迷い路 43

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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「……なんですか。いったい」

しばらくして、小さく総司が返事をすると、セイは顔をあげて、いつの間にか目の前に座っていた総司を見た。きちんと正座した総司を見て、もう一度手をついて頭を下げた。

「昨日は、申し訳ありませんでした!」
「え……」
「一晩……、眠れなくて……。ずっと考えていたんです」

どうしてそんなに総司が苛立って、セイに怒りを向けたのか。

泣いて、泣き疲れて、それでも眠ることなどできなかった。だから、鈍った頭で必死に考えたのだ。

「確かに、私はわかってなかった」

恋情のもたらす狂気を総司も知っている。
本当に相方だったかどうかはさておき、客として対応してくれた紅糸が亡くなって、総司が何とも思わなかったはずがなかった。
土方が、妓達のことを何とも思わなかったはずがない。原田が。

一番外側にいたセイが、その誰かを責めるようなことを言っていいはずがなかった。

「沖田先生のおっしゃる通り、私には何もわかっていなかったかもしれません。それでも、一つだけ、一つだけ信じてください」
「何をです?」

話を聞いていた総司の身を包む空気がふっとゆるんだのを感じたセイは、いちかばちかの賭けにでる。目の前の床に手をついたセイは、腰を上げて総司に向かって動いた。

「!」

一気に総司に近づいたセイは、自分から総司の唇に触れてすぐに離れた。
離れてから驚いた総司の顔に一気にセイは赤くなった。薄暗いから見えないだろうが、セイ本人は顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。

「……神谷さん」
「せっ、先生は何とも思わなかったかもしれませんが、私は……嫌じゃなかったですっ」

一息にそういって、膝の上に置いた両手を握りしめたセイは、俯いたままぎゅっと目をつむった。
さすがにもう呆れられると思ったが、それでもよかった。このままでも総司に見放されるくらいなら。紅糸も柴田もまっすぐだったことだけは本当だから。

身を強張らせていたセイはふっと動いた空気を感じた。

「え」

ふわりと総司が両腕の中にセイを包み込んだ。抱きしめているのに、少しも強くなくて両手の中に卵を包み込むように優しい。

「……すみません。わかっていなかったのは私のほうかもしれません」

恥ずかしくて固まっていたセイは、飛び上がるほど驚いて、総司から離れようと総司の腕に手をかけた。耳元に聞こえた総司の声に震えるセイの手を感じた総司が、ゆっくりと腕に力を込める。

「あなたの言うとおりです。想う人がいたら、その人を手に入れたいと思う。でも、想うだけで幸せになれることも確かにあるんです。その人を想うだけで、どんなにくたくたになってても力が湧いてくる……。その声が、その手が、その笑顔が私にたくさんのものをくれる」

胸が震えるほど、嬉しくて。どんな痛みにでも耐えられる気がした。

セイが言うそんな想いや日々は決してきれいごとだけではない。いつ、終わるかもしれない日々の中だからこそ、よりどころであり、かけがえのない想いだからこそ。

腕の中に納めると思っている以上に華奢な体を抱きしめているだけで、胸の中が温かくなる。男とは確実に違う、柔らかさに胸が締め付けられる。
頬を寄せたセイの頭を撫でるように片手で引き寄せた。

「どちらが正しいなんて誰にも言えなかったのに……」
「お、沖田先生?」

あれほど無造作に昨日は押さえつけたのに、今は壊れ物のようにセイを抱きしめる。こんなにも愛おしいのに、恋情に任せて傷つけることなど総司にはできなかった。

「私には、大事な人を傷つけることなんてできません。傷つけるよりも……」

たとえ、想いが叶わなくても、その眼が違う誰かを映していたとしても。
好きだと伝えたい。すべての人が敵になったとしても、自分だけは必ず守るからと、伝えたい。

腕にこめていた力を緩めると、セイの肩を掴んで少しだけ自分から離して、その額に自分の額を寄せた。

「神谷さん。あなたが好きです」

ありがとう。
孤独を恐れて、いつの間にか誰かの盾となることだけを目指してきた自分の目を開いてくれて。

ふっと額をぴたりとつけていたセイの存在が薄くなったような気がして目を開けた総司は、目の前のセイの顔を覗き込んだ。

「神谷さん?……すみません。不快にさせてしま……」

息をすることさえ忘れてしまったセイの見開かれた目から大粒の涙があふれ出していた。

「……っ!」

大きく息を吸い込んだセイが総司の着物を掴んで、その胸にしがみついた。

「かみ」
「ずっと!!……先生のご迷惑にだけはなりたくなかったのに、どうしても諦められなくて!紅糸さんや柴田さんみたいに、私もいつ道を踏み外すかわからないと思ったら怖くて!!……怖くて、苦しくて……」

皺が寄るほど、強く総司の着物を掴んだセイに驚いた総司はそうっとセイを抱きしめた。肩に乗せられたセイの頭を何度も優しく撫でる。

「先生がっ……、いつかお嫁さんを貰っても必ずお傍にいますから!お願いですから」
「神谷さん」

セイの顔を両手で包み込むとそっと唇を合わせた。涙にぬれたセイの冷たくなった頬が総司の頬に触れる。顔を包み込んだ手で涙を拭って、セイから離れた。

「私は、喜んでもいいんでしょうか……?その、勝手に勘違いして舞い上がってたら恥ずかしいですし……」
「そんなの、決まってるじゃありませんか!ていうか、ここまで言っておいて、それを疑います?!」
「だって……。本当だったら、嬉しくて、嬉しすぎて、もっと欲が出てきちゃうんですが……」

―― もっと、わがままな欲が出てきますけど、いいんですか?

困ったような総司の顔にセイは目を伏せて両腕で総司を抱きしめた。

– 続く –