記憶鮮明 1

〜はじめの一言〜
えーと。特命と三人と悋気。だけで済むと思うなよ?みたいな。

BGM:Superfly タマシイレボリューション
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「誰か!総司はいるか?」

副長室の前の廊下に姿を見せた土方が、大きな声で総司を呼んだ。その声を聞きつけて総司が足早に幹部棟へと姿を現す。

「すまんが、ちょっと仕事を頼みたい」
「はいはい。なんです?」

大声で呼んだものの、仕事の中身は急に声を落として話をするからそれ以上の話の中身は聞きとれない。
聞き耳を立てるために近づいてきたセイには、密やかな囁きが交わされていることしかわからなかった。

話をしながら二人はそのまま連れだって副長室へと入って行ってしまう。
きっと、今副長室へ近づけば気取られるだろうから、セイはそれ以上盗み聞きする事が出来なくなってしまった。
手に握りしめていた、掃除の途中だった雑巾は手の中で温まるほどに握りしめたセイは、気配を殺し副長室から離れたところでぶつぶつと鬼副長へと毒づく。

「あの鬼副長!ケチ!」

仕方なく井戸端へと戻ると、雑巾を片付けてざぶざぶと洗い物の残りに手をかけ始めた。だが、わざわざ総司を呼び付けた土方の用事の方にセイは気を取られてなかなか先へと進まない。

「何をしている」

同じ物を何度も洗い続けているセイの傍にいつの間にか斎藤が立っていた。セイにとっては急に現れたように見えた斉藤に驚いて、しゃがみこんでいたところからそのまま後ろへと尻もちをついてしまう。

「何をしてるんだ、アンタは」

実は先程から斎藤は声をかけて井戸端へと近づいてきていたがまったく気づいていなかった。尻についてしまった湿った土を払いながらセイは、また余計なことを、と言われないように慌てて洗い物に手を伸ばす。

「洗濯です、洗濯!ほら、こんなにあって」
「その割にはずっと同じ物を捏ねまわしていたようだが?」

桶の中には総司の夜着が入っており、何度も何度も水の中をくぐっている。指摘された物が総司の物だけに、慌ててそれを引き上げると思い切り絞った。水の入っていない桶の方に積まれた洗濯物と一緒にして、セイは辺りを片付ける。

「全然!もう終わりなんです。ちょっと考えごとをしていたのでぼーっとしているように見えたかもしれませんけど」

そんなことはないのだと言いかけたセイを斉藤が見事に遮る。

「どうせまた沖田さんの事でも考えていたんだろう」

むっつりと指摘する斉藤は、こめかみがぴくっとなった所をセイに見られないように水桶を手に横を向いた。わかりきったことなのについ指摘をしてしまうのは性なのだろう。

「そ、そんなことはありませんよ!ただ、その、……副長室へ呼ばれて行かれたので何かあったのかなぁと思っただけなんです」

一生懸命違うのだと言い訳を並べるセイをちらりと見ながら、斎藤はセイがよけたところに新しい水を汲んで上半身を脱いだ。もともと井戸のところへ来たのは汗を拭き清めるためである。
わざと、もったいぶったように一呼吸開けると口を開いた。

「奇遇だな。俺もこれから呼ばれているんだが」
「そうなんですか?!」

いくら言い訳しても総司の事になるとこうも違うものかと思った斎藤のささやかな抵抗に当然のごとく、セイは食いついてくる。

「どうしたんですか?何かあったんですか?斎藤先生も呼ばれるって一体!」
「そんなに噛みつかなくてもちゃんと教えてやる!」

矢継ぎ早に次々と妄想を全開にして言い募るセイに、策に溺れた斎藤が渋面になる。
憮然として手拭で体を拭き始めると、早く教えてほしいばかりに、お手伝いします、と斎藤の背中を冷たい水で絞った手拭で拭き清め始めた。

―― 全く、現金というかなんというか……

余りに解りやすいセイの行動になおさら不機嫌になった斎藤は身ぎれいになるまでは一言も口を開かなかった。そこまでは行儀よくというべきか、問いかける言葉をぐっとこらえていたセイは、斎藤が着物を着直すと我慢しきれなくなって口を開いた。

