記憶鮮明 22

〜はじめの一言〜
やれやれ。こりないのぅ

BGM:SMAP not alone
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「雅様、少しだけ外してもよろしいでしょうか」
「構いませんよ。もうすぐ夕餉だから皆様とご一緒に頂きましょうね」

灯りをともしたものの、まだ表も日が落ちかけた頃である。隣の離れへと急いで向かったセイは、離れの中へと声をかけた。

「すみません。斉藤先生、沖田先生」

セイが急ぎ足で向かってくる音にちょうど二人が反応して立ち上がっていた。離れの入口に現れた二人に、中には上がらずにセイが入口に立ったままで二人を見上げた。

「どうかしたんですか?!」
「なにかあったか」
「いえ、すみません。あの、少し外してももいいでしょうか。雅様からは少しお傍を離れるお許しをいただいたので」

すわ、何が、と思っていた斉藤と総司はちらりと互いの顔を見た。
何を互いが思っているかは知らぬうちに、総司がセイを問いただす。

「何をするつもりです?神谷さん」

唐突なセイの行動はよくあるとはいえ、今、この時では何をするか聞かずに許可を出すわけにはいかない。先ほどまでの様子から、落ち込んでいるのかと思っていたが、セイはにこっと総司に笑いかけた。

「はい!こちらのお膳よりもいいなんてことはありませんけど、せめて私の手作りの夕餉を召し上がっていただこうと思って、よろしければお時間をいただけないでしょうか」
「夕餉……」

ぷっと吹きだした総司だけでなく、斉藤も苦笑いを浮かべている。きょとん、とした顔でセイが二人を見上げた。セイにとっては、この短時間で考えに考えた事の一つである。

「あは、は。斉藤さんどうします?いいですか?」
「む、構わんだろう」
「だそうですよ。神谷さん」

二人にとっては、セイが何とかして雅を逃がすのではないかと心配していたのだが、その予想は裏切られた。セイらしいといえば、セイらしい発想に斉藤も総司もつい、笑ってしまったのだ。

「ありがとうございます!雅様が夕餉は皆さんでいただきましょうっておっしゃってましたから、先生方の分も作りますね」

ぺこりと頭を下げたセイは、急がなくちゃ、とつぶやいて、足早に母屋の方へと向かっていった。どちらからともなく、深く息を吐いたところで総司が草履に足を乗せた。

「私が雅様のお傍につきますよ。神谷さんの代わりですからね」

鼻歌でも歌いだしそうな顔で去っていく総司が斉藤にとっては、無性に腹が立った。その明るい表情がいかにも得意満面に見えたと思った時には、総司の後頭部をべしっと殴っていた。
殴られた後頭部を押さえた総司が、前のめりになって屈みこむ。

「痛っ~~。何するんですよう、斉藤さん」
「なんでもない」
「なんでもないって、今殴ったじゃないですか~」

―― 神谷の代わり、にあんなに得意げなやつを殴らずにおれるか!!

ふん、と離れの部屋へと戻っていく斉藤に、なんだろう、とぼやきながら総司は雅のいる離れへと向かった。今は、いつもの着物に羽織を着た姿である。

「失礼します」
「はい、どうぞ」
「すみません。神谷の代わりに私がしばらくお傍にいさせていただきます」
「あらまあ。組長さんに傍にいていただくなんて、素敵なことね。さ、こちらへ」

失礼します、と繰り返して総司は離れの部屋へと入った。実際には総司も小姓ではないが、子供時代を思えば、斉藤よりはいいのかもしれない。

セイのように脇にではなく、雅の正面に座った総司は、懐から金平糖の包みを取り出した。

「このようなものを差し上げるのは失礼にあたるのかもしれませんが……。よろしければいかがですか?」
「あらあら、まあまあ。失礼なんてことはありませんよ。私、こういう可愛らしいお菓子も大好きなの」

嬉しそうに手を伸ばした雅は、迷わずにいくつか手の平に乗せた。くぼませた手の上で転がした金平糖をひょいっと口に入れた雅に総司がわずかに目を見開いてから、ふわりと微笑んだ。
雅の身を預かっている総司が差し出したものならば、毒入りであっても今はおかしくない。なのに、迷わず口にした雅に思わず驚いて、それから微笑んでしまったのだ。

