チョコレイトと願い
〜はじめのつぶやき〜
ものすごく久しぶりに、単品です。チョコレイトとクリスマスと。
BGM:ラブヘイトマジョリティ
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ばたばたと走り回る音が聞こえるのは屯所では当たり前すぎて、驚く者はいない。
「……師走だからって走り回りすぎじゃないのかなぁ」
蔵の片づけを小者に指示して、廊下を歩いていたセイは、屯所の中を走り回る足音にため息をついた。
「神谷!!」
「はいっ!」
反射的に声を上げたセイを呼ぶ声に周りを見回す。廊下の前にも後ろにもそれらしき姿がないのを見てから、はっと欄干に飛びついた。
白砂から見上げている隊士に気付く。
「どうした?!」
「神谷!すぐに大階段に集合だ!出張るぞ!」
「はーい!」
一番隊の隊士に呼ばれてセイは腕に荷物を抱えたまま、走り出した。ほかの組の隊士もあちこちでばたついているのはどうやら、掃除や片付けのせいだけではないようだ。
隊部屋へ駆け込んだセイは部屋の隅に抱えていた荷物を放り出すと、襷掛けを外して羽織を掴む。腕を通しながら刀を掴んで、すぐに走り出す。
隊士の間を走り抜けて大階段にたどり着いたセイはもうすでに集まりかけていた一番隊の皆の間に駆け込んだ。
「先生!何があったんですか?」
「ああ。神谷さん」
急ぎでと、呼ばれた割に総司は落ち着いている。振り返った総司はセイの乱れた羽織に手を伸ばしてきちんと整えた。
「ほら。きちんとなさいよ。いくら急いでいても身だしなみがきちんとしていないと私たちはただでさえ人の目を引くんですから」
「あ。はい……。申し訳ありません」
「いいんですよ」
「それで何があったんですか?」
何事かと構えていたセイは、総司ののほほんとした感じに少し落ち着いて来る。
「うーん。なんというか、急いでるんですけど、人探しですかねぇ」
「人探し?!」
「ええ。堀様から直々にご依頼がありましてねぇ……」
やれやれと肩を竦める総司は、皆がそろったのを見計らって手を叩いた。
「皆さん。急ぎでお願いしたいのですが、市場から二条のお城までの間で人探しをしてほしいんです」
「……二条のお城というと」
話を聞いた隊士達が互いに顔を見合わせた。
こういう時に声を上げるのはだいたい決まっている。
苦虫をかみつぶしたような渋い顔でセイが手を上げた。
「先生……。それってまさか、また……?」
「えーと……、ははっ」
「ははっ、じゃな~い!」
手を握りしめたセイが叫ぶと、隊士達の肩が一斉に落ちる。それから気を取り直したように首を振って、柄に手を伸ばした。
「なんというか、その、くりすますだからとかいうことで……」
「はぁ~……」
腰に手を当てて大きくため息をついたセイの肩に皆がぽん、と手を当てる。
「あの、神谷さん……?」
「……しょうがありませんね」
「すみませんねぇ」
「沖田先生が頭を下げられることはありません。じゃあ、行きましょう!」
セイが顔を上げると皆、同じように頷く。総司が声をかけるよりも先に少人数に固まると、じゃあ、と声を掛け合って屯所を出ていく。
セイが走り出そうとすると総司の大きな手に掴まれた。
「先生?」
「皆さん、一番遠いあたりから回ってくださってるので、私たちはお城に近いあたりに向かいましょうか」
「はあ、でもいいんですか?急がなくて」
「まあ、たぶん……」
ぶつぶつと呟く総司に首を傾げながらセイは並んで歩きだす。
師走の市中は慌ただしい空気と、冷え切った寒空の中で少しでも良い年を迎えるための支度に追われる人々に溢れている。
そこを袖口に手を入れて腕を組む総司とセイが並んで歩く。
