流星1

廊下にいた総司の傍に小さな七輪が置かれて、山口がその肩に綿入れを着せかけた。

「じゃあ、ほどほどにしてくださいよ。沖田先生」
「ええ。わかってます。ありがとう」

午後から稽古と各々が好き勝手に過ごした後、夕餉を囲んだ際もいつになく総司がはしゃいでいた。

「わぉ!今日は、さわらの西京焼きですね。このほんのり甘じょっぱいところが大好きなんですよ」
「沖田先生は、夕餉の膳でお嫌いなものが出たことないじゃないですか」

どっと隊部屋が笑いに包まれる。毎度毎度、今日はなんだ、かんだと楽しんで箸を手にする総司に皆もつられて、うまいうまいと食べるのだった。

「いいじゃないですか。大好きだと思うとご飯もより一層おいしくなるというものですよ」

今度はくすくすという笑いに包まれて、隊士達は違う意味で密かに笑う。その後も、風呂に入るときには、皆でわいわいと笑いながら風呂に飛び込んで小者に叫ばれるほどのはしゃぎっぷりだった。

隊部屋に戻って、皆と共に湯冷ましを飲んでいた総司は暑いといって廊下にでて空を見上げると、その場にじっとうずくまった。

「沖田先生?どうかされましたか?」
「いえ。きれいだなぁと思って……」
「でも湯冷めされますよ?」
「もう少しだけここにいますよ。皆さんは先に休んでくださいね」

総司は廊下の一番外側に胡坐をかいて膝の上に肘をついて空を見上げた。
邪魔をしない様に離れた隊士達はそれぞれに自分たちの布団を敷いたりして好き好きに過ごしていた。

しばらくして消灯に時間になっても総司は動こうとしない。
見かねた山口が賄から火を入れた七輪を借り受けてきたのだ。

風邪をひきはしないかと心配してはいたが、今日の総司が妙にはしゃいでていた理由を皆がわかっていたので何も言わずにしたいようにさせてい置いた。

「随分寒くなってきたなぁ……」

すぐ傍に火があって、綿入れを着ていても床の上からしんしんと伝わってくる冷えはやはりもう冬のものだ。
左右の袖に自分の手を入れて温めながら総司はそれでも空を見上げていた。

昼過ぎに近藤の手伝いをしていたセイが、そのまま供としてついて行ってしまった。当然、帰りが遅くなれば近藤は夕餉も呼ばれることになり、その供であるセイもまた帰るわけにはいかない。

夕方、引きとめられて遅くなっているので今日は黒谷泊めていただくと近藤から文が届いた後、総司のはしゃぎっぷりに拍車がかかっていた。

―― たった、半日なのに……。貴女がいないだけでこんなに淋しくて、寒いんですよ。

総司は心の中でセイに向かって語りかけた。
いつも振り返ればそこにいる姿が見えないことにこれほど不安を誘われると思っていなかった。

いつもならするはずの気遣いをしなくてもいいということがこんなにも頼りなく思うとは思っていなかった。

セイへの想いを自覚してなお、離れる時間が増えれば増えるほどこうして不安になる。

無事でいるのか。
ばれてはいないか。
困ったことがおきてはいないか。
ちゃんと眠っているか。

こうして自分のように寒い思いをしてはいないかと。

「過保護って怒られちゃうなぁ」

小さく呟いた総司の吐く息が薄らと白くてそれだけ寒いのだとわかる。
だが、今日はことのほか星がきれいで、振る星のごとくとはまさに今夜の様だ。

「神谷さんもみてるかしら」

頬が冷え切っても総司はそのまま夜空を眺めていると、一つ、すーっと消え入るような儚い光が流れていったのをみた。

「は……」

胸の奥まで冷たい空気を吸い込んだ総司は、もう一度見られないかと目を凝らして夜空を見る。
すると、今度は視界の隅の方から強い光が滑るように流れた。

―― 神谷さん

流れ星にする願い事がセイの名を呼ぶことだなんて、誰かに聞かれたら笑われそうだったが、総司には自然に思ったことだ。

しばらくして、もう一つ、二つ、と流れる星を見て総司はそのたびにセイを呼んだ。

気が付けば傍に置いていた七輪の火が消えて、一層寒くなってくる。
すっかり固まってしまった体を少しずつ溶かすように動かして総司は隊部屋へと引き上げた。

冷え切っているというのに、頬だけは燃えるように熱くて、これは風邪をひいてしまったかな、と総司は頭の片隅で思った。

―― ああ、こんなんじゃ明日神谷さんに怒られてしまうなぁ……

そう思いながら床に入ると、それでも明日にはセイの顔を見られると思う自分の顔が笑っていることに気付かないまま、総司はゆるゆると夢の中に落ちて行った。