記憶鮮明 28

〜はじめの一言〜
BGM:Lady Gaga Judas
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「申し訳ござらぬ。ただこれを雅様の御髪だといって差し出されましても、我々もただ、はいそうですかとお受けするわけにもいきませぬ。ご説明願えましょうや?」

その背後からぱちん、と扇子の音がした。上座に座る女官が宮の傍からほんのわずかに膝を進めてくる。

「それはこちらからご説明いたしましょう」

斉藤が、ちらりと視線を投げて、再び手をつくとこほん、と咳ばらいが一つ聞こえてもう一人尼僧が部屋へと現れた。

「ご紹介いたしましょう。敏宮様のお声掛で桂月院の門跡になられます桂月尼殿でございます」
「みっ!!」

頭を下げていたセイが現れた尼僧の方へと顔を上げた瞬間、驚いて声を上げてしまった。その態度にこほん、と女官が咳払いをして扇を開いた。
慌ててセイが頭を伏せる。

「宮様。この私に免じてお許しくださいませ。さあさあ、皆様、お顔をあげてくださいな」

雅、もとい、桂月尼の言葉に宮が黙って頷いた。続いて女官が頷き承諾を伝えると、清風が小声でどうぞ、と囁く。斉藤と総司、そしてセイが顔を上げた。

青々と剃り上げた頭を白絹の帽子で覆った桂月尼が変わらぬ笑顔でにこにこと座っている。

「大変お待たせして申し訳ないことをしましたね。支度に手間取りましたの」
「支度……ですか」

呆気にとられているのは斉藤と総司も同じのようで、口の中で繰り返す。

「ご説明いただけますか?」
「もちろんですよ。あなた方にはお話しなければなりませんものね」

清風が雅の髪を置いたままで、立ち上がり桂月尼の隣へ座った。

「今回のお話がどちらに転ぶにしても、私はもともと身を引くつもりだったのですよ。私はできる限りのことをしてきたつもりですが、どうしても私の立場では誰にでも公平な立場というわけにはまいりませんでした」
「それでも桂月尼殿は、努めて武家と公家の調和を保たれようと心を砕いていらっしゃいました」

隣に座った清風が取り成すように付け加える。桂月尼もその手伝いをしてきた清風も、平穏な世の中のために心を砕いてきた。だが、今は願った方向からはずっと逸れてきてしまっている。
しかし、たとえそうだとしても雅が願った未来は、決してささやかな夢ではなかったが、もう終わりというわけでもない。

雅とこの数日間、話をしたセイは、決して雅が人生を諦めたわけではない事を知っている。出家し、俗世からきりはなされることで、より一層自由になるということだ。
雅も清風も、そして、敏宮様も女性としてではなく、人として、己がすべきことがあると、諦めてはいないのだと。

「斉藤殿、沖田殿、神谷殿」

それまで決して口を開かなかった敏宮が初めて口を開いた。脇に控えていた女官が驚いて、敏宮の顔を見たが指先で制されてすぐに控える。

「私は幼い頃、桂月尼に様々な教えをいただきました。女子として、人として、生きる様々なことを。ですから、私は私にできることをするのです。桂月尼には、桂月尼にしかできないことがあるのです。私はそれを守ります」

穏やかに微笑む老女二人と、敏宮を前にこれ以上何を言えるというのだろう。
斉藤も総司もどう言っていいのかわからなかったが、ただ一つ言えるとすれば雅という存在は確かにこの世からは消えたということだ。

目の前に置かれている雅の髪に目を落とすと、黙って懐紙を折りたたみ、斉藤は懐にしまった。あえて、今何か言うべき言葉が見当たらなかったともいえる。

ほっと、息をついたセイに総司が苦笑いを浮かべた。してやられたというところだが、これ以上ここにいても仕方ないことももうわかっている。斉藤と頷きをかわすと敏宮へと頭を下げた。
それを合図に、敏宮は女官たちとともにその場から立ち上がり、再び奥の院へと移って行った。残った清風と桂月尼を前にもう一度頭を下げると、斉藤が立ち上がる。

斉藤に続いて何も言わずに立ち上がった総司に慌ててセイが立ち上がった。清風が彼らを送り出すために先に立つ。

あの松月の離れでまっすぐに前を向いたまま座っていた姿そのままに、見送ることもなく目を伏せた桂月尼が、そのままの姿勢で語りかけた。

「忘れてはなりませんよ。人とは、人生とは。潔く生きるだけがすべてではなく、時に愚かしくともまっすぐに、己にできることを。心のままに進みなさい」

セイは雅にもらったお守りを着物の上からぐっと掌で押さえた。
何か、言いたかったがぐっと喉に詰まった何かが口にすることを拒んで、セイは部屋を出る間際に、後ろを振り返ると深々と頭を下げて、総司達の後を追った。

「ご苦労様でした」

清風にそういって見送られては苦笑いするしかない。最後に斉藤が両家の者たちが何か言ってくるかもしれないと、警告を残すと雅そっくりな悪戯っぽい笑顔でころころと清風は笑った。

「ご心配には及びませんよ。そのために敏宮様の庇護を申し出ましたし、私達にはいざというときに頼りになる強いお味方を得ましたからね」

意味深な笑いの清風を残して、三人は屯所に戻るべく歩き出した。

 

 

屯所に戻った斉藤達は、すれ違う隊士達から口々に帰営の労いをかけられながら、副長室へと向かった。夕刻のことだけにもう近藤はいないだろうと思った姿が向かった先の副長室にあった。

「やあ、斉藤君、総司、神谷君もご苦労だったね」

ただ今戻りました、と挨拶をする三人を労って近藤が平隊士に三人の夕餉を運ぶようにといった。近藤と土方の前には酒肴が並んでいる。予定通り彼等が戻ってくるのを待っていたらしい。

斉藤が懐から雅の髪を差し出した。

「これを」
「ふん。あのばーさん、頭を丸めても元気いっぱいだったんじゃねぇか?」
「……ということは、副長はやはりご存じだったんですな」

土方の言葉に目を剥いたのはセイだけで、斉藤と総司は驚きもせずにやはりと思っている。帰る道々に、考えるとどうしてもやはり話がおかしいのだ。近藤と土方も、すべてではなくても話の一端を知らなければおかしなことになる。

「まあな。これも戦術の一つってことだ」

面倒くさそうに頭を掻いた土方をみて、近藤が呆れて口をはさんだ。

「おいおい。それじゃあ、斉藤君達も話が分からないだろう。すまんな。実は、雅様のお命が危ないというのはもともとあった話なんだ」

どちらに転ぶかわからない、ではなく、猶予を与えるか否か、という方が色濃い状況だった。そこに仲裁という名目で呼び出された近藤と土方も、早い話が、公に雅を始末するために呼ばれたことがわかって、苦々しい思いでいたのだ。

「これが政だと言われても面白いはずがないだろ。俺たちは町の破落戸と同じ扱いをされてるってこった」

ふん、と鼻を鳴らした土方が酒を煽った。空になった土方の杯に酒を注ぎながら近藤が続ける。

「だから、我々は一計を案じたんだよ。もし雅様にその気があるならばってね」

そう入っても話を聞かせろとあの離れで雅が言ってきたときは近藤も土方も驚いたのだ。

 

 

– 続き –