―― 神谷さんが肩入れするはずですねぇ

「ふふ。流石に清三郎のことを面倒みていらっしゃるだけあることね」

雅も同じように感じたらしく、くすくすと笑い出した。お茶を淹れましょう、といって、総司は近くに置いてある茶道具を引き寄せた。

「あなたも、もうひと方も、清三郎をかわいがってらっしゃるようね」
「ええ。雅様にも可愛がっていただけてよかったと思います」
「そうね。聞いてもいいかしら?」
「なんでしょう?」

穏やかな会話も、相手が相手では変わってくる。にこにことした表情も何も変わってはいないのに、その気配が変わることで、総司も見た目には何も変わっていないのに、気配が変わる。

「もし、ですよ。清三郎があなたの命令に背いたらどうします?たとえば……、私を逃がそうとする、とか」

ひた、と合わされた視線の先で総司は自分が今、刀を握っているような気がした。雅が女性であり、老女であるにも関わらず、そう感じる自分に何の疑いもわかない。

「そんなことはありません。私の命じたことであれば、あの人は必ずそれを果たします」
「そう。では、あなたがもし、襲われて、命が危うくなったときに、捨てて逃げろと言ったらあの子はそうしますか?」
「ええ。必ずそうします。そして、私が戦っても危うい状態であれば、誰か必ず助け手を連れてきます」

総司の迷いのない答えに雅は満足そうに頷いた。ほんの数日でも、セイを見ていればわかる人にはわかる。雅の気配が戻ったことで総司もふっと肩から力を抜いた。

「私は前に、あの人のことを疑ってしまったことがあるんです。あの人の誠を見定めることもせずに。その行動のうわべだけで。でも私以外の人は皆、誰一人あの人を疑わなかった。だから、私も二度とあの人を疑うことはすまいと決めたんです」

茶の支度が止まってしまった総司の手から、雅が優雅に取り上げた。美しい仕草に、総司はそのまま雅に任せることにした。丁寧に入れられた茶を前にして、嬉しそうな顔をした総司が話し出す。

「今、あの人が何をしに行ったかご存知ですか?こちらの松月のお膳にはとても足元にも及ばないのに、せめて雅様に心尽くしの膳を召し上がっていただきたいと言って、賄い方の隅を借り受けに行ったんですよ」

きっと今頃、賄の料理人たちの手は一切借りずに、必死になって雅のためにと膳を整えているだろう。
そう思うと、総司も雅も再び微笑を浮かべた。

「沖田殿。あの子は……貴方のことが大好きのようね。あの子の娘姿はかわいらしかったでしょう」

ぎくっと、総司の手がわずかに揺れた。総司達はまだしも、この慧眼の持ち主を誤魔化しきれるわけもない。セイへの変装指示はそれを汲んでも楽しんでいるのだと思っていた。

「沖田殿は、今の上司と部下の関係で満足なの?」
「……と、言われましても私には何の事だかわかりませんが」
「沖田殿。これは私からの餞ですよ。人というものは、いつ儚くなってもおかしくはないもの。それは人と、人の出会いとて同じなのです。どんな偶然も必ず理 由があり、必然なのです。それをどうするかはその人その人に託されているわけだけれど、人の命とは短いもの。迷うことも心清く生きることも大事だけれど、 時にはどれほど泥にまみれても、迷いなど思う暇さえないほどに、遮二無二向かうときも必要なのです」

心の中に譲れないものがあるならば。
心清くあることだけがすべてではなく、時には泥にまみれ、闇に這いずることになっても。
狡猾にかいくぐり、守るべきものを守る。

「殿方は、とくに、武士という生き物は、時によくわからない潔さに身を任せることがあるけれど、私はそんなものは時には自己満足でしかないと思 うのですよ。生きて、命がある限り、人はどれほど汚くても、どれほどきれいでも、精いっぱい力の限り生き抜かなければならない。殿方より女子の方がその点 はしっかりしているのかもしれないわね。女子はもともと、穢れても、命を紡いでいくものだから」

―― そうかもしれない。

雅の言葉にどこか納得して、どこか納得しきれない感情があって、総司は素直に頷くことも、否定することもできずにただ雅の姿を眺めていた。

 

 

– 続き –

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