知!」

一つの傘に納まるために引寄せられた肩にどきっとしたが、勢いよく頷いたセイは、提灯を差し出すと総司と共に歩き出した。

荒んだ心が鎮められていく心地よさに、セイはこんな暗い夜だというのに、二人だけでいられることのほうが嬉しくて、もっと雨で煙るくらいだといいのに、と思った。

 

 

雨夜のことで遊びに出る隊士も少ない。
非番で原田が家に帰っていることもあって、十番隊の隊部屋はとても静かだった。

ほとんどの者が暇を持て余してすでに眠っている。こちらも厠に立つ者のために一か所だけになっている。

誰も気に留めないことを確認しながらそっと隊部屋を抜け出した柴田は、暗闇に紛れて御堂の下に素早く潜り込んだ。
床下に溜まった湿気は、直接濡れる廊下よりもじっとりと身を包んでくる。

慣れた抜け道を辿って、隠してあった風呂敷の中からさらに油紙に包んであった長着を取り出した。黒く目立たないものに、屈んだまま着替えると、脱いだ夜着はくるくると丸めて同じように油紙に包み直す。
丁寧に風呂敷も縛ったところを見れば柴田が、割合、几帳面であることがわかる。

本当なら蓑なり、傘なりを使いたいところだが、それでは人目に立つ。床下に持ち込んでおいた塗笠を手にすると、そっと汚れを手で払ってから頭に乗せた。

懐には、まわりまわって幾人かの手を経て届けられた薄紙がある。
それを手に柴田は屯所を抜け出した。

今日の目的はいつもとは違う。
溜まりに溜まった鬱屈を開放するにはもってこいの夜だからに過ぎない。

素足に草履をつっかけて、歩き出した柴田はわざと島原大門とは逆の丹波口の方向へ向かった。大門を抜けて帰る者のほうが多いことはわかっているが、人目につく確率も高くなる。

セイは、足元が濡れないように、濡れても汚れが目立たぬように黒い足袋に高下駄で出かけたが、柴田の方ははなから濡れてもいいように素足に草履を履いていた。汚れてしまえば、足を洗って戻ればよい分、始末が楽だからだ。

―― ちょうどいい相手が通ればよいが……

いつもなら相手を確かめてから斬る。斬った後の痕跡も残さないように、相手の体は目立たぬように隠してしまう。
それもきちんと場所を決めていた。このあたりでやるなら、どこそこへと巡察の際に目をつけていた場所に飲み歩くついでに下見を行って、見極めを付けてある。

雨音に紛れて、足音が目立たないように歩きながら、大回りで島原近くまで向かった柴田は、初め、立花屋の見える路地の行き止まりで格子越しに店を眺める。赤い提灯が灯った店先は雨のために締め切られていて、外から見上げるとあちこちの部屋に灯った灯りが見えた。

―― お香。もうすぐお前の夢が叶うな……

胸の内でそっと語りかけた柴田は、しばらくすると再び雨に紛れた。

 

– 続く –