寒月 15

〜はじめの一言〜
やっぱ、この人書きやすいのかもしれないです。
BGM:Cyndi Laper True Coler
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日のあるうちにと南部の診察を受けた斎藤は、セイが思ったように早い回復だと南部からも言われた。

「日頃から鍛えていらっしゃることもあるのでしょうが、その精神力に恐れ入ります」
「いえ。それであればそもそもこのような無様なことにはならなかったでしょうから」

答えを返す斎藤の声には、どうしようもない悔しさが滲む。
南部はそれを聞き流して、後に控えているセイと総司に向かって、このまま調子がいいならば、一度今のうちに風呂に浸かって汗を流してもいいと言われた。

「ただし、ここまで薬が抜けたからには、これからの方がもっと辛くなります。これまでは、体から薬が抜けるための苦しみですが、今度は体が覚えている薬による感覚を求めてのものになります」

薬を与えられていた間に体が記憶した陶酔感や、快楽を求めて暴れるのだ。

―― まるで今の俺のようだな

手に入らぬものを求め、ありえない夢を描く。だから引きずられる。

自嘲気味に笑った斎藤に、南部は厳しい眼を向けた。自覚があり、斎藤ほどの男が自分を律することができない事柄をつくからこそ、意味があるのだ。

セイと総司を振り返ると頷いた南部は立ち上がった。総司が南部とともに蔵の外まで同行すると、そのまま南部を局長室へ案内した。局長室へ向かいながら南部は総司に囁いた。

「大丈夫ですか?沖田先生」
「斎藤さんですからね。きっと耐えきると思いますよ」
「私が心配しているのは、神谷さんや沖田先生です」

ぴたっと総司の足が止まった。セイの首筋についていた痣を見逃す南部ではない。浅い呼吸で動揺を逃すと、にこやかに総司は振り返る。

「私達なら大丈夫ですよ。交代で休んでいますし」
「……そうですか」

再び歩きはじめた総司の後をついて南部も歩く。
近藤の部屋に入ると、斎藤の様子を伝え、また明日も様子を見に来ると伝えると南部は帰って行った。普段、黒谷へは適宜の報告でも問題なかったはずだが、そ れは斎藤が常に報告していたためだ。今はその斎藤がこの有様で仔細を求める連絡が近藤や土方へ届けられていた。

ちょうど、土方が刀剣商へ詫びに足を運んでいるところだったので、近藤は総司に後を頼む、というと黒谷へ報告に向かった。

総司は、通りかかった隊士に風呂の支度を頼んで、隊士部屋へ向かうと永倉を捕まえた。

「永倉さん」
「おう、総司か。どうだ?斎藤の様子は」
「大分回復が早いようですよ。昨日の出来事を教えてもらえませんか?私は蔵に籠っていたので」

頷いた永倉が隊士棟では何だから、といって土方の部屋へ向かうとおまさの実家での話、それから平助が戦った相手、そして今日の刀剣商の話までを伝えた。

険しい顔になった二人は、ひそひそと語り合っていた。

 

 

刀剣商への詫びを済ませた土方は、供をしていた隊士に先に屯所へ戻るように言った。

「しかし、副長!副長が単独行動を禁じられたんですよ?」

言い返してくるところはさすがに一番隊というところだろう。供についていた山口は、とんでもないと言わんばかり土方ににじり寄った。
土方は苦笑いしながら、首を振った。

「すぐそこは監察の山崎の足場になっている店だ。山崎に用があるんだ。その後はあいつと一緒に戻る。それならば問題ないだろう」
「山崎さんですか……。わかりました。お早くお戻りください」

渋々、山口は土方を見送った後、自分自身も屯所にむかって急いだ。
山口が諦めて戻っていったのを確かめると、土方は山崎の元へは寄らずにその先へ向かった。時折、土方が誰にも行先を悟られずに消えることがあることを知っているのは、監察の山崎だけだ。

誰も、総司さえ知らない場所へ向かう。ずっと気がかりではあったものの隠していたために隊士を向かわせることもできずにいた。

花街の通りから外れたあたりに、小体な町屋が並んでいる。このあたりはどこぞの寺や大店の主人の持ち家が多く、落籍させた妓達を囲う家 が多い。小道の行き止まりにある一軒家に向かうと、あたりの様子をうかがって、誰もついてきてはいないことを確認してから、土方はその家に入った。

滅多に訪れるもののいない家の玄関に人の気配がして中にいた者が慌てて出てきた。

「歳三様」
「忙しくてなかなか来られずにすまん。何もなかったか?」
「お忙しいのですから、私を忘れずにいらしてくださっただけで十分でございます」

土方から刀を預かると、袖口で大事に受け取り刀を床の間に置いてある刀掛にそっと置いた。丸髷に結いあげて、立ち居振る舞いは武家の者であるこの女は何者なのか。

「お茶をお持ちしましょうか」

嬉しそうにいそいそと台所に立ちかけた女を土方が引き寄せた。強い力で引き寄せられた女が土方の胸に倒れ込んだ。

「……無事でよかった」

心底から吐き出された言葉に、女がため息をついた。まだ若い女は何事かあったのだろうと察しはしたものの、深くは問いかけない。

「いつも、私のことなど構わなくてもいいですとお願いしているのに……」

それには答えずに、土方はただじっと抱き寄せた女の存在を確かめるように強く抱き締めた。

「……初。しばらくは身辺に気をつけろ。落ち着いたら、お前は自由にしてやる。だが、今は駄目だ」
「自由に……って……」
「やはり、俺はこんな風に家を持ったりしてはいけなかった」
「そんな……!初は構いません!お忘れにならずに来て下さるならいつまででも待っています!」

 

初を土方が密かに身請けしてこの家に囲ってから半年がたつ。一年前、馴染みの店で芸妓の水揚げを頼みこまれた。元は武家の出だという初 音は、十八になったところだといい、事情があって芸妓になったばかりだった。芸事は武家の出のため一通り客の前に出ても恥をかくことはないが、最低限のし きたりを身に付けたばかりで店にだすというのはそれだけ美しい初音だけに、店の期待も大きいのだろう。

承諾した土方は案内された部屋に上がると、カチカチに緊張した娘が芸妓姿で頭を下げている。ふっと微笑をうかべた土方は、案内してきた女将に酒肴を頼んだ。

「俺なんかでよかったのか?」

びくっと怯えた娘が意を決したのか顔を上げた。

「私の方こそ、無理なお願いをいたしまして申し訳ございません」
「事情なんざ、聞かねえさ。ただ受けたからには向こう三日はきっちり通わせてもらうから心配するな」
「ありがとうございます。初音と申します。どうかよろしくお願いいたします」

酒肴を整えた女将が運んでくると、初音は土方に酌をした。
土方は、初めて初音を正面から見た。美しいその顔は、どこか気の強そうな性格が窺えて、このような所に来なければ、それなりの家格の家に望まれてもおかしくはないと思った。だが、その事情を聞いても自分にはどうしてやることもできない。

土方は、初音に盃を渡した。

「お前も飲めるなら飲んだらどうだ?」
「頂戴いたします」

初音は、土方から酒を注がれて一息に飲み干した。

 

 

– 続く –