迷い路 42

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
BGM:
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「んんっ?!」

驚いたセイが目を見開いた。息をするのも苦しいほど、強く押さえつけられたまま、少しずつ熱を取り戻していく舌が口の中を動き回る。

狂気といわれてもその言葉の意味さえ理解できないまま、頭の中が真っ白になった。

手と足を強く動かして、とにかくその息苦しさから逃れようとしたセイをさらに強く押さえ込んだ総司は、そのまま暴れるセイの足を押しのけてその間に片足を押し込んだ。

「!」

貪るような口づけはセイに思い知らせるためだけだったとしても、それが何を意味するか、いくらセイでもわからないはずはない。総司が不犯の誓いを立てていることを知っているからこそ、まさかという思いと、どうしてと言う思いが錯綜する。

「っは!やっ」

顔を振って逃れたセイが息をつくと、総司の濡れた唇が追いかけてきて再び、吐息を奪う。

聞きたくなかった。いやだという言葉も、総司を拒否する言葉も。それを封じ込めて、触れたくて仕方がなかった唇の甘さに酔う。

がたがたと震えだしたセイが、すすり泣き始めたことで我に返った総司は、ゆっくりと唇を離した。

「……っっく」
「……わかったでしょう。所詮、あなたはきれいごとしか知らないんですよ」

唇を噛みしめてぎゅっと目をつむったセイがぼろぼろと泣いている目元に、一瞬だけ優しく口づけた総司は、体を起こすと蔵の中から出て行った。

「ひぃっっく……」

自由になった両手で顔を覆ったセイは、声を上げて泣いた。

怖かった。

相手が総司だとわかっていたのに、本能が怯えた。愛おしい相手としてではなく、力づくで押さえ込まれたことに。
力に任せてセイをものにしようとした相手に襲われかけたことは今までにもある。だが、その誰よりも怖かった。

総司がどこかで本気だったのを感じ取ったからだ。

強く押さえつけられていて軋む肩をかばうように、横向きに丸くなったセイは、ただ泣き続けた。

―― 何一つ、言い返すこともできなかった……。先生が言ったことはすべて本当だ……

たとえ、どれだけ好きな相手でも。

散々泣いて、目が溶けるかと思うほど泣いたセイは、泣き疲れた頃、蔵の隅で膝を抱えて座り込んだ。芯を切らずにいた灯りがいつの間にか消えていたが、そのまま暗い床の上をじっと見つめていた。

 

蔵を出た後、体が冷え切るまで頭から水をかぶった総司は、そのまま冷え切った体を抱えて横になった。朝になって、重苦しい体を起こした総司は、暗い気持ちのまま再び頭から水をかぶった。

「沖田先生。大丈夫ですか」

あまりに様子がおかしいので、思わず声をかけた相田に、頭からしずくを垂らした総司がじろりと顔を上げる。じりっと怯えた相田には何も言わず、髪をかき上げた総司は、ゆらりと着替えを手にして隊部屋へと戻っていく。

周りにいた隊士達が顔を見合わせて囁きあう。

「どういうことだよ?なんであんなに沖田先生、機嫌悪いんだ?」
「あれじゃねぇのか。昨日、沖田先生の相方だった紅糸って女が死んだんだろ?だからじゃないか」
「そうか!昨日の夜、副長と線香上げに行ったんだよな」

それぞれが、なんとか納得できそうな答えを見つけ出したころには総司の姿はとうに見えなくなっていた。

隊部屋で髪を結って、着替えた総司は、賄いに向かってセイのための膳を手にした。蔵に向かった総司は、内戸の前でしばらく立ち止っていたが、こと、と足元に膳を置くと、勢いよく内戸を開いた。一度、置いた膳を持ち上げると中へと足を踏み入れる。

「おはようございます」
「っ!」

てっきり、セイがまだ眠っているか、怯えているかのどちらかだろうと思っていた総司は、内戸の正面に座ってまっすぐに総司を見上げてきたセイに驚いた。

「あ……。おはようございます」

たじろいだのは総司の方で、セイから視線を逸らすと、蔵の真ん中に膳を置いた。

―― 自分の方がうろたえてどうする……!

「昼に下げに来ますから」
「沖田先生!」

セイが呼び止めるのも待たずに、総司は足早に蔵を出ていく。セイのまっすぐな目が耐えられなかった。
次に、昼餉を運んだ時も、セイは何かを言いかけていたが、総司は聞く耳を持たなかった。夕餉を運んだ時も総司はすぐに蔵を出ていく。

夕餉の終わったころを見計らって、膳を下げに現れた総司は、薄暗い蔵の中で見える場所にセイの姿がなかったことで、少しだけほっとした。セイのまっすぐなあの目が総司を責めているような気がして、いたたまれなかったのだ。

「明日の夕方には謹慎もおわりま……」

三日の謹慎は明日の夕方で終わる。つい、ほっとした総司がそう言いかけて、屈んだまま手を止めた。夕餉として運んできた膳が全く手を付けられていなかったからだ。

「神谷さん、あなた……」

思わず、セイの姿を探して暗がりに目を向けた総司は、そこでじっと総司を見ていたセイの目とぶつかった。

「やっと、見てくださいましたね。沖田先生」
「何を……」

しまったと思った総司は、すぐ視線を逸らしたが、セイが何も食べていないのかと思った総司はもう一度セイを見た。

「夕餉になぜ手を付けていないんですか」
「沖田先生が、話を聞いてくださったら食べます。沖田先生こそ、どうして逃げるんですか」
「逃げてなんか……」
「なら、話を聞いてください。お願いします」

セイはその場に手をついて頭を下げた。

– 続く –