静寂の庵 2

~はじめの一言~
セイちゃんはどうするんだろう~。
BGM:RICHARD CLAYDERMAN 戦場のメリークリスマス
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「どうしたんですか?藤堂先生」
「神谷」

小さな座敷に上がった藤堂とセイは向かい合って腰を下ろした。藤堂は屯所を出たときとはまったく違う、厳しい顔でセイを見た。

「神谷。単刀直入に聞くけど、薬は、痛み止め?」

竹藪で飲んでいたよね、という藤堂にぎくっとセイの顔色が変わった。震える手を膝の上で握りしめる。

「な……んのことでしょう」
「心配しなくていいよ。誰にも言ってないから。誰にも言わないからちゃんと教えて?どういうことなのか」
「そ、そう言われても……」
「ちゃんと話してくれないと、俺も黙ってるわけにはいかないよ?」

答えないなら皆に言うぞと暗に脅すようなことを言われて、ぎゅっと手を握り締めると、セイは仕方なく口を開いた。どこまで気づかれているだろう。気づかれた相手が平隊士であれば誤魔化しが効いたかもしれないが、相手が藤堂ではそれは無理だ。

「薬は、痛み止めです。他にどうしようもなくて……」
「具合、悪いの?」
「頭痛と、目眩と、時々吐き気が……ずっと続いていて……」
「それだけ?原因は?」

わからないものは答えようがない。セイは首を振った。
耳については触れずに答えたセイに、ふーっと溜息をついた藤堂は、羽織を脱いで畳んだ。

「横になりなよ。今は、気にしなくていいから休むといい」
「そ、そんな。藤堂先生の羽織を枕になんかできません!」
「いいから!いつまでもそんな状態でいられないよ。少しでも休むんだ」

手を伸ばした藤堂はセイを横にならせた。休むことで少しでもよくなるのかもわからないが、辛い体調で無理をすることはない。
そのためにわざわざ連れ出してきたのだ。

「……すみません」
「……いつまでも隠し通せないと思うけど?」
「でも……、そのうち慣れればきっと大丈夫です。黙っていれば……」
「他の誰かならできると思うけど、神谷は無理だと思う」

淡々と事実を告げられると、自分でも認めたくないと思っていたことだけに、セイもそれ以上は言えなかった。とにかく、横になって休めるのは嬉しい。
懐から薬を出すと、横になったまま飲み下した。

「門限ぎりぎりまで休んで行こう。ゆっくり休みなよ」
「ありがとうございます」

そういうと、セイは眼を閉じた。やまない頭痛が和らいでくるとそのまま眠りに落ちて行った。

その様子を見ながら、藤堂が難しい顔で腕を組む。
たまたまだった。小部屋に隠れて、首筋から頭を冷やしていた姿を見かけた。その時は、ああ、荒稽古だったのだな、と思ったくらいだった。

その後、捕り物があって、藤堂の隊が巡察に出ていたところに、一番隊が応援に駆けつけてきた。一番隊の他の者達は、総司を含めて先頭を切る者が多い。その 中でも、セイは女中衆や町人の面倒を受け持つことがほとんどで、屋内を細かく見て歩く。先に屋内に入っていただけに、藤堂が目配りしているとセイの様子が いつもと違うことに気がついた。

微妙な違いだが、廊下をまっすぐに歩いていない。すぐに右側に手をついて左から振りかえる。反応が一歩遅れる。あれだけ素早い動きをするセイだけに、その差が目立った。

総司や一番隊の面々は、逃げた者達を追捕していたから気付かなかっただろう。

それから藤堂が気にして見ていると、やはり屯所内でも同じ動きをしていた。時には汗を滲ませて苦しそうにしている時や、稽古の際などは、一瞬、目を閉じてからでないとまっすぐに踏み出せていない。

細かいことではあるものの、普段から戦うことになれた者達のこうした些細な差は命取りになる。ひとつ異常を見つけるたびに、藤堂はより厳重にセイを見張りはじめた。
そして、先日のセイが密かに一人稽古をしている竹藪での姿を見て、確信したのだ。

―― この神谷の不調を黙っていていいのだろうか

当然、組長である総司にも言うべきなのだろうが、そうなればセイがどうなるか目に見える気がした。きっと、総司はセイを一番隊から外せというだろうし、土方はやめさせろというかもしれない。
それはきっとセイにとっても最も避けたいことだろう。

しかし、この不調はそのままでいいはずもない。初めに藤堂が見かけてから、すでに二週間が過ぎようとしている。

眠るセイの顔色はひどく悪い。

セイを松本や南部の所に連れて行ったらすぐにばれるだろう。どうしたものかと藤堂は難しい顔で考えこんでいた。

 

巡察や稽古を終えてからセイを連れ出したために、それほど長い時間が取れたわけではない。およそ、1刻半ほども休ませられただろうか。

「神谷、起きられるかい?」

そっとセイを揺り起こすと、新しく茶を運んでもらった。目が覚めた瞬間から、ひどい目眩に襲われて、セイはこみ上げる吐き気を堪えた。藤堂が頼んでくれた熱い茶を飲むと、ほう、と苦しさが少しだけほぐれた気がした。

「すみません……」
「謝らなくていいよ。それより、そんなで帰れる?」
「はい。大丈夫です……。この時間なら、もう後は戻って寝るだけですし。それより藤堂先生こそ夕餉、召し上がれなかったんじゃないですか?」
「いや、神谷が眠ってる間に少し頼んでさ。食べたから大丈夫」

セイの分の饅頭を懐紙に包んで、藤堂はセイに持たせた。どうせこの様子なら飯など、ろくに食べられてはいないのだろう。

「少しでも食べられるときに食べなよ?」
「はい。申し訳ありません」

なるべくゆっくりとセイを連れて藤堂は屯所に向う。歩きながら、藤堂はセイに尋ねた。

「これからどうするのさ。神谷」
「どうも……」
「そう……。じゃあ、今度から具合が悪くなったら俺のところにおいで。できる限り誤魔化して隠してあげるよ」

藤堂の言葉にセイが足を止めた。隣を振り返った藤堂が、遅れて足を止めた。

「誰にも……黙っていてくださるのですか?」
「知られたくないんだろう?俺だって、今の神谷の状態が知れたら誰がどう動くかなんて想像できるよ。そんなことさせたくないしね」
「藤堂先生……!」
「そのかわり、松本法眼でも南部医師でもない先生にできる限り早いうちに診てもらうんだ。いいね?」

もう終わりかと思っていたセイは、涙を浮かべて頷いた。そのセイに向かって藤堂は手を差し出した。

「さ、急がないと門限に遅れるよ。ただでさえ、この時間じゃ総司がやきもきしてるだろうしね」
「はいっ」

いくらか足を速めて、セイは藤堂の傍に並んだ。
薄氷を踏むように、セイは時間を惜しんだ。

 

 

– 続く –