迷い路 14

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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だてに総司の傍にいていろいろなものを見てきたわけではない。ただならぬものを察したのも無理はなかった。
そんなセイが初めから柴田について、色事を疑ったのではない。これもまた、セイだから知りえたことではあったのだ。

花街を原田や永倉達に引き回されているだけではない。隊士達のつけ払いを始末しに行くこともよくある。

そんな店の一つが土方が総司を連れて妓達を呼んだ店、立花屋だった。

「女将さん、いつもすみません」
「いえいえ。以前はさておき、神谷はんがこうして間に立ってくださるようになってからはずんと楽になりましたんどす」

法度があったとして、つけ払いの先延ばしくらいは皆平気でやっていたのが新撰組である。刀と身分にものを言わせることなどざらであったが、セイが間に立つようになって、以前はいつ払われるかわからなかったつけがきちんと入るようになった。

それだけに、今までは店と揉める隊士もいたが、それもない。
そんなセイは花街からの信頼も厚いのだった。女将の部屋で隊士達のつけだけではなく、土方や幹部たちの支払いも済ませていたセイは、女たちの話にも耳を傾けていた。

「天神上がりされた方たちは皆、評判のようですねぇ」
「ま。神谷はんにはとうにええ人がおいやすのに」
「まあ、それはそれということで……」

軽口を叩くのも慣れたものだが、セイがこうして話を聞いて歩くのにもわけがある。妓達の噂話や相手の話をそれとなく耳に入れることは隊士達の動向を知るのも悪い奴らの動向を知るにも必要なのだ。

「ほんに、皆ええ子ばかりですえ。中でも紅糸と桜香は、ほかよりも抜きんでてましてなぁ」
「紅糸さんは禿の頃からいらっしゃいましたよね」

太夫や天神についている禿にも心付けを渡すこともあって、ほとんどの顔を見知っている。女将は心得顔で頷いた。

「へぇ。紅糸は本当にこのくらいの頃から店にいた子ですから……。ほんに気立てもよくて」
「うちの隊士達が何かあるときは遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ほほ。この頃は原田先生や永倉先生だけでなく、神谷はんの睨みもよおく、きいてはりますから皆さん、お行儀がよろしゅうて」

それなりに、酒が過ぎたり、捕り物の後などはやんちゃが過ぎる者もいるようだがそれも、そこそこセイの耳には入っていた。度が過ぎたものは、セイがその隊の組長にそっと囁くこともある。

「もう一方、桜香さんというのは?」
「この子は、お武家の出でございましてなぁ。今どきは掃いて捨てるほどもある貧乏な御家人の娘に生まれたのに、少しも後ろ向きなところがない子どしてなぁ」

武家の出自であれば、習い事も禿よりも秀でたものがいてもおかしくはない。
踊りはさておき、桜香もその手は見事なものだった。琴も茶も花も、一通りはどこに出しても恥ずかしくないほどに仕込まれていたために、すぐに天神になったらしい。

「それは、話に上りますねぇ」

花街の妓になって、後ろ向きにならぬ女といえばそれは、よほど腹を決めているか、もとより水があっているかの二つに一つである。いろんな妓を知ってはいるが深雪太夫のように武家の出というのはそれだけで話題に上るのだ。
思わずセイがそういってしまうのも無理はなかった。

「どうやら、ここに来る前に心に決めたことがあるようで、それが……」

心の支えになっているが故に、卑屈になることもなく、明るく胸を張っていられるらしい。なるほどと頷いたセイは、耳にしたことを胸に畳んだ。

「お前……。気持ち悪すぎんだろ、その顔」
「うぉ!神谷!!」

今日もその帰りで思い切り魂の抜け切った顔をぶら下げた中村の前にセイが立っていた。伊東の不在の間、時折、花香のもとへ足を運んでいたのだ。

じろーっと眺めるセイに我に返った中村はバタバタと手を動かす。

「あ、あの、これは、えと」
「顔でも洗って来いよ。みっともない」
「お、俺はっ、その伊東先生のご不在の間にだな」
「はいはい」

花香の噂は伊東の配下に下った隊士達の間ではそれなりに有名だ。セイはそれを知らないが、花香の色に見とれて来たことくらいは簡単に想像がついた。

その中村はセイの追及を避けようと、何か違う話題を求めて、必死に頭をひねる。

「あっ!そうだ、お前、この前柴田さんのこと聞いてたよな?」
「え?ああ。もうそれは……」

いいよ。

これ以上、柴田の深みを覗くことがいけないことのように思えてきたところだったので、セイはそう言いかけたが、それよりも自分の焦りで手一杯だった中村が先にしゃべり始めた。

「あの人も酒ばっか、飲んでると思ってたんだけどやっぱり遊ぶこともあるんだな。戻ってくるときに見かけたんだよ」
「そりゃ……。たまにはそんなことだってあるだろ?」
「いや、そうかもしんないけど、どっかの禿に文だかなんだか渡してたんだよ」
「えっ?!」

支度前の妓達と顔を合わせることなど、そんなに多くはない。初めてセイが明里と出会った時などはとてもまれなことで、見世のあく前の花街を歩く者たちなどよほどの酔狂ものか、馴染がいるか。はたまた居続けの帰り足か。

ところが、柴田は往来から少し物陰に入ったところで人目を避けるようにして何やら話をしていたというのだ。

「ありゃ、禿に頼みごとできるってよほどじゃないと無理だろ?意外だったよ。花街に足を運んでるとこなんか、見たことないし」
「それ、今さっき?」
「ああ。ま、非番の間に何をしてようと俺には関係ないけどさ」

眉間にしわを寄せたセイは、ますます柴田の深い、踏み込んではいけない一面を見てしまった気がした。
あの一度だけで、柴田が夜稽古をしている姿は目撃していないにも関わらず、何かあるとセイの勘が告げていたのだ。

「あ、おい?!神谷!」

呼び止める中村の声も聞かずに考え込みながらセイは歩き出した。
太鼓楼の脇に立っている防具をしまう小屋に不足を数えに行ったついでである。道場へと足を向けながら知らず知らずのうちに、片手が口元に向かう。親指の爪のささくれたところを無意識に噛みしめながらもやもやと考えてしまう。

どれも切れ切れでつながりのないものでしかないのに、どうしてこんなに気になるのか。

それは、土方と同じようにこれまでにも同じような隊士を何人も見てきたからだ。見せしめとして切腹していった隊士達にもそれぞれ、訳も言い分もあったにせよ、たどった道は一つである。

その先を考えたくないのだと自分でもわかっていたが、自分でそれを認めるのは嫌なものだった。

「どうしたんです?百面相なんかしちゃって」
「……かくし芸の練習です」
「ええっ?!神谷さんてば、そんな特技もあったんですか?!」

道場にいた隊士達の中から、セイをみつけて近づいてきた総司が声をかけたのもむっつりと受け流したセイは、再び稽古に戻った。

 

 

– 続く –