暗闇に堕ちて~喜「怒」哀楽 11

〜はじめのつぶやき〜
ここで終わりか!と叫ばれそうな気がします。すいません。先に謝っておきます。

BGM:また君に恋してる
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屯所に向かって走りこんでくるものがいる場合、そのほとんどがよくない話である。

金を用立てた店の若い衆が血相を変えて駆け込んできたのは、セイが運ばれてしばらくたった頃だった。裾をからげて走りに走ってきた若い衆は走りこんでくるなり門脇の隊士にしがみ付く様にして転がった。

「おい!どうした?」
「新撰組の……」

ぜいぜいと息が切れて、咳き込んでいる若い衆に門脇の隊士が奥から水を運んでくる。湯飲みに組んだ水を差し出された若い衆は何度も息を飲み込んで、首を振った。

「副長、はんに急いでこれを!神谷はんが……!」

さっと顔色が変わった隊士達は、顔を見合わせると一人が、主人が急いで走り書いた文を若い衆から受け取ると、幹部等へ向かって走り出した。

急いでいるために、庭を回って幹部棟へ走る。屯所の中でおふざけではなく走るものがいれば誰もが注意を向けるのも常だ。

「何かあったんでしょうかねぇ」

隊士が駆け抜けて行った一番隊の隊部屋前でも隊士達が顔を覗かせた。

「副長!」
「なんだ」

これを、と駆け込んできた隊士文を差し出すと、問い返すことなくその文を広げた。

「なん、だと……!」

目を見開いた土方が、何度も文に目を走らせている姿をみて隊士も不安に胸が締め付けられるような気がしてくる。

「……副長?」

ばっと立ち上がった土方が隊士棟に向かって走り出した。走りながら大声で怒鳴る。

「総司!総司はいるか!一番隊!」

ただならぬ怒声に、一番隊だけでなく各隊の隊部屋から隊士達が飛び出してきて廊下に顔を見せた。
その中から総司が姿を見せる。

「どうしました。土方副長」
「総司……!今すぐ南部医師のところにいけ」
「は?」

ぐっと胸元に押し付けられた文を受け取った総司がくしゃくしゃになった文を開く。あたりにいた隊士達の耳に土方の声が響いた。

「神谷がやられた」
「!」

周りの音がすべて消えた気がして、総司の手にある文に目を走らせる。周りにいた隊士達も一斉に総司の手元を覗き込んだ。
懇意にしている店の主人だけに、手短にまとめられた経緯と、セイの頼みで南部のもとへ運んだと書かれてあった。

土方に文を届けた門脇の隊士も、後を追いかけてきていたが、それを聞いて青ざめた顔で門脇へと走っていく。入れ替わる様に両脇を隊士に抱えられて、知らせを運んできた店の若い衆が庭先に回ってきた。

「副長!」

振り返った土方は、庭下駄もないのに足袋のまま庭先に駆け下りた。

「あんたが知らせてくれたのか。神谷は?」

まだ苦しそうな顔をしていたが、若いだけにはっきりと顔を上げた。

「神谷さんは、子供らをかばって、一度はその場をおさめてくださったんで。なのに、なのにあいつら……!普段から評判が悪い奴らなんです!金貸屋の用心棒を笠に着て、でかい面して!きっと、神谷さんがかっこよく場をおさめたのが気に入らなかったんです!」

片膝をついた土方は、まだ廊下で文を手にして呆然と立っている総司を振り返る。

「総司!何をしてる!急げ!」

びくっと青ざめた顔を向けた総司の手に、山口が刀を押し付ける。音を立てて全身から血の気が引いていく気がして、自分の体が自分ではない気がした。

「沖田先生!俺たちも後から行きますから!」

早く、とせかされて、ようやくゆらりと向きを変えた総司は、文と刀を手に握りしめて隊士達をかき分けると、力いっぱい走り出す。

「一番隊!すぐに頭数を揃えろ!」

土方の怒声にばたばたと隊士達が動き始めた。

―― 神谷さんが?どうしたって?

全力で走っているのに、砂の上を走るようで走っても走ってもたどり着かない気がした。

つい、数日前に、想いを交わして、隙間なく溶け合った気がして。隊部屋にセイが戻るのは先だとしても、今日も笑って顔を合わせていた。
朝起きてすぐに、稽古に向かう前に。

笑って、視線を交わしていたのに。

「すみません!!沖田です!!」

返事も待たずに南部の家の飛び込んだ総司は、誰かが顔を出すよりも先に、人の気配のある部屋を探して家の中を足音も荒く歩き回る。そして、その部屋を開けた。

くるっと振り返った南部と松本の顔が見られなかった。

「神谷さん……?」

部屋の中には血を止めるために施したらしい布や、血の付いた着物が散らばっていて、南部も松本の手も血で汚れていた。
ふらふらと部屋の真ん中に近づいた総司は、がくんと崩れ落ちるように膝をつく。

「神谷さん……」

まるで、眠っているように見えるセイの口元に震える手を伸ばして、呼吸を探した。手にかかる息を確かめたかった。

「よせ。沖田」

遠く離れたところから呼びかけられた気がする。松本が顔を合わせずに、乾いた手拭いで何度も手を拭っていた。
そっと総司がセイの唇に触れても、指先に感じるはずの呼吸がいくら待っても感じられない。

「よせってんだ!!もう駄目なんだよ!!」
「駄目ってなんですか!!」

声を荒げた松本に総司が怒鳴り返した。二人の視線がぶつかる。怒りと悔しさを堪えた松本が、セイの白い顔に視線を落とした。

「……こいつはもう死んだんだ」

違うと否定してほしかった。ただ眠っているだけだと。

音も光も、すべてがまるで嘘のように思えた。

– 終わり –