「まったく、何で懲りないんでしょうねぇ。あの人は」
「仕方がないところもありますよ。あれでもあの人は料理人ですし、人の仕入れたものじゃなくて自分で市場に見たいというのは、ね」
「いや、違うでしょう……?」
二人がため息をついて語っている相手は、じゃん・もりえーるという料理人である。大樹公がいる場合は大阪にいっていることが多いのだが、何もないときは二条城にいるのだ。
フランス人であり、洋食が好きな慶喜の為にいるような人物である。
「お国に帰ることもないですし、時には仕方ありませんよ」
「はぁ……」
ただでさえ、浪士が数多く現れる京の都にいて異人が堂々と市中を歩くというのは危険極まりない。
そのたびに新選組に声がかかり、走り回ってもりえーるを探すことになるのだ。
すたすたと歩く総司はどこか道を選んでいて、まるでどこに行けばいいのか知っているようにも見える。
「沖田先生?」
「はぁい?」
「もしかして、もりえーるさんがどこにいるかご存じなんですか?」
「ええ?そんな、まさか」
わざとらしく大きな声で答えた総司をみて、冷ややかな目を向けた。
「沖田先生~?」
「い、いや、本当に知らないんですよ。ただ、ただ、あの人だったらもしかしてとおもってるだけで……」
「本当ですか……?」
総司が本当にやろうと思ってつく嘘を見破れたことがないセイからすれば疑ってしまうわけだが、総司はわずかに微笑んだだけで、首を振った。
「本当ですよ。ただね、もりえーるさんはあれで悪戯好きですし、もしかして~なんて思ってるわけですよ」
「……ふうん?」
そう言いながら路地を歩いていく総司について、歩いていくが、時折吹く風がとても冷たい。
「日差しはあったかいんですけれど……。やっぱり風は冷たいですねぇ」
「まあ、師走もあと何日っていうところですからねぇ」
「蔵の始末が早めについてよかったですよ。あとはそれぞれの隊部屋が片付けばいいんですが……」
頷きながら聞いていた総司は、隣を歩くセイの顔を見て組んでいた腕を解いて頭を撫でた。
「神谷さんは本当に働き者ですねぇ」
「いや、そういう事じゃないんですよ。みんなやらなさすぎるんですよ!武士たるもの、己のことは己で始末をつけなさいという事ですよ!」
「ははっ、耳が痛いですねぇ。私なんて神谷さんがいないとあれもこれもできてないことが多すぎて……」
握りこぶしを固めるセイに苦笑いを浮かべる。誰に言われたわけでもないのに、皆の為にこうして動くセイが存在を増す時期が来たなぁとしみじみとしてしまう。
「先生?」
ふと、セイが顔を向けた瞬間、ぴくっと総司が顔を上げた。セイが気づくよりも先にぱっと腰に手を当てて、風のように総司が走り出す。
少し遅れてセイが総司を追って走り出すと、本気の総司が目の前から離れていく。
その背を追って走ったセイは角を曲がって逃げる人に追いついた浪士らしい姿を捕らえて、舌打ちしそうになる。
これだけ離れた場所で異常を嗅ぎ取る総司にも舌を巻くが、洋装なのに、もたもたと捕まえられそうなもりえーるに呆れてしまう。
「新選組だ!白昼堂々、狼藉か!」
総司の一喝に驚いた浪士たちが、ばっと振り返って刀を収めないまま、走り去っていく。
地面にへたりこんでいた男がのっそりと顔を向ける。
「はぁ……。沖田さんか。やあ、助かったよ」
「どうも、もりえーるさん。また怒られますよ?」
「いやあ、どうしてもくりすますやし、ちょっとくらいはええかなと思ってな」
追いついたセイは、すぐにもりえーるの元に屈みこむ。崩れ落ちた様子をみて、足をくじいたとすぐにわかったからだ。
「ちょっとだから、って毎回じゃありませんか!いい加減、覚えてくださいよ」
「そんなに怒らなくても……。神谷さんはちっさくて可愛らしいのに、いつもこわいなぁ」
