寝不足のわけ

今日のネタはいつものようにどこかに、です。

 

むくっと夜中に起き出した総司の目が開いているようで開いていない。

―― きた
―― きたぞ

声にならない恐怖が隊部屋の中にざわざわと広がる。にじ、にじっと皆が奥の方へと布団ごと移動していくと、総司の周りには大きな隙間ができてくる。

じっと、床の上に起き上がった総司がしばらく動かずにいると、やおら隣に寝ているセイの布団をがばっと剥いだ。

「っ?!」

すやすやと寝入っていたセイは驚いて、飛び起きようとして半身を起しかけた。

むぎゅ。

―― またですか……

力任せに抱きついてきた人にこちらも目が開いていないセイが思い切り力任せに振り払おうとするが、当然振り払えるものではない。

「神谷さんのいけず~」

―― でた!!

なぜか順番が決まっているらしく、この言葉が出ると悪夢の序章から本編の始まりである。
ぐいぐいと力任せに抱きついて、振り払おうとするセイをなおさら押さえこむ。

「神谷さんのいらちー」

―― 二つ……

ぎゅうぎゅうと抱きついた総司がセイの鎖骨のあたりに顔を乗せて、ぶつぶつと言い続けている。言われる方も眠いところを叩き起こされて、文句を言われるわけだからたまったものではない。まだ目が明かないが、徐々にセイの眉間に皺が寄り始める。

「神谷さんたら~、てんごせんでくださいよぅ」

―― 三つ……

悪戯するなと言われても、しているのは総司のほうで、されているのはセイである。被害者のセイに向かってやめろと言われてもどうしようもないのだが、本人は全く寝ぼけているので自覚がない。

「ふふふふ。神谷さん、いーにおい」

―― 四つ……

隊士達が掛け布団を頭まで引きかぶって被害を最小限に受け止めようと身構えはじめる。同時に、目を瞑ったままセイは抱きつかれた状態からどうにかこうにか、利き腕を総司の腕の中から引っこ抜いて自由にすると、布団の脇に置いてある脇差に手をかけた。

そろそろ目はあくようになっているのだが、目を開けないのは間近に総司の顔があるからで。

しかし、全く夢の中にいる総司はセイが大人しくなったと思い、満足そうに、ぐいっとセイを引き寄せて布団をかぶった。

「うふふふ。神谷さん、あったかーい……」

―― 五つ!!

びきっ。

隊士達にはセイのこめかみの血管が切れる音が聞こえた気がした。上半身を押さえこむように抱き込まれていたセイがぐっと腰に力を入れて身を捻ると、総司の腕から抜け出して手につかんだ脇差で思い切り周囲へ向けて振り回した。

「いー加減にしろっ!!」

そうはいっても、総司を本気で殴れるはずもなく、また半分眠っていても腐っても沖田総司である。
ころり、ころりと布団の上を転がって巧みにセイの脇差から逃げ回り、おかげで代わりに逃げたはずの隊士達が布団越しにセイから思い切り打ちたたかれる羽目になる。

「いてっ!」
「うわっ」

薄暗い隊部屋の中で散々暴れたセイはおかげで自分の床の周囲から不穏な動きをする人物をいったんは駆除したことに満足して、脇差を置いた。だが、それで済めば誰も苦労はしない。隊士達もこれほどの苦労は感じなかったかもしれない。

セイが自分の床に戻って、再び掛布団をかけて寝ようとすると、今度はその掛布団の中にもぐりこむ黒い物体がいた。

「~~っ!!!」

驚いて逃げようとするセイの口をご丁寧に手でふさぐと、自分の胸に押し付ける。そして足は自分の足の間にがっちりと挟みこむと懐にすっぽりとセイを抱え込んだ総司がむにゃー、と声を上げた。

「神谷さん、だーーい好きですよ……」

布団の中での息苦しさと、総司の胸元に押し付けられたために、今ごろ総司の腕の中で真っ赤なゆでダコになっている者がいるはずだ。
殴られても掛け布団の中から出てこなかった隊士達はこれから朝になって総司が目を覚ますまで、ひたすら続く睦言の寝言を聞かされる羽目になる。

「くふっ。神谷さん、可愛い……」

涙にくれながら耳をふさぐ隊士達と、いい加減赤くなることにも疲れたセイが抵抗をあきらめてぐったりと目を閉じるころ、朝を知らせる雀の鳴き声がちゅんちゅんとし始める。

―― また今日も朝になってしまった……

総司を除く全員のため息とともに起床の太鼓が鳴り始める。

―― 終わり ――