黒き闇の翼 6

〜はじめの一言〜

BGM:嵐 One Love
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ひがな一日。こうして寝て過ごすことしかできない。

セイに何かあっても、自分はこうして守ることさえできないなら。憐れみも同情も、後悔も口惜しさも、何一つ感情が動かないままで、総司は手にした刀をセイの眠る喉元に向けた。

この重さのまま刀を突き立てれば、悲鳴一つ上げずにセイは。

「……重い、なんて思ったことなかったんですけどねぇ」

無表情に手で下げていた刀を無造作に放り出した。刀を突き立てるよりも、己の手で一思いに。

そう思った総司は武士としてではなく、一人の人として、セイを見ていることに他ならなかった。そんなことも無自覚に総司はセイの上に跨って、首筋に両の手をかける。

セイの首は両の手で簡単に折れそうなほど細くて、指をかけまわした総司が一息に首を絞めようとした瞬間。

「駄目ですよ。先生」
「!!」

びくっと総司の手が震えた。寝息と思っていたはずのセイの口が動いた。

「私を手にかけられては」

ゆっくりとセイが目を開けると、総司の手が大きく震えた。その手をセイの手が掴む。

「沖田先生の病を治す手助けをするものがいなくなります。それに、これから病が癒えた沖田先生を局長や副長が赴かれた先までお連れするものがいなくなります」
「あ……、かみっ……」

怯えた目でその場から逃れようとする総司をセイの手が逃がさなかった。じり、と総司が後ろに下がるとその分セイが身を起こす。
セイの強い目が総司を捕らえて離さない。

「沖田先生はまだ戦の途中ではありませんか。戦場で、大将が下の者を捨てて、戦に勝てるはずがない!!」
「……っ!!」

胸にこみあげてきたものを感じて、総司は力いっぱいセイの手を振り払った。せめてセイの傍から離れる事だけでもと身を捻った総司は咳よりも先にこみあげてきた血を吐きだした。

「ぐはっ……」
「先生っ」

急いでセイがその背を擦ると、しばらくは荒い呼吸をしていた総司だったが、咳き込むことはなく少しののちに落ち着きを取り戻したようだ。

強くその背を擦っていたセイは、懐から手拭いを差し出して総司の手に握らせた。

「ほら……。今、先生は咳に勝たれたではありませんか。一度が二度になり、身の内に巣食う病に一度勝ったなら、次も勝ち続ければいいんです。先生が戦われる限り、神谷はお傍におります」

セイがそういうと、口元を拭った総司がセイの方へと顔を向けた。不安と怯えに揺れる目を向けた総司をセイの目が受け止めた。

「先生。黒い闇が先生に覆いかぶさるなら、共に闇に飲まれても先生を光の中へと連れ戻します」

掛布団と掛布団の間で眠ってしまっていたセイはかけられていた布団を押しのけて総司の肩に手を乗せた。

「っ!」

自分が吐いた血にまみれた手を拭わずに、総司はセイに縋り付いた。もう近藤がいる時間ではない。
縋り付いたセイの胸にその胸の内を吐きだすように、そして隠すように、声を上げた。

「うああぁぁぁぁ!」

まるで子供のように、声を上げた総司をセイはその胸に抱えて抱きしめた。震えるその肩を撫でながら、総司の声が漏れないようにと総司を強く抱きしめる。

まるで、忘れていた涙のすべてを思い出したかのように、声がかれるほどに総司は泣き、叫んだ。

「沖田先生」

総司の耳元でセイはずっとその名を呼び続けた。
やがて、疲れ切った総司がセイに縋り付いたまま、再び眠りに落ちる。心の澱をすべて、その涙と叫び声によって吐きだした総司を抱きしめたままで、セイはその背を撫で続けた。

総司が本格的に眠ってしまったことを確かめると、声を落としてセイが囁く。

「……副長。お聞きでいらっしゃるなら、お手をお借りしてもいいでしょうか」

総司を起こさない様に低く囁いたはずだったが、やはりその声は届いていたらしい。
躊躇いがあったのかもしれない。しばらく間を置いてから静かに廊下側の障子が開いて、寝巻姿の土方が姿をみせた。

セイは、それが何でもない事のように微笑を浮かべて土方を見上げる。

「すみません……私では沖田先生を抱え上げられません」

そのままセイが身をどかせて総司を寝かせても構わなかったのだが、それにしても覆いかぶさるようにしがみ付かれていてはどうしようもなかった。

「なんで俺を呼んだ」

セイに力一杯しがみ付いた総司の手を二人で引き離すと、土方が総司の体を抱え上げた。

「副長なら起きていらっしゃると思ったからです」

それ以上は言葉を交わすことなく総司の部屋へと抱えて行った土方は、それ以上何も言わずに部屋から出て行った。
総司の傍についたセイは、落ちていた濡れ手拭いを漱いで眠る総司の口元を拭う。そして、手についた血もきれいに拭き清める。

手についた血を漱いだセイは、桶を持って廊下に出た。静かに、水を取り換えると煌々と光る月を見上げる。

「綺麗……」

闇が広がる夜の間にもこうして月が輝く様に、総司に元の体と笑顔を取り戻すまで。

一つ自分に向かって頷いたセイは総司の部屋へと静かに戻っていった。

 

 

– 続く –