暗闇に堕ちて~喜「怒」哀楽 2

〜はじめのつぶやき〜
先生の悋気は怖いぞと。

BGM:また君に恋してる
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隊部屋に戻って、セイがなるべく音をたてないように片付けていると、いつもならそれを待ってから一緒に床に横になる総司がさっさと布団にもぐりこんでいた。

ちらりとそちらを振り返ったセイは、申し訳なくて声をかけることも出来ずに項垂れたまま、もそもそと着替えを片付けて布団に潜り込む。

昨日から急に何かが変わることばかりでセイには何が何だかわからなかった。
隊士達が急に態度を変えたり、今度は総司が急に態度を変えたり、いったい何がどうしたというのだろう。

悲しい気持ちを押さえてセイは頭まで布団に隠れてぎゅっと目をつむった。

いつもとかわらないこと。

それはかけがえのない日々で、こんな風にある日突然壊れることなど想像もできなかった。

「何をしているんです!その程度の腕では一番隊には不要ですよ」
「申し訳ありません!」

思い切り打ちたたかれて床に倒れこんだセイは、奥歯を噛みしめて床に手をついた。このところずっと、一番隊の稽古は無理をせず、稽古で怪我をしないようにというのがほとんどだった。
なのに、今日は全く違う。

苛立ちのすべてをぶつけるような荒稽古にセイだけでなく、ほかの隊士達もぐったりと床に倒れこみそうになっている。

関節が軋んで体が痛い。それでもこのまま床に座り込んでいれば、一番隊から出されかねない。

「もう一度お願いします!」

よろめきながら立ち上がったセイに向かって、無造作に木刀を振るった。

「ぐあっ」
「話になりませんね。近頃、皆さんに認められていると勘違いしているんじゃありませんか」

羽目板まで吹っ飛んだセイが、思い切り背中を打ち付けたために、息が詰まる。

「はっ……、くっ……」

肺が息を吸い込むことを忘れて強張ってしまい、苦しさで目の前がくらくらする。胸元を掴んでもがいているセイを冷やかに見ていた総司はくるりと背を向けた。

「今日の稽古は終いです」

何とか姿勢を保っていた隊士達もどっと崩れ落ちた。近くにいた小川がかろうじて、セイの傍ににじり寄って背中をさすってやる。

「大丈夫か、神谷」

こく、と頷くだけは頷いたがとても言葉にはならない。

「今日の沖田先生はどうしたんだよ……」
「こんな荒稽古、……ありえねぇ」

あちこちでぼやく声が上がる。昨夜の総司の具合の悪さから来ているのだろうかと思ったが、これだけの荒稽古ができるのであれば、その不調もどんなものなのかわかりかねた。

残るのは、セイが何かをして総司の機嫌をそこねたということだけだ。

「はっ……。私、沖田先生に……」

―― 嫌われるようなこと、したのかな……

もう我慢する必要はないのだと思うと、ぐらりとセイは床に倒れこんだ。

くたくたになった稽古の後、午後は巡察が待っている。だが、巡察でも総司の不機嫌さはセイを中心に吹き荒れることになる。

「隊列が乱れてます。入ったばかりの新人でもあるまいし、隊務をこなせないなら屯所に戻りなさい。神谷さん」
「いえ!申し訳ありません。大丈夫です!」

朝の稽古でずたぼろになった隊士達全員が、どこかしらの痛みを覚えていた。となれば、全体の進みも乱れ、隊列も崩れがちになるが、すぐ後ろを歩いているセイにその矛先が向く。

鈍い痛みに汗が滲む。その汗を拭っている間に歩調が乱れて遅くなる。

ぴたりと足を止めた総司に、はっと隊士達がまずいと思ったよりも早く、総司が振り返った。

「神谷さん。あなたは邪魔です。屯所に戻りなさい」
「えっ……」

それだけを言うと、くるりと背を向けて総司は歩き始めた。セイが驚いている間も、歩いていく総司との差が開いてしまう。
隊士達は、セイに先戻れといって急いで後を追い始める。

「俺たちが先生にとりなしとくから!」
「お前は先に戻ってろ」

隊士達もセイが悪いのではなく、どう見ても総司の機嫌が悪い処にぶち当たっているに過ぎないとみていた。

呆然と立ち尽くしているセイを置いて、隊士達は足早に総司の後を追いかけて行った。どっぷりと落ち込んだセイは、とぼとぼと屯所に向かって歩いていく。

「神谷?」
「斉藤先生」
「何をしている?一番隊は巡察中のはずだろう」

駆け寄ったセイは、斉藤にすがりつく様に近づいた。

「その、何か私、沖田先生を怒らせてしまったみたいで、それで……。いえ!巡察中に隊列を崩してしまったので帰れと言われてしまったんです」

不安に揺れていたセイは、ついうっかりと弱音を吐きかけて、我に返る。いつもこうして誰かを頼るからこそ、総司はますますセイのことを怒っているに違いない。

へへっと笑いで誤魔化したセイは、参りました、と頭を掻いた。
じっとセイの話を聞いていた斉藤は、ぽん、と頭を撫でる。

「無理をするな。今日の沖田さんはどこか、虫の居所が悪いのだろう。あまり気に病むことはない」
「斉藤先生……。すみません」
「屯所に戻るなら共に帰ろう」

頷いたセイは、斉藤と並んで屯所へと歩き出した。昨日の出来事でセイと大事な時間を共有していた斉藤は、心置きなくセイを労われる。

「辛いなら時には休むことも大事だぞ。沖田さんが変わらん時は三番隊でお前を引き受けてもいい」

ゆっくりと首を横に振ったセイは、弱弱しく斉藤に微笑んだ。

「私は、沖田先生が許してくださる限り、一番隊にいます。沖田先生の傍に……」

今の斉藤にはセイの言葉も痛みを伴う楔ではない。優しい包み込むような痛みを斉藤は噛みしめた。

– 続く –