子供の頃に見た夢 2

〜はじめのひとこと〜
なんでかがなかったのでこのタイトルの理由をば。

BGM:
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「夢の話ってなんなんですか?」

総司に抱えられて屯所に戻ったセイは、どろどろになった足袋を脱いで、冷たい水で足を洗いながら総司に向かって問いかけた。
足を洗うセイの傍で、下駄をすげていた総司がん?と顔を上げた。

「夢?」
「だから、さっき先生がおっしゃてたじゃないですか。特権がどうの、秘密だとか」
「ああ……」

下駄の小さな穴に鼻緒の色に合わせた布きれをよってねじ込みながら、小さく笑った。随分、懐かしい話を思い出したばかりだった。

「ですから、私の家は随分貧しかったんだって話、しましたよね?」
「ええ。先生がご苦労されたことは伺いましたけど」
「すごーく貧乏だったんですよ。だから、冬場になるとしもやけやあかぎれなんてざらだったんですよねぇ」

子供だけに、すぐに手足は冷えて裸足に草履でいたり、小さな手で水仕事お手伝いをすればあかぎれになる。だが、母や姉達にも負けないくらい、小さな手や足は冬になるとひどいものだった。

セイが洗った足を拭いて、寒さでかじかんだ足で庭下駄を履く。足の指でかろうじてつっかけたセイが廊下に腰を下ろした総司の元へと歩いて行った。

「膏薬をね。切れた手や足に姉が擦りこんでくれるんですけど、とても追いつくもんじゃないんですよねぇ。私も精一杯、母や姉の手に膏薬を塗ったもんですよ」
「そうなんですか」
「それにね。近藤先生のところへ行ってからも、冬は拭き掃除や掃き掃除をしてると手がかじかんでしまって」

笑いながら総司が言うのだが、それはとてもわらってはいけない気がしていた。総司の、大事な思い出なのだろう。セイは切ない気持ちで総司を見つめた。
セイも子供頃、特に京に来てからは底冷えのする寒さにしもやけにもなったものだが、父がすぐに薬を塗ってくれた。

「でも、そんな時に、寒い朝なんか、掃除を終わらせて近藤先生を起こしに行くと、あったかい布団の中に入れてくださって、温めてもらったんですよねぇ。あれが本当に幸せで……」

冷え切った手足の総司を、寝起きだというのに布団の中に引き入れて、懐に抱きこんだ近藤は温めてくれた。幼い総司にはそれがこの上もなく幸せなひと時だった。

「ですから、大事にしてあげる時は、寒い思いをさせないって子供心に思ったんですよねぇ」
「大事に……ですか」

この上なく幸せそうな顔の総司をみて、セイがぽけっとその言葉を繰り返してからあれっ、と目を丸くした。繰り返された言葉を聞いた総司も、自分が言った言葉だというのに、あれっと呟いてから慌てて、やっと穴に通したはずの下駄を取り落した。

「あ、あのっ、変な意味じゃなくてですねっ。その、神谷さんがどうというか、そのっ」
「あっ、はいっ。大丈夫ですっ!その、先生はお優しいから……」
「いや、誰にでもっていうわけじゃ、ああ、そうじゃなくてっ!!」

真っ赤な顔のまま、取り落した下駄に手を伸ばすと、セイの顔を見ない様に早口で総司がまくしたてた。

「そのっ、小さい子というか、弟分!そうですよ!弟分ですからね!神谷さんは。私が大事にしてあげなくちゃ」
「……そう、ですよね」

精一杯の言い訳だったが、セイのぎこちない反応に、徐々に尻すぼみになって行ってしまう。とりあえず、下駄をすげ終えると、セイに差し出した。

「ほら、できましたよ。お待たせしちゃってすみません」
「いえ、こちらこそ、お手数おかけしてすみませんでした」

俯いたまま下駄を受け取ったセイは、総司の顔を見ない様にして下駄に履き替えると、ぺこりと頭を下げてから大階段の方へと歩き出した。
確かに、総司にとってはセイは面倒を掛ける弟分程度だとわかっているつもりでも時々、あまりに自分だけに優しい気がして、錯覚してしまうのだ。

「馬鹿だなぁ……。もう」

小さく呟くと階段のところで脱いだ下駄に目が行く。わざわざ鼻緒と似た布きれですげてもらった下駄さえ愛しいと思ってしまうのに、総司はこれっぽっちもそんなことはわかってはくれない。
わかってしまわれても困るというのに、なんて我儘なんだろう。

