大人のシルシ 2

〜はじめの一言〜
随分昔で忘れちゃった方もおおいのでは?ですよねぇ。私も忘れかけてました。

BGM:
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戯れだということは十分に分かっていたが、相手をしろという浮之助の命令から逃れるためにあれこれ反論するうちに、おかしな話の流れから浮之助の目の前で閨事をみせろと言われてしまった。

閨事どころか、口を吸ったことさえない関係だというのにどうしろというのだと言い返したかった。
セイが浮之助の相手をするという事から話しがそれたばかりである。時間を稼ぐためにとりあえず、なし崩しに床の敷かれている方へとセイを伴って移ったものの、どう誤魔化せばいいか、必死で考えていた。

これが、仮に相愛だったとしても、セイのそんな姿を人前にさらすことなどあり得ない。

「とにかく切り抜ける方法を考えましょう。大丈夫、きっとなんとかなります。あなたが浮之助さんの相手をすることを思ったら……」
「でも先生……!」

セイを抱き寄せて、密かに囁きを交わしていた総司とセイに向かって浮之助が逃がさないとばかりに追い打ちをかけてきた。

「なにごちゃごちゃ言ってんの?」
「……い、いつも愛の囁きから……してるので」

―― 我ながらどんな言い訳だ

今更ながらに呆れ返ってしまう。
どの口が“愛の囁き”を言うのだと頭を抱えそうになったがしどろもどろで口を開きかけた総司をセイが真っ赤な顔で止めたのだった。

すっかり面白がっている浮之助は、にやにやと笑いながらさらに追い打ちをかけてくる。変な汗を滲ませた総司に、風呂といいだしたセイの言葉もあっさりと一蹴されてしまう。

「沖田。舐めてやんなよ」
「何を仰ってるんですか!」
「何ってあんた等がいつもしてることだよ。それともそんなこともしてやってないのかい?それって男としてどうなの」

上手く話を逸らしたはずが、ますますややこしくなってしまう。話の中身に凍りついた総司をよそに、こういう時、黙っていればいいものをつい口を開くことでさらに話をややこしくするのがセイなのだ。

それを忘れていたわけではないが、この時は話題が話題だったからだろうか。
止めに入るのが遅れてしまったために、さらに話がおかしな方に曲がってしまった。

『それが沖田先生ですから!いいんです、それで!』
「はぁ~?何言っちゃってんの。じゃあ俺の事も試してみなよ。絶対、損はさせないよ~?清三郎」

―― 沖田なんかより、よっぽどヨくしてやるよ

それを聞いた瞬間、総司の頭の中で隠しておいた何かが押された気がした。すうっと妙に落ち着いた総司は、ぐいっとセイの腕を取ると、時間稼ぎと言いながらも思わず腕の中に抱きしめてしまった。
その上、誤魔化すはずだったのに、浮之助とセイの売り言葉に買い言葉を聞いているうちに、その境が崩れて行ってしまう。

そう。

思い出せは思い出すほど顔が赤くなる。

邪念を払うように、饅頭に手を伸ばした総司は、ばく、と大きく頬張った。もぐもぐとしっかり饅頭を平らげてから再び茶をすするとぼそぼそと総司は呟く。

「神谷さん、やっぱりまだ怒ってるのかなぁ」

あれ以来、ろくに顔も合わせずに逃げ回っているのは総司も同じである。そのくせに、そこだけは棚に上がってセイが怒っているから逃げ回っていると思い込んでいた。

「はぁぁぁぁぁぁ」
「往来に面した場所だっていうのに、そんな顔でため息つかないでください」
「?!」

目の前が陰ったと思った次の瞬間、聞こえてきた声に総司はがばっと顔を上げた。
総司の前に、ほんのり頬を染めてぶすっとした顔のセイが立っている。

「か、かかかか神谷さん!!」

慌てて立ち上がった総司の顔を、セイがじっと見つめてくる。あの時と同じように、赤い顔をしてセイが目の前に立っていた。

「こんなところで何をなさってるんですか?」
「何をって……。貴女こそ、どうしたんですか? お使いにでていたんじゃ」
「お使いだってちゃんと文を届ければ仕事は終わります」

ふん、となぜか勢いよく総司の隣に腰を下ろしたセイは、自分の分の茶を頼んだ。
あれほど逃げ回っていたはずのセイが自分から現れて、総司の隣に腰を下ろしたことで僅かに話しかけやすくなった総司は、おずおずと隣に座っているセイの顔をちらちらと窺った。

「あの……神谷さん」
「……なんでしょう?」
「怒って……ますよね?」
「怒るって何をですか?」
「何をって……」

通りに目を向けて足をぶらぶらと揺らしているセイは、話しかけている総司の方を見ようとはしない。
だからこそ、総司も続きを口にするのも非常にし辛いところだったが気力を振り絞って口を開いた。

「浮之助さんの前であんな真似を……」

その瞬間、セイの横顔がさっと強張って頬には朱が走った。総司自身も同じくらい恥ずかしかったが、今はそんなことよりもセイの方が大事である。
「別に……、怒ってないです」
「えっ?!」
「怒ってません! って言ってるんです!!」

小さく顔を逸らして呟いたセイの言葉が聞き取れなくて、飛び上るほど、ばくばくしていた総司の心臓が跳ね上がった。
頬を赤くして、睨むような顔を向けたセイが総司に向かって噛みつくように言ったのだ。

「ほ、本当に、本当ですか?!」
「本当です!こんなこと、嘘ついたって仕方ないじゃありませんか」
「よかった~~~っ!」

自分が座った床几の後ろに手をついた総司が本当に力の抜けた顔でほにゃ~っと上を向いて笑った。
それを見ていたセイが眉を寄せて少しばかり不満そうに唇を尖らせる。

「そんなに私が怒ると思っていたんですか?」
「そりゃあ、もう! だって、いくら浮之助さんの言うこととはいえ、初めての神谷さんにあんな、むぐっ」

ほっとして気が抜けたのか、うっかりその先を言いかけた総司の口に、セイのために運ばれてきた饅頭が突っ込まれた。目を白黒させていると、セイがぷるぷると拳を握り、眉間に皺を寄せて小声で叫ぶ。

「こんな往来でなんてことを言うんですかっ!!」
「ほ、ほめんにゃひゃい」

口に無理やり突っ込まれた饅頭を喉を詰まらせながら、涙目で総司はなんとかごめんなさい、とだけ口にした。

 

– 続く –