「小さいも、可愛らしいも余計です!それよりこの足」
洋装の革靴をとっとと、脱がせると、足首のあたりが大きく腫れ始めていた。
「うぁたたた……」
「こんなに腫れあがってるじゃないですか。洋装はわかりませんけど、こういうものを履いていたらそりゃ足もくじきますよ」
「走るんにむいてないだけで、ええ靴なんや」
懐から手拭いを取り出したセイは、端にかみついて手拭いを割く。それをもりえーるの足にきつく巻き付けて、端を結んだ。
「ああ、その足じゃ戻るに戻れませんね。駕籠を呼びましょう」
「ああっ、駕籠なんか呼ばれたら堀さんにまた怒られてしまう!」
「もう怒られますよ。私たちに連絡をくださったのは堀さんですから」
頭をかかえたもりえーるに容赦ない言葉をかけた総司は、二人に気付いて駆けつけてきた隊士に駕籠を呼びに行かせる。そして、セイを立たせると、地面に座り込んだもりえーるに手を差し出した。
「くりすます、とやらが大事なんですよね。なかなかお国に帰れませんから仕方がないと思いますが、ほどほどにするか、どうしてもという時は、毎回言ってますが私たちに声をかけてください」
「そう、クリスマスは家族や大事な人と一緒に日頃の感謝を伝える日っちゅーやつや」
そうくちにしたもりえーるの顔をみて、セイは首を傾げた。
「感謝を伝える日?」
「そおや。特にな、日頃なかなか口にできんでもこの日はごちそう並べて一緒に過ごす時間を楽しむ。日本人はそういうのはないんか?」
「うーん……。お正月みたいなものでしょうか」
「いやいや、新年を祝うんは皆が良い年になるようにっちゅーやつやろ?そうじゃなくて、クリスマスは日頃の感謝や愛情を伝える……ってシャイな日本人にそれは無理やろうなぁ」
もりえーるの言葉の半分くらいしか理解できないセイは、総司に向かって助けを求める。
「せ、先生。わかります?」
「さすがの神谷さんも西洋の話は難しいですか」
「別に西洋だからとかそういうんじゃ……」
総司ともりえーるが顔を見合わせて小さく笑った。
この考え方の違いは、いくらセイが意地を張ってもなかなかすぐに理解できるものではない。
「私たちは、口に出したら味気ない、と思うことが多いですからね。日頃の感謝を伝える日、なんてあるのは逆に向いているんじゃないかと思うんですが」
「沖田さん、さすがやな。わしもそう思うんじゃが、偉いさんたちはどうにもな」
城の中にいて外国方がもりえーるの世話をしているのと同時に、ある程度の自由は認められているのだろうが、こうした考え方の違いはなかなか伝わらないのだろう。
そのもりえーるが西洋服の懐に手を入れる。
「沖田さん。そんなあんたにこれを渡したくてな」
「なんです?」
「チョコレイトいうやつや。西洋の菓子やな」
ぽい、と包みを渡された総司が掌の上で包みを開く。茶色の塊を見てセイが眉を顰めた。
「これ、なんですか?」
「菓子いうてる」
「食べ物?!これが?!」
まるで泥の塊だとでも言いそうなセイの頭を苦笑いを浮かべて小突く。
「神谷さん?」
「あっ……、すいません」
「ま、しゃーないな。見た目が気に入らんかもしれんが、話のたねに食べてみてな」
もりえーるはそういうと、迎えに来た駕籠に大人しく乗った。駕籠屋を呼んできた隊士に二条の城まで同行するように言いつけて、総司たちは駕籠を見送った。
「先生、それ、本当に食べるおつもりですか?」
「まあ、もりえーるさんがそういうんですからおいしいんでしょう」
セイが疑わし気に手の上の包みを見ているのに、総司は躊躇わずに茶色の丸い塊を一つ、ぽいと口に放り込んだ。
「……!」
「先生?!大丈夫ですか?早く口から吐き出して……」