自分の下駄をぎゅっと抱きしめてからしまうと、階段を上がってとぼとぼと隊部屋に向かった。

こんな日は日暮れになれば余計に肌寒さが身に染みてくる。どこの隊部屋もぴたりと閉め切って、部屋の中の火鉢の周りに皆が集まるか、 早々と敷いた布団にくるまって暖を取る者がおおい。勢い、皆、不精になってお茶が欲しくても立ち上がった誰かに頼み、膳の片付けさえも億劫になっている。

そんな中でセイは、総司と顔を合わせているのが切なくて、皆の代わりに用を足してやった。

「悪いなぁ、神谷」
「いいですよ」

そういって、寒い廊下に出るとぱたぱたと賄との間を往復し、布団を強いてやったりしているセイをみていた総司がそっと隊部屋から姿を消した。

いくら火鉢を夜通し焚いていても、隊部屋は天井が高くて、底冷えのする寒さにはないよりましでもやはり寒い。結局、早々と皆が布団の中にもぐり始めると、今度は火鉢に炭を足したセイが、ようやく冷え切った床の中に潜り込んだ。

皆はもうすでに温まって寝息をたてはじめていたが、すっかり体の冷え切ったセイはなかなか眠れずに、布団の中で震えていた。

―― そういえば、沖田先生どこに行ったんだろう?

総司も寒いのは嫌がるくせに、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
布団の中で自分の手にはーっと息を吹きかけたセイが、寒さよりも睡魔に負けそうになった頃、そっと隊部屋の障子が開いた。

セイの目の前の障子が開いたので、流れ込んできた冷気にひやっとしたセイが布団から顔を出すと、目の前を黒い影が覆って、そのままセイを抱きあげた。

「……?!」
「しっ……」

悲鳴をあげそうになったセイに小さく囁くと、一息に抱き上げて、冷えた廊下を早足の総司が進む。幹部棟の小部屋の前にくると、行儀悪くも足で障子を開けて中へと身を滑り込ませた。
隊部屋に比べて小部屋は部屋も小さく天井も低いので、がんがんに火を起こした火鉢のおかげでほわっと部屋の中が温かくなっている。

「沖田先生?!」
「しーっ。いくら離れてても土方さんに見つかっちゃいますよ」
「だ、だって、どうしてここ」

部屋の中はこっそりと、他の者には見つからない様にするために、灯りもかなり落としてあった。
温かいが火鉢の火と、薄暗い部屋の中に連れ込まれたセイが慌てた。

そんなセイを、ふふっと笑った総司がそのまま用意してあった布団の中へと引っ張り込んだ。

「ちょ、先生?!ひゃっ……。あったかぁい!」
「でしょう?神谷さん、ひっきりなしに隊部屋から出て行くから温まる暇もないくらいだったでしょう。せめて寝る時くらいは暖かくしてあげたかったんですよ」

布団の中には行火が入っていて、徐々に温めては移動し、温めては移動したらしく、まんべんなく温まっていた。そして、それでも冷気の忍び込んでくる廊下側に総司がいて、セイを懐に抱きしめた。

「こうしたら温かいでしょう?ゆっくり眠っていいですよ」

といっても、セイにとってはゆっくり眠るどころか、懐に抱きしめられたままで眠れ酢わけがない。少しでも身を離そうとすると、余計に固く抱きしめられた。

「ほら、暴れないで!大人しく眠ってくださいよ。こうして大事な人を暖めるのが私の夢だったんですからね」
「そ、そんなことは姪御さんにでもしてあげてくださいよっ」
「姪は姪ですけど、神谷さんは神谷さんですから」
「どどど、どういう理屈ですかっ」

ふと、襟元から総司の匂いが微かに漂って、ぴたりとセイは黙り込んだ。
総司の胸元にあてた手に、早い鼓動が伝わってくる。

「これでも精一杯大事にしているつもりなんですが、私はすぐに失敗してしまうんですよね。挙句に怒らせてしまった」
「……怒ってないです」
「なら、今夜はこうして一緒に眠ってください。温まって、幸せで……すぐに、眠く……」

しゃべりかけた総司の声がそのまま途切れて、代わりにすーすーという寝息が聞こえた。
確かに、セイも温かくて、幸せなひと時だと思う。

そのままぴたりと総司の棟に額を押し付けると、セイも暖かな布団の中で目を閉じた。

 

 

 

 

 

– 終わり –