怖い夜 2

〜はじめの一言〜
先生の怪談って怖いだろうなぁ。

BGM:
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まだ夏というには一足早く、梅雨の谷間で蒸し暑かった夜をさぁっと降り出した雨が熱を攫って行く。
ひとしきり雨に濡れながら、もはや隊部屋に戻ることを諦めたセイは、雨に濡れてすっかり夜着も冷たくなっていた。

きしっ。

人影もないのに、床のきしむ音がしたような気がしてびくっとしたセイがますます、雨に濡れる廊下の端へと移動した。怯えた顔で、あたりを見回しても 誰もいるはずがないと思っていたのに、確かにそこに何かの気配がして恐怖も最高潮に達した時、ばさっと頭の上に何かが落ちてきた。

「……っっ!!」

声にならない悲鳴を上げたセイの頭をすぐに何かが掴んだ。

「やっぱりこんなことになっているんじゃないかと思ったんですよ」
「?!」

ふわりを抱え上げられたかと思ったら、軽々と廊下の奥へと引き上げられる。濡れた頭の上に手拭いが被せられて、わしわしと頭を拭かれた。

「ひ……っく」

恐怖のあまり泣き出したセイが手拭い越しに頭を上げようとすると、さらに上から何が大きなものがセイをくるみこんだ。
再び抱え上げられたセイが、すぐ近くの布団が押し込まれた納戸に引きずり込まれる。

布団の合間にぽいっと放り込まれたセイは被せられた手拭いで顔を擦った。

「沖田先生……」
「寝る前にだいぶ怖がってましたし、そうじゃないかなとは思ってたんですけどね」

どこか呆れたような苦笑いのような雰囲気が伝わってくる。だいぶ長いこと雨にあたっていたセイは、少し拭いたぐらいではどうしようもないくらい濡れていた。

「しょうがないですねぇ。どうせ見えやしませんけど後ろを向いてますから濡れた夜着を脱いでしまいなさい」

ばさりとかけられていたのは、てぬぐいだけではなく、総司の夜着もだった。厠にたったセイが何時までたっても戻ってこないことに気づき、一度廊下にでた総司は雨が降り出していることに気付くと、濡れ縁で手を差し伸べてから自分の夜着を引っ張り出した。
念のために、と手ぬぐいと共に替えを手にしてセイを探しに出たのだ。

もこもこと不安定な場所だったが、何とか濡れた夜着を脱いで、総司の夜着に手を通したセイは、帯もないままにぎゅっと前を掻き合わせた。

「すみません……」
「着替えました?ほら、こっちにいらっしゃい」

セイが着替えを終えると、布団の奥に積み上げられた布団をずらして居場所を作った総司が声だけで呼ぶ。納戸の中は板戸で締め切られているし、明り取りもないので、本当に真っ暗である。

声のする方へと這っていくとセイの肩に手が触れて、ぐいっと腕を掴まれると一息で引き寄せられた。すっぽりと冷え切った体を包み込んだ総司が両足の間にセイを抱え込む。

「こんなに冷え切って……。風邪でもひきこんだらどうするんです?」
「……ごめんなさい」

しゅん、と子供の様に抱きかかえられたセイが狭い布団に挟まれてじっと総司に寄り添っている。

「昼間、そんなに怖い話でもしてたんですか?」

こくん、と頷いたセイは、ぽつぽつと話し始めた。

「昨日、隊部屋の中は全然風が通らなくて、暑いっていう話をしていて、そこから熱くなると原田先生の怪談話が名物だってなって……」

皆、不気味だし、気味が悪いとは言うのだが、それでも面白がって先を競うように話し始める。そこで嫌がったり、逃げ出せば、怖がりだの、なんのと言われ、面目もなくなる。
筋金入りの負けず嫌いなセイは、もう何度も同じような目に合っていたのに、今回も同じようにその場から離れられなくなってしまった。

こういう話は、特に心得ている者が話し出すと、聞きなれた怪談も飛び切り恐ろしくなる。

原田もそういう話し手ではあるが、その直伝という山口の話しぶりにセイは真っ青になった。

「怖いのなら素直に離れればいいじゃないですか」
「だって!そしたら皆に馬鹿にされちゃうじゃないですか!」
「だからって、今そんなに怖がって泣いてたら仕方がないでしょう?」

子供でもあやすように言い聞かせる総司に、泣きべそをかきながらもセイは言い張った。

「それに!隊士がこんなことで怖がってるなんておかしいです!」
「はいはい。じゃあ、飛び切り怖い話でもしましょうか」

長年付き合いのある原田からは幼いころに散々その手の洗礼を受けている。十八番の話しももう覚えてしまうほどだったのだから、総司だとてその手のネタならいくらでもある。

「……蒸し暑い夜に、廊下の奥から女のすすり泣きが聞こえてくるんですよ。誰もいないはずなのにと思っていても、様子を見に廊下に顔を出すと……!」

わざわざ、間を持たせた総司がふっとセイの襟元に息を吹きかけた。

「っっつ!!!」

声もなく悲鳴を上げたセイがぎゅっと死に物狂いでしがみ付いてくる。その姿があまりに可愛らしくて、笑いをかみ殺した総司は、わざとその背中をつつーっと撫で上げた。

「っ!!!」

がたがたと震えてしがみ付いてきたセイが小さくしゃくりあげたのをきいて、さすがにやりすぎたかと思った。

「かーみーやーさん?」

うえぇぇん、と泣き出したセイの頭をぽんぽん、と叩いた。

「ごめんなさい。ちょっと冗談が過ぎましたね」

どん、と総司の胸をたたいてくるセイに苦笑いを浮かべてごめんなさいを繰り返す。そのうちに泣き疲れたのか、温かさに安心したのか、くたりとセイが眠ってしまった。

「あれ……?神谷さん?眠っちゃったり……」

確かに、脅かすだけ脅かしておいたので総司が悪いと言えば悪いのだが、今の体勢は足の先までセイを全身で抱え込んでいる。元々蒸し暑いくらいだったので、冷え切っていたセイが温まってくれば、さすがにこれだけ密着していると汗ばんでも来る。

「……これは。さすがに辛いかも……」

ましてや、大きな総司の夜着に帯も締めずにくるまっているセイがしがみ付いたり、総司を叩いたりして暴れていたから、腕や足があちこちはみ出している。

―― 私も、一応人並みに健全な男子ではあるんですけど~!!

好きな女子を腕に抱えておいて、ほかに気持ちを反らすなどそんな大変なことができるとは思えなかったが、今更セイを起こすのも忍びない。

「……早く朝にならないと」

このままではどんどん自分に自信がなくなっていくと真剣に後悔したのだった。

– 終わり –