その願いさえ 15

〜はじめのつぶやき〜
気づけば2か月くらいあいてしまいましたねー。

BGM:Je te veux
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古着屋で着物を用意した新平は馴染みになっている船宿に急いだ。風呂敷を小脇に抱えて駆け込んだ新平を見て、出迎えた店の者はすぐに二階へと促した。
部屋の前で連れが来た、と声をかけてもらい、襖を開く。

新平は、しょんぼりと部屋の真ん中に背を向けて座っていたセイを目にして息を吸い込んだ。

「……遅くなって、す、……申し訳ない。長着をとりあえず用意してきたが、これでどうだろうか」

セイの傍らに片膝をついて、風呂敷を広げるのは背後から近づいてセイを驚かせないようにだ。
努めてセイが普段、身に着けているようなものを選んだため、違和感はないだろうが、やはり本人が選ぶものとは印象が違うかもしれない。

とにかく、セイを驚かせないように、怯えさせないように、身支度を整えさせるのが先だと思っていた新平に、がばっとセイは手をついて額を畳に擦り付けた。

「郷原さん……!申し訳ありません。ご迷惑をおかけ致しました」
「……さっさと着替えていただけますか。それでは話もできない」
「……!」

セイが顔を上げるより先に立ち上がると部屋の中を見て、壁際の衝立を移動させる。乱れ箱がおいてあり、それを滑らせてセイが気兼ねなく着替えられるように場を整えると背を向けて部屋の入口に向かって腰を下ろす。

新平の躊躇いのない動きに、涙目のセイはぐいっと顔を拭って立ち上がった。

「ありがとうございます!」
「手早く頼みます。申し訳ないがここにいさせてもらいますので」
「はい!」

さっと身を翻したセイは、乱れ箱に新平の羽織を置くと、手早く袴を脱いだ。斬られた長着を脱いで、新平が手配してくれたものに袖を通す。腕の長さに合わせてくれたせいなのか、少し丈が長めだったが腰を端折り、もう一度、袴を身に着ける。

新平が戻ってくるまでの間に、店の者に頼んでさらしは新しいものに替えていたから、長着だけを畳んで風呂敷に包みなおす。

衝立を戻して膝をついたセイはきちんと畳みなおした羽織を目の前において口を開いた。

「お待たせしました。大事な羽織をお借りいたしました」

そろそろ終わっただろうとはわかっていたが、セイから声をかけられるのをじっと待っていた新平は、畳に片手をついて向き直る。
きちんと身づくろいを済ませ、髪も手で撫でつけたのだろう。

落ち着いたセイの様子にほっと息を吐いた。

「少しは役に立てたようでよかった。……何か茶でも頼みますか」

さすがに昼日中に酒はまずい。総司への言い訳もあるので、手をたたいて店のものに茶と茶菓子を頼むと、羽織を引き寄せた。
それほど長くはない時間だったのに、仄かに、セイの香りがする。

我知らず、新平の眉間にしわが刻まれた。

「訳を、教えていただきたい。私には病がどうとかいうことより、神谷さんの口から嘘偽りのない事実を教えていただきたい」
「……それを聞いて、どうなさるんですか」
「それは聞いてから考えます。でも、もし、ここで神谷さんが話してくれなくても、嘘をついたとしても、もうすでに私は知ってしまっている。事情を聴いても聞かなくても同じだと思いませんか」

どちらにせよ、同じだと迫った新平に、セイは腹を決めて口を開いた。
隊に入った理由、それからも身を偽ってきたこと。途中、総司のことは省くつもりだったが、新平のほうから呆れた口調で突っ込まれる。

「嘘偽りなく、とお願いしましたよね?どう考えても沖田先生が一枚も二枚も噛んでなきゃ今まで無事に済むはずがないでしょう。それに、病の太鼓判を押した法眼もご存じなのでしょう?」
「……それは……」
「呆れた話ですよ。ひな鳥の刷り込みじゃあるまいし、どちらが先かなんて野暮は聞きませんが……。どこの世の中に仇討ちの挙句、惚れた男のために武士になる女子がいいるんですか」

心底、呆れかえった新平の口調にセイはただ、うなだれるしかない。
膝の上に手を置いて俯いていると、茶と大福が運ばれてきて、それを受け取った新平が二人の前に盆を置いた。

「……世の中変わった者が多いとは言いますが、ここまで阿呆な人たちは初めて見ましたよ」
「申し訳ありません……」
「私に詫びても仕方がないでしょう?」

ひょい、と茶を飲んでから大福にかじりついた新平は、見た目では仏頂面をしていたが、腹の底では違う。
豆を残したままの餡をうまいなと思いながら、セイにも食べないのかと言った。

「どこのか知りませんが、私はこういう小豆の残ったやつのほうが好きですね」
「はぁ……。あの、それで……」

どうするつもりなのか、と新平の様子を伺っているのはわかっていたが、空恍けたまま大福をかじる。

ただじっとしていても仕方がないと、セイも腹を据えたのか、大福に手を伸ばして、口を開いた瞬間、階段を踏み抜くような勢いで近づいてくる足音が聞こえた。

「神谷さん!」

ぱん!と勢いよく襖を開いたその人は汗だくの様子で、さすがに慌てた店の者がその後ろに見えた。

「沖田先生!」

目を丸くしたセイと、汗だくの総司を見た新平は、落ち着き払って店の者に頷いて見せた。

「すみませんが、茶と大福をもう一つ頼みます」
「……へぇ」

総司と新平の顔を見比べた店の者は、新平が頷いたことでそのまま下がっていった。

へなへなとその場に膝をついたその人、総司に向かってこちらへどうぞ、と促した新平は懐から手拭いを取り出して口元と手についた大福の粉を拭った。

「あ、あなた方は……」
「沖田先生どうして……」

座り込んでもまだ、汗が噴き出たままの総司と、大福を握りしめていることも忘れそうな二人の声が重なる。その様子を見て、新平はゆったりと口を開いた。

「屯所を出るときに沖田先生は何か察していらっしゃるようだったので、さっき茶と大福を頼んだ時についでに使いを頼んだんですよ」
「神谷さんが一大事だっていうから私はもう生きた心地が……。っていうか、郷原さんなぜ?」
「わけはこれからお話ししますが、ひとまず手短にお話しすると、神谷さんが斬られまして」
「はぁ?!」

驚いて目を剥いた総司とすっかり動揺を収めた新平が顔を見合わせてから、新平は事の顛末を口にした。

セイが先ほど捕らえた者に斬られたこと。そのまま屯所に戻すわけにはいかず、ここに隠して着替えを用意したこと。そして、ちょうど事の次第を聞き終えたことまで語った。