宴の夜<拍手文 17>

〜はじめの一言〜
幕末節約話。計画停電もこういうのでしたかねぇ。
BGM:
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「集合ー!」

あちこちで掛け声がかかり、臨時の全体召集がかけられた。大階段の前に集められた隊士達を前に土方が進み出る。

「忙しいところ集まってもらったのは他でもない。先日の火事でいつも隊が懇意にしている油問屋の松坂屋が被害にあった。そのため、隊に備蓄している油で当面やりくりしなくてはならなくなった。そのため、夜間は巡察以外の不要な外出の禁止、早めの消灯を言い渡す!」

ざわざわと不満の声が広がる中、ぴしゃりと通達を下した土方は解散の声を上げた。その場に残された者たちからは急な話にざわめきが起こり、永倉が文句を言いだした。

「なぁんだよ。島原にもいけやしねぇじゃねぇか」
「ま、当分のことだろ?しばらく、お預けもいいじゃねぇか」

いつもなら不満を言いたてるはずの原田は、自分は家に帰ればいいだけで実質の被害がないために呑気である。周りを取り囲んでいる隊士達も、恨めしそうな目で原田を見た。

「原田先生~。ずるいっすよ。自分はおまささんがいるからってー」
「がっはっは。お前ぇらも悔しかったら、いい女を捕まえるこったな」

そう言って歩み去っていく原田に皆がけっ、と内心毒づいたのは当然のことだった。

永倉の配下の者たちだけでなく、そこここで、皆が固まって文句を言い合っている。藤堂は原田と永倉が出かけなければそれなりに過ごしているだけに、にこにこと大変だよねぇと相槌を打ちながら笑っていた。

「組長~!そんな顔してないでなんとかしてくださいよー」
「そういってもさぁ。うちの我儘を聞いてくれるのは松坂屋位なのは皆も知ってるじゃん?」
「そりゃそうなんすけど……」

ぶつぶつとこぼしている隊士達も徐々に散り始めた頃、セイは勘定方の手伝いで一心不乱に算盤をはじいていた。

「いくらやったってもう、無理だよ。俺達だって苦労してるんだぜ?神谷」
「わかってますけど!!ツケがきかないところからは油の一滴も買えないなんて情けないじゃないですかっ」

実は、松坂屋は蔵も母屋も無事だったため、隣家から類焼した店先を直せばすぐに商いはできるような状態ではあった。隊では、日頃から世 話になっていることもあり、見舞金を送ろうとしたのだが、主人が受け付けてはくれなかったのだ。それならば、溜まりに溜まったツケを払ってほしいといわれ て、これまでため込んだツケを一度清算したのだった。

これまで、際限なくため込んではちびちび清算していたために、ツケを支払ってしまうと、今度は隊費の余裕が心もとなくなってしまったのだ。
元のように軌道に乗っていればまだしも、今の松坂屋に、再びツケで油を回してもらうのは心苦しい。そこで、暫定措置として夜間の消灯と外出禁止になったのだ。

はーっとセイが深いため息をついた。
いくら計算し直しても、やはりないものはない。まるで壬生にいた頃のような有様ではないか。

「仕方ないよ。神谷。あと数日もすればまた、会津藩から隊費が支給されるからさ」
「仕様がないですね」

どうにもこうにもそれ以上は、金がないことが分かるとセイは少しでも油の節約に動き始めた。
まずは、各部屋の行灯から油を最低限だけ残して、集め始めた。数日のこととはいえ、その日の分だけを入れるようにしないと、皆があればあるだけ使ってしまうのはよくわかっている。

次に、賄いの者たちと話をして早めに夕餉の膳を用意すること、隊ごとではなく、なるべく大きな部屋に集まって食べるように手配した。

「相変わらず、神谷さんてば、遣手婆みたいですねえ」
「沖田先生?!何かっ?!」

走り回るセイの姿を呑気に眺めていた総司がしみじみと言うのを聞いて、ぐるん、とセイが振り返った。日の明るいうちに色々とやってしまわなければならないのに、とセイが噛み付くと、にこにこと茶をすすっている。

