静寂の庵 3

~はじめの一言~
先が見えないうちに書きはじめてしまったと珍しく反省。。。
BGM:Madonna Like a Prayer
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屯所に戻ると、すぐにその姿を探していた総司に見つかった。

「神谷さん、藤堂さんも。ずいぶん遅かったんですね」
「うん。付き合ってもらっちゃったからさ。ご飯、御馳走したんだよ。ね、神谷」

さらりと答える藤堂に、セイは頷いた。どこかほっとしたような様子のセイに、総司はよかったですね、と応じた。

「今度は私も付き合って藤堂さんに奢ってもらおうかなぁ」
「やだよ。総司は飲まずに食べると底なしじゃん。甘いものならもっと際限ないしさ」
「そんなことないですよ。美味しいご飯なら大事に頂きますもん」
「大事にたくさん頂くんだろ?」
「もちろんですよ」

笑いながら話す二人の後をついてセイは隊部屋に向かう。一番隊は最も奥なので、途中で藤堂が別れた。

「じゃあね、神谷。今日はありがとう」
「こちらこそありがとうございました」

ぺこりと頭を下げると、セイの視界がくらりと回った。わからないように軽く目を閉じて顔を上げると、ゆっくり目を開ける。にこっと笑ったセイは、すでに自分の体調の悪さを隠す術を必死で掴んでいた。

「……お休み」

口元しか笑っていない藤堂がぽつりと呟いた。

「お休みなさい、藤堂さん」

真っ直ぐに藤堂を見ていた総司が答えた。一瞬、見られたか、と構えそうになった藤堂はすぐに隊部屋に姿を消した。
総司とセイは一番隊の隊部屋に向かう。

「今度は私と一緒に甘味処に出かけてくださいね、神谷さん」
「はいっ。もちろんです」

にこっと総司に向かって笑いかけたセイに、総司も微笑んだ。いつもの笑顔にほっとする。
隊部屋に戻ると、床を延べて二人とも横になった。

 

総司が視線の先で藤堂の顔に浮かんだ何かを見た後。

気がつくと、非番や空いた時間にセイの傍にいる藤堂を時々見かけるようになった。これまでも、セイの面倒を見たり構う姿はよく見ていたが、どうもそれとは違う。
何かが違うことを遠くからその様子を見ていた総司に、これも同じように感じているらしい斎藤が声をかけた。

「……あれは、どういうことだ」
「斎藤さん……」

腕を組んで見ていた総司の背後に総司が立っている。どちらも不機嫌そうな顔をしているのは互いの顔を見なくても分かった。

「どうしたんでしょうね……」
「あんたが何も知らんというのもな……」
「そう言われても……。私は知らないんですよ」
「伊達に藤堂さんは組長を張ってるわけじゃない。後をつけてもうまくまかれる」

斎藤の言葉に総司の眉間の皺が深くなる。斎藤が後をつけたということも、それでも急な藤堂の変化がわからないというのも。

「神谷の顔色が悪いな」
「……そうですね」

きっと、今聞いても藤堂もセイも何も答えないだろう。下手に誤魔化されるくらいならいっそ見て見ぬふりを続けていた方が楽な気がする。このどんよりと曇ったように晴れぬ心のままに。

「近いうちに、聞いてみます」

ぽつりと答えると、総司は斎藤から離れて隊部屋に戻った。あのまま見続けていても、不快感だけが増えていくことが分かっていたからだ。
セイにとっての一番が自分だなどと思い上がっているわけではない。なのに、自分以外の者と親しくしている、時間を共有している姿を見るだけでこんなにも苛立つとは思わなかった。

斎藤が相手の時は、兄代わりだからと抑えていられたものが、藤堂が相手だからだろうか。苛立ちが抑えきれない。

藤堂に手伝ってもらって洗濯物を干し終えたセイは、普段通り昼の後、稽古着に着替えて一番隊の稽古に出た。
藤堂は午後から巡察に出ている。
総司は、そんなことにほっとするようでは、よけに情けないと思う。なおさら稽古がきつくなった。

「次っ!!」
「やぁぁ!!」

一番隊の隊士達が次々と打ち叩かれていく。ぼそぼそと隊士達が密かに総司の不機嫌さを囁き合う。

「機嫌悪いな……」
「何かあったかな……」

―― 神谷かな

総司が不機嫌とくれば、近藤絡みかセイの二つに一つである。密かにささやき合う隊士達の声がもう聞き取れないセイは、とにかく普段どおりに振舞うだけで精一杯だった。

「次!神谷さん、こちらへ」
「はいっ」

呼ばれて素直に前に出たものの、すり減った神経に普段以上に厳しい稽古がだいぶ堪えていた。必死にセイが打ち込んでも竹刀さえ上げることなくかわされる。どこかがいつものセイと違う。
元より苛立ちを抱えていた総司は、どうしてもどこかピントのはずれたセイの動きに苛立って、打ち込みをかわした瞬間に手にしていた竹刀を振り上げた。

それも音さえ聞こえていれば、平常通りの感覚だったら当然、かわすなり、竹刀で受けるなりしたかもしれない。だが、一瞬、反応が遅れて、聞き取れない左の側頭部から肩口にかけて、思いきり横に打ち込まれた。

セイの軽い体が床に叩きつけられる。

隊士達が、あっと息を飲むが今は手を出すわけにはいかない。苛立ちに目を覆われた総司には、セイの様子がいつもと違うことが藤堂と急激に親しくしているからのように思えた。

「浮かれている暇があるならもっと稽古をするべきですね」

床に転がって苦しげに咳き込んでいるセイに、冷やかな一言が投げつけられた。他の隊士達が駆け寄ろうとするのを鋭い一言が止めた。

「放っておきなさい!己の未熟さを少しは反省すべきでしょう。皆さんも同じですよ」
「すみ……ま……、せん……」

セイは、なんとか腕の力で体を起こすと、目の前がぐらぐらと揺れて起き上がれない。そんな状態を悟られないように、ふらつきながらも何とか立ちあがった。

「申し訳……ありません……。顔を洗ってきます……」

必死に意識を保って、道場から出ることだけに意識を集中させる。何もかもわからなくなりそうな、すべてが崩れていくような感覚に必死で耐えて、道場の入口にどうにか辿り着いたところが限界だった。

「う……ぐ……」

ぐらり、とセイの体が平衡を失って手をつくことも、膝をつくこともなく道場の階段から崩れ落ちた。

「神谷っ」
「おいっ!!」

総司に止められたものの、セイの様子をちらちらと伺っていた隊士達が慌てて駆け寄った。階段から下に転がり落ちたセイに、隊士達が駆け寄った。ひたひたと頬を叩かれても苦しそうで身動きができないセイに、山口が声を上げた。

「沖田先生!」
「……頭から水でもかけたらどうです?」

ひどく、面倒くさそうに歩いてきた総司が冷やかに言うのを、セイはどこか遠くの方で聞いていた。動かない体に必死に鞭をうって、口を動かす。
こんなことは新人の初めのころならいくらでもあった。

「も……しわけ……ぐ……」
「神谷っ」

そのままセイの意識は闇に飲み込まれた。

 

 

 

– 続く –