黒き闇の翼 3

〜はじめの一言〜
暗い話ですみません。

BGM:嵐 One Love
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

廊下にでたセイは落ち着き払って、井戸端へ向かった。総司の額を冷やしていた水を替えて手拭いを洗う。

―― 泣かない

心の中には揺るがない思いがあった。
総司から黙っていてほしい、伏せてほしいと言われた時、セイは二つ返事で頷いた。そしてすぐすべての手配を始めた。

ずっとセイが女子であることを隠して守ってきてくれた総司を守ることに何の躊躇いがあるだろう。誰に言う事もなく、すぐに手を尽くした。

共に、秘密を守る共犯者になること。

悔いるならば、最後まで総司の病を隠しきれなかったことだけだ。

新しい水を汲んだセイは、総司の部屋へと戻った。今度は廊下で立ち止まると、膝をついて声をかける。

「沖田先生。よろしいでしょうか」

返る声がなくて、心配になったセイはもう一度声をかける。

「沖田先生?……、開けますよ?」

そっと障子を開けたセイは、横になって布団を引きかぶっている姿をみて眉を顰めた。その傍に着替えたものが散らばっている。

布団の傍に桶を置いたセイは、総司の着替えた物を一まとめにすると、丸くなった布団にそっと手を乗せた。

「先生?」

そっと布団をめくろうとすると、それをきつく引っ張られた。それが何を意味するのか、すぐにセイは布団をめくらずに手拭いを絞ると、布団の隙間からぐいっと差し入れた。それを受け取ったからか、布団を押さえていた手が緩んだ。

その間に、少しだけ布団をめくった。目を瞑った総司が苦しげな息を吐いている。汗と、口元には血がにじんでいた。

「先生。薬を飲めますか?」

ぜいぜいと喉の奥で絡まったような苦しげな息の合間に小さく首を振る。布団に隠れていなければ、苦しい息も、咳も周りの部屋に聞こえてしまう。
口元に濡れた手拭いを当てるとその湿り気が少しだけ楽にしたようだ。

「布団で覆っていたら余計に咳が出ますよ」

そう言いながらも少しだけ隙間を残して布団を戻した。もう知られてしまったというのに、こうして隠そうとする総司のしたいようにさせて、すぐ部屋の中に置いてある火鉢の火をかき起こした。

鉄瓶に触ると覚めてはいるがまだ温かい。すぐ湯呑に湯を汲むと薬の袋をもって総司の傍へ戻る。

セイは煎じ薬、丸薬とどんな状態でも総司が飲める様に用意してあった。薬の袋から小さな丸薬をつまむと、布団の隙間から総司の口元に押し込んだ。
総司の口元を拭いながら手拭いをその手から引き抜くと、顔の前に湯呑を差し出す。

「温いですよ」

はぁ、とため息のように息を吐いた総司が薄らと目を開けると、少しだけ頭を起こした。濡れた手拭いをそのまま口元に当てて、口の中に白湯を流し込む。

そのほとんどがこぼれたが、わずかだけ薬と共に、こくっと総司の喉を流れたらしい。一旦手を引くと、手拭いと湯呑を置いて、セイが総司の首元に手を差し入れた。

「もう少しだけ起きられますか?」

―― 喉を潤すと楽になりますよ

セイの声に素直に頷いた総司はゆっくりと体を起こした。体が燃える様に熱くて目の前がぐらりと回る。手を添えられていなければ、また倒れ込みそうだった。

先程も決して平気だったわけではないが、気力だけでいつもの姿を見せていた総司だった。今は、それもなりを潜めて、セイに任せている。

総司の体を支えて、セイは湯呑を差し出した。少しずつ喉を流れて落ち着くと、呼吸が少しだけゆっくりとしてくる。セイの手から総司が体を起こすと、どさりと布団に沈み込んだ。

横向きに倒れ込んだ総司はセイを見上げて、呟いた。

「……すみません」
「前にも言いましたけど、謝っていただくようなことはありませんから」
「そうでした……。すみません」
「だから!」

熱で潤んだ目がゆっくりと閉じて、口元だけが笑った。
汚れた手拭いを桶の水で濯ぐと、冷たい手拭いでもう一度総司の顔を拭う。血の跡をきれいにふき取って、もう一度すすぐと、額の上に乗せる。

「先生がそんな風にいうの駄目です。特に今日は熱があるから気持ちも弱るんです」
「……弱ってませんよ」

それでも負けずキライは変わらなくて、弱弱しく反論する。そんな総司の世話も慣れたもので、布団をかけなおすと枕元に乾いた手拭いを置いた。

「次に気持ち悪くなったらこれを使ってくださいね。私、少し向こうの仕事を片付けてきます」
「ええ。すみません。私にばかりついていなくていいですよ」

自分の事は放っておいていいのだという総司をじろっと睨んだセイは、総司の着替えを抱えると部屋を出て行った。

―― いつまでこうして……

セイが出て行ったあとの障子を眺めていた総司は、薬のせいもあってすぐに眠りに落ちてしまった。

 

井戸端に向かったセイは総司のものを洗い始める。通りすがりの小者が手伝いましょうか、と声をかけたが、明るく首を振った。

「すぐですから大丈夫です」
「そやかて、神谷さんもお疲れでしょうに」
「いーえっ。今は大丈夫なんです」

総司の病については、幹部以外詳しく知らされていない。
そういえば、総司の部屋を移してもらった方がいいのかもしれないと思った。今のセイには自分が疲れていることも、何もかもどうでもいい。

「ほな、何かあったらおっしゃってください」
「はーい」

明るく応えたセイを廊下の方から見かけた山崎は、ちらりと鋭い目を向けた後、足早に副長室へと向かった。

 

– 続く –