誇りの色 20

〜はじめの一言〜
先生は非常に真面目さんなのでお仕事に励むのです

BGM:
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夜が明けて、総司が途中で厠に立ったことも見ていた隊士達は、いつの間にか寝入ってしまい、総司が戻ってきて眠ったこともあって、てっきり声をかけてきたのかと思っていた。

だが、それはすぐに誤解だったらしいとあたりをつけることになる。

朝餉の時もずっとセイの存在がなかったかのように振る舞う姿に、困惑しながらもそれに合わせるしかなかった。朝餉を終えた後、隊士達は朝稽古に向かったが、総司は土方の部屋にいた。

監察の隊士の報告を聞いていたのは総司と斉藤と土方である。

「で?奴らは何やってたんだ」
「摂津守安部様のお家にゆすりをかけていたようです。留守居役の米倉様の夜遊びを狙い、自分達は米倉様を攫うことだけに手を貸し、別の攘夷派の浪士に身柄 を預ける。後の事は、その者達に任せて金だけを受け取る。自分達の腕に自信があるだけにそうやって金を稼いでいるようです」

自分達は腕に任せた仕事をし、顔の知られる場には出ない。
得手を知ってそれをうまく立ち回りに利用している。さもありなん、という顔で肩を竦めた土方は話を聞き終えると、監察の隊士に下がっていい、と言った。

「さて」

どうするかと斉藤と総司の顔を見る。三人になった副長室は、火鉢で鉄瓶から沸いている湯の湯気が揺らいでいた。

「このままにしておいても仕方がないと思われます。ただ、やみくもに取り押さえようとしても難しいでしょう」

斉藤の頬にはまだ赤い線が一筋残っている。かさぶたになるほどではなかったが顔にそんな傷をもらうとは、斉藤としても内心は穏やかではない。できることなら自分が出てと思う気持ちを押さえて、淡々としてみせる。

「斉藤さん。うちと三番隊で囲みましょうか」
「うむ。だが、隠れ家の周囲では町屋も多い。あの二人と俺達が暴れるのでは少し派手になりすぎはしないか」

池田屋の様に繁華街でなおかつ、集団を取り押さえるのとは違って、二人組ということはどんな手を使ってでも逃げようとするかもしれない。剣客という矜持をもつなら、今やっているような金の稼ぎ方もしないだろう。

「よし。周囲に人のいない夜半に周囲を囲め。あらかじめ町方には……、まあ直前に一声かけておけばいいだろう。監察の者に言って、様子を探らせろ」
「承知」

元々、斉藤が見つけた二人組だけに、主軸となるのは斉藤になる。指揮をとるべく詳細を打ち合わせると一足先に斉藤は副長室を後にした。

「総司」
「何でしょう?」
「あれの事だが」

では、私も、と立ち上がりかけた総司を呼び止めた土方は、珍しくも困ったような何とも言えない表情を浮かべた。

「三日の謹慎とお前は言ったが、もし、捕り物が今夜か明日の夜になるときは、神谷も連れて行け」
「神谷さんを、ですか」
「そうだ。確かにあれのすることは呆れもするし、まして言語道断でもある。だが、不逞浪士を嗅ぎ分ける嗅覚とでもいうものは悪くない。むしろあれだけ何かを嗅ぎつけるのは一種の才能と言ってもいい」

真顔である意味、褒めているのは土方にとって嘘偽りのない気持である。これまでを考えてみても、世間の大きな出来事はさておき、隊にかかわる何かにはほとんどと言っていい。セイが関わっている。

それもセイの人柄や、日ごろからの振る舞いも含めて、何かを呼び寄せる力を持っているのかもしれない。

「副長にしては、随分褒めますね」
「褒めてるわけじゃねぇ。認めているだけだ」

それが十分、破格の事だと思うのだが、それ以上は言わずに総司は黙った。ここでセイを土方と一緒になって褒めても、そんなことはないと言っても、どちらにしても土方の評価は変わらない。むしろ、煽るだけだ。
それは今以上にセイを重用していくことにもなる。

「どうしても捕り物につれていかねばなりませんか?」
「ああ。神谷にとっても、自分が関わったことの最後を見届けたいだろう?」
「困ったな。どうして誰も彼も神谷さんにかかわった人たちはあの人に甘くなるんでしょうね?私には、罰は罰、捕り物に関わる資格もないと思いますけどねぇ」

いつもはセイを散々可愛がっているのに、こういう時は厳しいことしか言わない弟分の腹の内など、土方には透けて見える。セイがしでかした、と言って も、言いつけられた仕事よりも不逞浪士を見かければ、そちらを追うのは隊士として当然の事でもあり、多少の無茶と、斉藤を危険にさらしたとはいえ、土方自 身はあまり怒ってはいなかった。

総司に声をかけずにその場を離れたと言っても、戦闘時でもなく、一緒に使いに出た間の事だ。そう目くじらを立てるまでもない。そう思えば、総司の怒りは心配させられたことへの怒りと、危険な真似をしたことへの怒りと言える。

―― 少し、素直になればいいものを

仕事に熱心なのはいいが、少しばかり不器用すぎる。

そんな弟分にだめ押しをして、捕り物には必ずセイを伴うように言うと、総司は渋々頷いて副長室を出て行った。

 

 

 

同じ頃。

又四郎と春蔵は町屋の隠れ家にはいなかった。総司の登場で面倒になったと判断してすぐにその場を引いた二人は、隠れ家に戻ることを避けて、手当もあることから馴染の店に上がっていた。それはあの時、セイだけが後をつけていた店である。

監察方も馴染の店は調べていたが、春蔵達の方が上手だった。目を付けられれば周囲を探られるのは当然の事として、飯屋も茶屋も馴染の女も、ある程度の時期が過ぎればすぐ次を見つけ、隠れ家も同じように渡り歩いていたのだ。

馳走屋という飯屋が気に入って今の隠れ家に住んでいるが、それもそろそろである。手始めに馴染の女を変えて、上がる店も代わったばかりである。

又四郎は、お松という女を相手に朝寝を決め込んでいた。その隣の部屋では、春蔵がお妙という女を相手に寝起きの相手をさせている。

隣の部屋の声に目を覚ました又四郎は大きく伸びをした。

「目が覚めたな」

お松はしばらく前から起きており、手水を済ませて昨夜の膳を下げたりしている。赤い襦袢に安っぽい着物を羽織ったお松は、床の中から聞こえた声に顔を向けた。

「お目覚めかえ」

どこのなまりかわからないが、お松もお妙も京の人間ではないらしい。初めは京言葉を使っていたが、又四郎も春蔵も嘘くさい京言葉が嫌いだというと、素の話し方に戻っていた。

「ああ。うむ。俺達もどうだ。隣の様に」

大の字になって布団の中にいた又四郎は目を閉じたままでお松に向かって誘いをかける。相方のお松もそんな又四郎が気に入っているようで、片付けていた膳を置くと、朱色の布団の傍までやってくる。

「いけませんよ。旦那。何をなさったんだか、いくら浅いとはいえ、お腹の皮をあれだけ切られてるんですよ?」
「こんなものは怪我の内にははいらんだろう。その証拠は夕べの内にみせただろう?」

布団の中からぬっと手を出した又四郎はまるで子供が駄々をこねるように言うと、お松を引き寄せた。

 

 

– 続く –