親しき中にも 1
~はじめのつぶやき~
そんなに長くないので前後編ですかね。わがまま先生の甘ったれぶりを少し。
やっぱり先生のお話も病気になってもうコミックスで5冊くらいたつとどうしても増えますねぇ。
BGM:24K Magic Buruno Mars
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「神谷さん!」
「駄目です」
「昨日もそういったじゃありませんか」
「昨日は昨日。今日は今日で駄目です」
朝餉を何とか食べ終えた総司がまだセイに繰り返す。だが、セイは淡々と膳を下げて白湯を注ぐ。
「そんな……。少しでいいんですよ」
「駄目なものは駄目です。少しお熱もあるようですし、起き上がるのもこうしてお食事と手水だけです」
「神谷さん!」
「お薬、きちんと飲んでくださいね」
膳を手にしたセイは、不満そうな総司を残してそのまま部屋からさっさと出ていく。
障子を閉めてから、セイは深く息を吐いた。
総司がやりたいといっても、なかなか思う様にさせられないのはセイにも辛い。
ばっさりと切り捨ててしまうくらいでないと、押し切られてしまいそうになるのだ。
そうっと部屋の前から離れて膳を南部たちの弟子に預けてから、セイは総司の汚れ物の始末にかかる。
屯所に戻りたい、今の情勢を少しでも知りたい。
総司がそう思っていることは手に取るようにわかるのだが、屯所から離れられたからこそ、今は安静にすることに集中してほしい。
このまま熱を出すことを繰り返し、衰弱し始めることが怖い。
南部の家はそのまま家の中で患者を見るわけではないが、それでもそこらの町屋にしては奥に広い。
総司が眠っているのは川を見下ろせる部屋だが、入り口から奥に続く細長い土間の隅に洗い物を干して、冷え切った手に息を吹きかけた。
「南部先生」
「おや、神谷さん。どうされました?」
ひょい、と顔をのぞかせたセイに、南部は首を傾げた。火鉢の前で本を読んでいたところに、冷えた空気が滑り込んでくる。
「すみません。少し用を足してきたいので沖田先生をお願いできますか?」
「ええ。かまいませんよ。でも、外は雨のようですよ。大変ですねぇ、神谷さんも」
「いえ……、霧雨ですし大したことはないでしょう。では、お願いします」
頭を下げたセイが身支度をして、静かに出て行ったのは総司にも聞こえていただろうに、いつになく病人の寝ている部屋は静かだ。
しばらくしてから、南部は腰を上げた。
「沖田さん?」
すす、と障子を開くと、背を向けて横になっているらしい総司をみて、南部はそのまま部屋に入る。様子を見ようと覗き込んで、わずかに目を見開いた。
布団の主はむっつりと頬を膨らませていて、少しも眠ってはいなかったからだ。
僅かに赤らんだ顔に手を当てて、熱の具合を推し測った。
「……どうされたんです?そんなお顔をされて」
ふい、と目を閉じた総司を見てわずかに笑う。
「霧雨のようですが……、これではさすがに足慣らしは無理でしょう」
「……そんなじゃありません」
「おや?そうですか。神谷さんはすぐに戻られると思いますよ」
少し熱っぽいようだが、咳き込む様子もないことで枕元にある湯飲みに、いつでも飲めるように白湯を注いでおく。
そしてその横に置いたままになっている薬を見て、薬包を手に取った。
「朝のお薬は全部飲まれていないようですね?今からでもいいので飲んでいただきましょうか」
「……」
「まだ少し熱もあるようですし、きちんと熱を下げないといけませんよ」
「……大丈夫です」
まるで駄々っ子のようだ、と苦笑いを浮かべた南部はそれでもその場から動かない。
患者が言うことをよくきくものばかりとは限らないからで、こんなことも慣れっこである。
「さて……。先日も飲まなかった薬を布団の下に隠しておいて、神谷さんと大喧嘩になっていましたが、今回は堂々と正面から抵抗ですか」
「抵抗してるんじゃありません!ただっ……」
その先を言う前に咳の予感がして黙り込む。
掛け布団をすこしだけ折り返すと、総司の背に手をあてた。そのまま咳き込む様子もなく、治まった気配を感じてそのまま起き上がるのに手を貸す。
「さあ、咳が出る前に飲んでおきましょう」
咳止めと熱さましを差し出すと、しばらく渋面でそれを眺めた総司は渋々手を伸ばした。
かさかさと薬包を開くのを見ながら、湯飲みを差し出す。
松本や南部の指示になると、渋々でもこうしていうことを聞くのだから、抵抗するわけも知れそうなものだ。
「しばらくは雨はやみそうにないですよ。もう少し冷えれば雪になるのでしょうが」
苦い薬を飲み下した総司は、湯飲みを手にしたまま小さく息を吐いた。