その願いさえ 10

〜はじめのつぶやき〜
ご無沙汰してしまいましたー。

BGM:Je te veux
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「あ~!もう!!汚したら必ず教えてくださいっていつも言ってるのに!見逃した!」

出先から戻った土方の着物は必ず後でほつれや染みがないか、セイは確かめているのだが、たまたまの物があったのだろう。
汚れ具合を確かめてから、繕う必要がある着物の上に放りだした。

「……わかってるんですけどね。色んな憂さもあるでしょうから」

土方の副長という立場からしてセイが怒っているのだろう、とおもったが、どうやらそれだけではないらしい。
妓遊びもあまり好きではないだろう酒も、日ごろの憂さを晴らす一つなのだろうと思うのだという。

「それこそ、局長や沖田先生とは違って、副長は妓修行を積まれた方だってわかってるんですけど!こういうのは、隊の風紀にもよくないですから」
「……なるほど」

頷きはしたが、なんとはなしにまるで女子のような言いざまだなと、新平の頭に思い浮かんだ。相田や山口には聞かされているから、セイの姿形には頓着したことがないが、同じ男としてただ気が回るというのとは違う気がする。

―― 小姓でも気が利きすぎる

ここが猛者の中だからこそ、余計にそう感じるのかもしれないが、病というものはその気働きまで変えるものか、と密かに胸にとどめた。

* * *

新平は日ごろから己の荷物は最小限に、整えておくようにしている。ほかの者たちより行李の中もかなり少ない。それを広げてさらに中に置いている小さな行李をあけた。

先日手に入れた切り餅はこの中に密かに隠してある。日銭は隊からの支給される金でおおよそは足りているから、あまり余剰の金を大っぴらに使って疑われるような真似はしていない。

もちろん、あらぬ疑いをもたれそうなものは密かに隠してある。

「おや。郷原さん」
「沖田先生」

にこにこと笑顔で近づいてきた沖田に、新平は軽く頭を下げた。

「すごいですねぇ。あの神谷さんがべたぼめしていたんですよ?」
「お役に立てて何よりです」
「私なども武士とはいえ、貧乏な家でしたから、郷原さんのようにきちんとした方にいてくださるとありがたいです」
「恐れ入ります。ときに……、沖田先生。少しよろしいでしょうか」

小さな行李に蓋をして着物を乗せた新平に、総司はにこにこと頷く。新平は行李を閉じて、部屋の隅へと押しやった。

「なんでしょう?」
「ここの庭、沖田先生や神谷さん以外も歩いている人がいるんですね」
「ええ。集中したいときにいいんですよねぇ」

にこりと笑った総司はその場で立ち上がって、笑顔のまま新平を振り返る。

―― 察しのいい組長だ……

にこりと笑顔を向けているが、目は鋭い気がして頷いて立ち上がった新平は、総司に続いて庭に降りた。

セイがよく洗濯物を干す場所からさらに奥へと足を進めた総司は蔵に近い庭木の傍へと足を進める。このあたりならと、足を止めてゆっくりと振り返った総司に新平は腰に手を当てて頭を下げる。

「申し訳ありません。これを」

土方の部屋で見つけた紙片を懐から取り出して、小さく巻いたまま差し出す。まだるっこしい説明よりも、これだけ察しのいい組長なら話を邪推せずに聞いてくれるだろう。

内容は頭に入れてある。これを差し出すかどうかは賭けの一つでもあったが、行けると踏んでいた。

受け取った総司は表情を変えずに紙片を開いてからすぐ再び紙を小さく丸めた。

「副長の衣替えをしているときに、前立ての隅に織り込まれているものを見つけまして、つい、そのまま持ってきてしまいました」
「……なるほど」
「そのままにしておくわけにはいかないと思いまして、迷いましたが」

紙片を懐にしまった総司は、腕を組んで新平を見た。

「神谷さんには何も言わなかったんですか?」
「はい」

ふっと総司は笑みを浮かべた。

「どうもありがとう。賢明な判断、感謝します」

―― ああ。やっぱり恐ろしいくらい察しのいい組長だ。昼行燈のように思えるのに、やはり沖田総司の名は伊達ではない

まだ隊に入って日の浅い新平のことだ。疑われるか、出過ぎた真似をしたと叱責されるか、そんな可能性もあったのだが総司は穏やかな顔のまま、そのどれでもなかった。

「出過ぎた真似をお許しくださり、ありがとうございます」
「見てしまったなら、隠しても仕方がないでしょう。郷原さんは、東さんをどう思いますか?」
「どう……、と言われましても、ご存知のように江戸から参る際に同道した程度。組も違いますし、それほど親しいわけではないので正直わからないとしか申し上げられません」

ゆったりと頷きながら聞いていた総司は、そうですか、とだけ答えた。

試されている。

総司が見た目通りではないとわかっているだけに、平静を装うのはなかなか辛いものだ。落ち着いて受け応えた新平に総司はただ頷いて見せた。

「……なるほど。そうですね。ときに、このことは、他言無用でお願いします」
「は。承知いたしました」

頭を下げた新平が、話はこれまで、とばかりにその場から立ち去ったあと。
総司はその場に腕を組んで佇んでいた。