その願いさえ 3

〜はじめのつぶやき〜
昨日アップ予定でほぼかき上げていたのですが、睡魔に負けて今日になったら推敲しなおしちゃったぞと・・・。

BGM:Je te veux
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幹部棟からの渡り廊下を渡って一番近いのが一番隊の隊部屋である。その前に立つと、セイは足を止めた。

「郷原さん。こちらが一番隊の隊部屋です」

そういうと、隊部屋にいた相田を手招きした。

ひそひそと何か言葉を交わした後、新平を相田に預けて再び歩き出す。ぐるりと大集会所を回るように残りの隊部屋に案内した後、自分自身も隊部屋に戻りながら、セイの眉間にはしわが寄っていた。

―― 確かに藤堂先生と井上先生は新しい人が馴染むまでは面倒見がいい先生方だけど……

新人が入ると、どの隊にもまんべんなくなるように土方は手配する。よほどのことが無ければ。
たとえば、捕り物で欠員が出た隊やその類のこともなく、こんな風に偏ることは少ない。

―― 私の見立てじゃ、腕が立つのは郷原さんと牧村さんだろうな。その二人が一番隊ならわかるけど、郷原さんだけ一番隊ってことはほかにも理由があるのかも……?

平隊士には、他の隊士の身元や詳しいわけなどは知らされはしない。例えば、仲が良くなって個人的に知る機会があればだが、それらを含めて身上は幹部の胸の内にだけ畳みこまれる。

もちろん、思いもしない、というのがほとんどだが、セイだけはただの平隊士、というには少し違うことはこれまでのあれこれを思い出しても誰もが納得することで……。

―― なんか気になるなぁ……

元来のそれもあるのだろうが、セイの勘はおおよそ間違っていないことが多い。
隊部屋に戻ったセイは、早速引き回されている郷原をすぐに見つけた。

「新人は一番入り口に近いのが決まりだ。だから……、っておおっと!そっちじゃねぇ!」
「は……、しかし入り口に一番近いと……」

布団の場所と行李の置き場を聞いた新平がその場所へと動きかけたのを相田が慌てて止めた。
困惑した新平が何がいけなかったのかと、戸惑っていると、がしがしと頭を掻いた相田がその肩に手を置く。

「そこと、そこ。一番端とその隣は決まってんだ。悪いな」
「……それは何故の」
「そこはな。さっきお前を連れてきた奴。あいつの場所とその隣は組長の沖田先生の場所だ。ま、そういうのはおいおい覚えていけばいいさ」
「はぁ……」

妙に意味ありげな相田の口ぶりに首を傾げながら、とりあえず、新平は自分の荷物の置き場と身の置き所をようやく確かめることができた。

沖田本人は門脇で見かけたきり、この部屋に姿はない。さて、どうしたものかと隊部屋の中を見回すが、皆、だらりと横になっていたり、これで全員なのか?とおもうくらい人の姿は少なかった。

「人が少ないって驚きました?」

ふいに話しかけられた新平は、緊張を気取られないように落ち着いて顔を上げた。隊部屋に戻ったセイは新平のそばに腰を下ろして小脇に抱えていた着替えを膝の上で畳み始める。

「すみません。こんな片手間に話しかけて。巡察が終わって戻ったばかりなので今のうちに片づけてしまいたいんです」

そういいながらセイは手際よく手ぬぐいや足袋を手のひらで伸ばしながら畳んでいく。

「明日からは郷原さんもこうしてご自分の物はご自分で洗濯して片づけしてくださいね」
「はい」

当たり前のことだと、受け流した新平におや、とセイは手を止める。
隊士たちに自分で洗濯を、というと嫌な顔をするのがほとんどだ。武士として新選組に来たからにはそのような雑事は小者たちがやってくれるものだと思っているからである。

「なにか?」
「いや、初めて来た人は嫌がる方が多いんですが、郷原さんは嫌がらないなと思って」
「はぁ……、私も武士の端くれですから己のことは己ですることに否やはございません」

勢い込むような様子もなく、万事控えめな受け答えの新平にセイは好感を覚えた。
俺が俺が、の新選組でこんな風に控えめで落ち着いた者は少ないからでもある。セイはとりなすようににこりと笑った。

「あの、でも難しい時は無理しなくても大丈夫ですよ。皆、銭を払って小者や外の洗濯を頼んでいる者ばかりですし」
「でも、神谷さんはご自身でされてるんですよね?」
「ああ……。私の場合は、時に局長や副長の物も一緒に片づけることがありますし、いいように使われているんですよ」

先刻の呼びつけられたことを思い出したのか、鼻息も荒く膝の上に乗せた洗濯物を叩くセイをみて、新平は言葉を選んだ。

「神谷さんは一番隊隊士と先ほどおっしゃっていましたが、局長や副長のお側用人のようなこともされていらっしゃるのですか?」
「いえ、側用人なんてとんでもない!小姓のようなことをしていたのと、私はこの姿ですからね。これでも壬生の屯所の頃からの隊士ですから余計に小間使いとして使いやすいのでしょう」
「それほど局長や副長の信頼が厚いということですね」

事前に新選組の幹部やその周りの者たちのことは調べがついていたが、その中に神谷の名前も随分多く出てきていた。

―― 近藤局長の覚えもよく、近藤と土方の懐刀といえる沖田の寵愛を受けているともいうが……

新平がみたセイは、気配りのよくできた小姓というのが一番当てはまる気がした。穏やかな笑みを浮かべて、小さく頷いた新平は、セイが自分を構ってくるならそれに乗るのが得策だと思う。

大体、どんな場所でもこうして新しく来たものに近づいてくるものはいる。

味方に取り込もうとするもの、早くなじませることを役割とするもの、単なるおせっかいと、色々考えられるが、ひとまずここは親しくなるに限る。

「光栄です。そんな神谷さんにこうして案内いただいて。まだまだ私は不慣れな田舎者、面倒みていただけますか?」
「もちろんです!郷原さんも今日から同じ一番隊の隊士じゃないですか。こちらこそよろしくお願いします」

すっと手を差し出してきたセイに、一瞬、間をあけた新平はその間を気取られないようにゆっくりと手を差し出してその小さな手を握った。

「……っ!」

触れた瞬間、その手の柔らかさと小ささにはっと、する。

―― う……そだろう……?

まるで女ではないか。

今までセイに接した誰もが驚くのと同じことを感じた新平は、目の色を消しながらセイの姿を指先からたどる。

調べ書きには、如心遷とかいう病で女同然だとあったが、確かにこれは驚きを隠せないかもしれない。かく、と左の肩が無意識に引いた。

「郷原さん?」
「神谷さんが優しい方でよかったです。この後は夕餉まで各々ですか?何かお手伝いすることがあれば、よい機会なのでどうぞ私を使ってください」
「そうですか?じゃあ、ひとまず屯所の中をご案内しましょうか」

セイのほうもおっとりした郷原で気を許したのか、頷いて畳んだ洗濯物をしまうと郷原を連れて隊部屋を出た。