「あのぅ……」
「特命だ」
「えぇっ?!」

特命という言葉に反応したセイを見て、意地悪心が働いたのかふっと斎藤が珍しく口角を上げた。

「以上」
「そんな!兄上ぇ!」

札だけ見せられて、芝居の中身はお預けだと言われては当然気になる。セイ斉藤の袖口に縋り付いた。しかし、腕を引いてその手をぱっと斉藤は振り払う。

「お前にほいほいと話していたら特命とはいわんだろう」

ぴしゃりと話は終わりだと告げると、口の中で文句を言っていたようだったが、斎藤が着替えのために隊部屋へと戻って行くのを何も言えずに眺めていた。
斎藤は僅かに溜飲が下がったのか、妙に機嫌よく隊部屋へと戻って着物を替えると副長室へ向かった。

「副長。斎藤です」
「入れ」

手をついて障子をあけるとそこにはまだ、セイが気にしていた当の本人、総司の姿があった。いつもの顔に戻った斎藤は小さく頷くと副長室へと入った。

「遅くなって申し訳ございません」
「いや。先に知らせてくれて助かった」

斎藤は頷くと、総司と土方に向いて改めて話を始めた。
元々、この話は斎藤が会津藩からの依頼を預かって先に書状を屯所へと届けて寄越したのが始まりだ。当然の事だが、斉藤には自分しか知りえない情報も持っている。
一通り、送った知らせとほとんど変わらない内容を説明すると、土方が渋い顔になった。

「俺としては、一番隊の組長と三番隊の組長を揃って特命に出すのは気がすすまんが、指名じゃ仕方ないな」
「あはは、私と斎藤さんがご指名だなんて光栄ですねぇ」

不満そうな土方と、呑気な総司の取り合わせはいつもの事で、斎藤は特に気にせずに淡々と頷いた。

「会津公からのお話ですが、その女院様のお供を数日ということです。世俗を見て歩きたいということなので、お姿は変えていただき、市中の宿にご滞在なさることになります」
「つってもなぁ。いい年のばーさんなんだろ?我儘も大概にしろと言いたいところだがな」

どこぞの女院様が京の市中見物をしたいということで目立たぬように、かつ警護の者をつけて欲しいという要望に、当然のように新撰組の名が挙がった。
武士であっても市中について彼らほど熟知している者はいないだろう。見回り組ではいかにも武士然としていて、怪しまれやすいこともあり、隊でも腕の立つ者をということになった。

「申し訳ございません。このようなことになるとは思わずに、以前ご下問くださった折に、隊の中で腕の立つ者について少しばかり口にしてしまいました」

斎藤が空々しく頭を下げた。隠密である事がばれないように、しれっと嘘の様子を伝える斉藤に土方が片手をあげて軽く振った。

「ああ、もういい。どうせ数日の事だ。しかも京の市中にいるんだろ?繫ぎさえつけられれば後はさっさと終わらせて来い」

承知、と総司が頷くと斎藤も同じように頷いた後、話はまだ終わってはいないのにふいに立ち上がった。

すらりと局長室側の襖をあけると、近藤が不在なのをいいことに掃除のついでという口実でセイが聞き耳を立てていた。襷を掛け回し、雑巾を手にしているが、明らかに聞いていました、と言い訳のできない状況にセイの顔がえへっとひきつった。

「というわけで神谷。お前の出番はない。わかったか?」
「神谷さん?!貴女、また盗み聞きを……!」

淡々とセイの姿を見下した斎藤に、総司が呆れたように膝をまわしてセイの方へと向き直った。
いたたまれず、顔を伏せたセイが小さい声で詫びる。

「……申し訳ありません」

土方に至っては呆れかえって言葉も出ない有様でこめかみを押さえている。しばらくして目を伏せて深く息を吐き出した土方の雷が盛大に落ちた。

「神谷、てめぇ……。何べん言えばわかるんだ!」