「いいじゃないですか。することがなかったら早く寝ちゃえばいいし」
「やることがいっぱいあるんですっ」
「ずっとじゃないんだし、とっておいても腐りませんよ」
「また!そんな呑気なことばっかりおっしゃって!」

不満顔で去っていったセイを見送りながら、総司が相変わらずほのぼのと庭を眺めていたが、ふと何かを思いついたらしく、立ち上がると幹部棟へ向かった。

いつもより半刻も早い夕餉に面白がっていた隊士達もいつもなら部屋の灯りがついて、それぞれに好き勝手に過ごしているはずが、二刻近く早めに灯りを落とされてしまうと、することがなくなってしまう。仕方なく、皆それぞれに眠れないまま布団の中にもぐりこむことになった。

 

翌日も同じために、まだ薄暗いうちから起き出したセイは洗濯や掃除に明け暮れた。
その夜。

「どーしてこうなるんですか?!」

中庭には篝火が焚かれており、広く茣蓙が敷き詰められていて、すっかり宴会の様相を呈している。

「土方さんがいいって言ったんですもん」
「わっ!!急に背後に立たないでくださいよ~。沖田先生!」

濡れ縁の上から叫んだセイの背後にいつの間にか総司が立っていた。にこにことその手には饅頭やらぼうろやらたくさんの菓子を抱えている。

「行灯の灯りがないなら、こうして皆で退屈をしのげばいいじゃないですか。土方さんも仕事にならないからって二つ返事で許可してくれましたよ」
「だからって、宴会じゃなくても~!まだ肌寒いのに」
「大丈夫ですってば」

こうすれば、夕餉の支度も大きな盛り皿で済ませることができるし、巡察の者以外は小者達も参加できる。お金をかけないで慰労をかねた宴会ができるとなれば、さすがの土方からも否はなかったらしい。

「おっ!盛り上がってるなぁ」
「局長?!」
「少しなんだが、お考が作ってくれてな。皆で一緒にやろうと思って持ってきたんだよ」

重箱にぎっしりと詰め込まれたものを両手に下げた近藤まで宴会に参加するために妾宅から戻ってきてしまった。

「もうっ!皆、宴会好きなんだから!!」
「いいじゃないですか。さ、神谷さんも一緒にいただきましょうよ」
「わわっ、危ないですってば!」

総司に強引に手を引かれたセイが中庭に下りると、あちこちから総司にもセイにも声がかかる。それぞれ手に盃を渡されるが、最初の一杯を飲むとすぐセイの手には盃の変わりに饅頭が渡された。

「お酒よりもこっちを一緒に食べましょうよ、神谷さん」
「お前、結局甘いもんがあれば生きていけるなぁ、総司」
「うるさいですよ、土方さん」

あまり酒を飲まない土方も座の端のほうにいた総司の隣にやってきた。セイはくすっと笑うと、饅頭を総司に返して、ちょっと待っててください、と言って賄いのほうへと向かった。
すぐに戻ってきたセイは、あちこちに置かれている火鉢を一つ近くまで引き寄せて、持ってきた茶碗に懐から抹茶と茶筅を取り出した。

「野点じゃないですけど、副長はお酒、あまり召し上がりませんよね」

そういうと、ささっと熱い湯で茶を点てた。周りで見ていた隊士達もあまりの手際のよさに皆が手を止めて見惚れている。
我流の簡略化して煎れられたものとはいえ、土方にとっては伊東がいれたものより、はるかに美味い気がした。

「おう、総司。何かコレにあいそうなもの寄越せ」
「はいはい。じゃあ、神谷さん、私にも淹れてください!」
「承知しました」

どうせそうなるだろうと踏んでいたのだ。もう一つ持ってきた茶碗にセイは茶を点てた。

「ね?どうせならこういうほうがいいと思いませんか?」
「そうですね。理由がツケ払いでなければもっとよかったと思います」
「あははっ、確かにそうですね」

笑っていたセイの肩の上に大きな羽織がばさっとかけられた。

「一言多い奴らだ。理由なんかお前らは関係ねぇだろ」

羽織の主が横を向いたままでぼそりというと、茶碗を持って近藤のほうへと移動していった。総司とセイは顔を見合わせると、無類の照れ屋の行動にくすくすと笑い出した。

– 終わり –