水の底の青~喜怒「哀」楽 3

〜はじめのつぶやき〜

BGM:ケツメイシ こだま
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いつまでこうしていても仕方がない。近藤は、ぐいっと涙を拭うと、原田と永倉を振り返って頷いた。

「屯所へはこの二人に運ばせます。隊の中で弔いが終わったら、こちらにお返しするか、どこか寺に運ぶかは……」
「わかってる。俺が同道しよう」

近藤と松本の間で話が決まると、セイを運ぶために原田と永倉は表に入りきれずに待っている隊士達のところへ向かおうとした。

大騒ぎになった屯所の中で、我も我もと様子を見に行きたがった隊士達を押しとどめて来たのだ。
そこに、身動き一つしなかった総司が口を開いた。

「近藤先生。申し訳ありません。神谷さんは私が抱いて行きます」

静かだが、きっぱりとした口調の総司に、永倉がそれは、と口を差し挟む。

「総司。気持ちはわかるが、お前も一緒に屯所に戻れ。今は俺達に任せて……」

そう言いかけた永倉の目の前に近藤が片腕を伸ばして止めた。
総司の目は誰のことも見てはおらず、ただ、セイの白い布をかぶせられた顔のあたりだけをじっと見つめていたのだ。

張りつめた、誰の入り込む隙もない総司の雰囲気に近藤はただ、いいんだ、と言って原田と永倉に駕籠を二丁呼んでくるように言った。

「金は弾んでいい」
「わかった」

男でも女でもなく、ただ、大事な相手を失った総司の苦しみが少しでも楽になる様に、想い通りにさせるつもりだった。
同じ思いは原田と永倉にもあったので、すぐに表に出て先に隊士達を屯所に返すことにした。

南部が松本を手伝って、手回りの品を整えている間に、近藤は総司に向かって穏やかに話しかける。

「総司……。お前は、神谷君に会えたのかい?」

一目でも、最後に会えていれば。

黙って首を振った総司に、そうか、とだけ呟く。
セイの枕元で立ち上る線香の煙がまっすぐに立ち上がってからゆらりと揺れる。部屋の中はひどく静かだった。

駕籠が来て、セイを抱いた総司が片方に、もう片方に松本が乗って、皆は屯所に向かった。

一足先に戻った隊士達の知らせで、セイが斬られて重傷なのではなく、死んでしまったことはすでに屯所中に知れ渡っていたらしい。門から大階段、そして各部屋の前の廊下にまで隊士達だけでなく、小者達まで集まっていた。

皆、衝撃は受けていたが、セイを見るまではとぐっと不安そうな顔で今か今かと待っていた目の前に、二丁の駕籠と、近藤たちが現れたのだ。

いつも以上に、混乱に包まれて、あれこれと情報が飛んだために声高に騒いでいた隊士達が到着を知って、一斉に門の方へと顔を向けた。

「……――」

駕籠を下りた総司の姿を見て、誰もが息を飲む。ぐったりと動かないセイの真っ白な顔が、もうその目を開くことさえないのだと物語っていて、そのセイを抱く総司がただまっすぐに前だけを見て歩きだした。

「うっ、ううっ」
「ううううっ」

水を打ったように静まった処に、少しずつあちこちからすすり泣く声が聞こえ始める。総司のために、少しずつ人垣があけられて、まっすぐに大階段まで伸びた道をゆっくりと総司が進む。

「神谷ぁっ!」
「なんでだよぉっ」

堪え切れずにあちこちから声が漏れてくる間をぬけて、大階段を上るとそこも廊下にびっしりいたはずの隊士達がさぁっと道を開けた。

総司の後ろに近藤や松本が続き、まるで葬列のような後を、ぞろぞろと隊士達が続く。一番隊の隊部屋も通り過ぎて、幹部棟の方へと歩いていくと、原田達が先に帰した隊士達が待っていた。

「こちらへ」

そういって、先に立って案内したのはセイがいつも使っていた小部屋だった。

部屋の真ん中に布団が敷いてあり、そこにセイを横たえると、総司はまるで決まっているかのようにセイの布団の傍に座った。

線香が用意されて、ここに来るまでに小さかった泣き声はあちこちから聞こえており、すでに小さくはなくなっていた。

後ろからやってきた近藤たちは、セイの枕辺で手を合わせるとひとまず局長室に座を設けることにして立ち上がった。

「総司。お前も来なさい」

代わりに徒歩でついてきた南部が傍にいるからといったが、総司は黙って首を横に振っただけだった。今はそれも仕方がないと近藤が言うと、南部と総司を残して皆は一度部屋を出た。

二人だけになった部屋の中で、短くなったものの代わりに南部は線香に火を灯す。

不意に、南部が口を開く。

「不思議ですねぇ……」

今はまだ、白い布もかぶせられていないセイの顔が少しずつ変わっていく気がして、南部はそれを眺めた。

「ずっと、ここに来る間に考えていたんですよ。私は医師ですから、人の生き死にに、何度も立ち会ってきましたが、その中でも今回はひどく堪える……。そのわけをね。考えていたんですよ」

たまにしか顔を合わせないセイのことがどうしてそんなに堪えるのか。松本が可愛がっているというだけではなく、セイ自身の存在がそうさせているのだと、気が付けば結論づけていた。それ以外に答えがみつからなかったからだ。

「神谷さんは、……皆さんに大事に想われているんですねぇ」

石のように動かない総司は、聞いているのかいないのかもわからなかったが、それでもよかった。

ただ、総司にそれが伝えられればいい。

立ち上がった南部は、総司を一人にするために部屋を出て行った。

– 続く –