口元を押さえた総司に驚いて飛びついたセイは、片手を上げた総司に目を丸くした。
「……先生?」
「もの……すごく……」
「ものすごく……?」
「甘くて濃厚です!」
叫んだ総司の口元についた茶色の何かに眉をひそめたセイは繰り返す。
「……は?」
「だから美味しいんですよ。いやぁ、すごいなぁ。こんな濃厚な、なんていうのか、体の中にものすごく濃厚な何かが入るような……。神谷さんも食べてみてくださいよ」
「い、嫌ですよ!そんな気持ちの悪い!」
「おや、武士ともあろうものがそんなことを?」
ぐっと言葉に詰まったセイは、しばらく嫌そうな顔で総司の掌を睨んでいたが、目を輝かせた総司をみて、えいっ、と一つ口に放り込んだ。
初めはそのまま飲み込んでしまおうかと思っていたが、舌の上に載って、喉の方へと押しやる間にどろりとチョコレイトが蕩けだす。
その柔らかな食感に驚いたセイが口元を押さえる。
「ほら!わかります?確かに柔らかいと思いましたけど、口に入れるとこう……、どろっとした何かになるっていうか」
まるで口の中を柔らかく撫でまわされるような、不思議な感覚を追いかける間に蕩けたチョコレイトは喉の奥へと消えていってしまう。
「は……ぁ、すごい」
「ね?!そうでしょう!すごいですよね。こういうのを一緒に楽しむのがくりすますだとしたら、くりすますっていいですねぇ!」
セイの様子を見ながら興奮した総司がひたすらすごいを繰り返す。
そして、驚いていたセイが口元から手を離した。
「すごいです。見た目は泥団子の粒かと思ったんですけど、なんていうか、本当に濃厚で……。こういうのを家族や大事な人と一緒に味わうってすごいですね」
日本では家長や主と過ごすとしても、一緒に飯を食べたり、菓子を味わうこともなかなかない。
それを西洋では一緒に味わって、同じ時間を過ごして。
「日頃の感謝と伝えるんでしたっけ」
「そうおっしゃってましたね。もりえーるさん」
「そうかぁ。確かにこういうものを口にしていたらそれもできそうな気がしますよ」
しみじみと口にした総司は包みをそうっと再び元に戻して、袂にしまい込む。
そして、セイに向かって手を差し出した。
「神谷さん。いつもありがとうございます」
「えっ、な、急になんですか」
「日頃の感謝の気持ちですよ。神谷さんがいてくれるから私はいつも気ままに存分に仕事ができるんです」
急な総司の言葉にあたふたとうろたえたセイは、ぷいと顔を逸らす。
「そ、そんなことありませんよ!先生は先生ですから!」
「ふ、ふふ。神谷さんらしいですねぇ」
「はぁ?」
そんなセイの手を握ると、ニコッと笑って歩き出す。
つられたセイが歩き出すと、大きくつないだ手を引いて、総司は微笑んだ。
「私、くりすます、嫌いじゃないですよ」
「はぁ?」
大事な家族や、誰かに感謝して、過ごすのだとしたらそれはとても幸せな日なのだろう。
目を白黒させながら総司につられて歩いていたセイが、くい、と総司の手を引っ張った。
「あの」
「ん?」
「誰かに感謝するだけじゃなくて、幸せならいつも願ってますから、くりすますとかいう日だけじゃなくて」
ぼそぼそと呟くセイの言葉に足を止める。
「先生?」
「そうですね……。そうかぁ。神谷さんはやっぱりすごいですねぇ!」
幸せならいつも願っている。どうか、幸せに、その笑顔を絶やさないようにと。
「私、神谷さんが大好きだなぁ……」
「なっ……。わ、私だって、沖田先生が大好きですよ!!」
「そうですか!じゃあ、私たちは仲良しですね!」
「なんですか!いまさら」
真っ赤になって頬を膨らませるセイを見て、総司は満面の笑みを浮かべる。
いつ、どうなってもおかしくない日々だとしても。
大好きな人の幸せを願って。
—end