その願いさえ 8

〜はじめのつぶやき〜
追加で更新~。

BGM:Je te veux
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「何かと思えば……」
「あっ!笑いましたね!ひどいなぁ。沖田先生は甘いものがお好きなんです。おいしいお店を見つけるのも大変なんですよ?」

むぅ、と頬を膨らませたセイに口元を押さえた新平は素直に詫びた。

「すみません。つい……。あんまり神谷さんが真剣だったものですから」
「もういいです!」
「ああ……。すみません。ところで神谷さんはどうされたんですか?」

笠で顔を隠しているようにも見えたセイに問いかけると、小柄なセイは困ったような顔で首を傾げた。

「文使いで少々……あまり大っぴらにしない方がよいことが多いものですから」

その一言に頷いた新平はそれ以上は深く追求せずに、セイを促して歩き出した。

「神谷さんは局長や副長にも信頼が厚いので難しいお仕事も多いのでしょうね。お時間があるならそれこそ、神谷さんのおすすめの店に案内していただけませんか?」
「え、でも郷原さんはさっき……」

かり、と頭に手をやると恥ずかしながら、と声を落とす。

「先ほどの店、うまいのはうまいのですが、どうにも物足りなかったものですから……」

ぷくっと鼻を膨らませたセイが、それならば、と新平を連れてうまいふかし饅頭の店へと足を向けた。

セイの信頼を得られているのかは正直自信はないが、セイが総司のことを尊敬しているということは日ごろからよくわかっている。

そしてことあるごとにそんな場面を目撃することになる。
というのも、ふかし饅頭の店につくなり、二十も持ち帰りで頼んだものだから新平は驚いてセイの顔を覗き込んでしまったのだが、店の者は慣れているのか、はぁいとあっさり請け負ってくれた。

「か、神谷さん。いくら何でも自分は二十も食べられませんが……」

控えめに新平がそう口を開くと、照れくさそうにセイは頭に手をやった。

「あ。いえ……すみません。郷原さんといただく分は別なんです。あれはその……沖田先生への土産といいますか……」
「……なるほど。とはいえ、ふかし饅頭ではあまり日持ちもしませんし、多くはないですか?」
「それがですね!」

小上がりに腰を下ろしながらセイは笠と刀をおいて握りこぶしを固めた。

「沖田先生の甘味好きは普通じゃないんです!いいですか、普通、武士がぜんざいを二十も三十もいっぺんに腹に入れますか?それも、翌朝はそのぜんざいがどうなったかまで詳細に口にされるんですよ!」
「……翌……ああ。なるほど……」

何を言い出したのかよく考えてからようやく意味を理解した新平が渋面になる。確かに、翌朝の出てきた有様まで話されてはいくら尊敬していても困るだろう。

「それに、私の懐具合ではこのくらいが……」

苦笑いを浮かべたセイに口元をゆがめた新平は余計なことは口にせず、饅頭を二つに割った。中から湯気が立ち上ってなかなか手にしているにも熱いが口にするとほのかに酒の風味もしてなんとも言えずうまい。

「あっ……。これは、うまいですね」
「でしょう?!」
「ほんとうに」

そういいながら茶を口にすると、濃い茶が今度は逆にうまい。
それにも驚いた新平に、セイは頷いて見せた。

「嬉しいですね。郷原さんは茶の味がわかる方なんですね」
「あ、はぁ……。そんなものでしょうか?当たり前だと思いますが」
「そうでもないんです。うちの隊って茶や甘味より酒という人がほとんどなんですよ」

生粋の武士であり、江戸にいた頃はそれこそたしなみというものも一通り学んでいる。京に上って、それが役に立っていることには、ほっとするのと同時に、改めて新選組がどんな無頼漢を集めたのかと思えなくもない。

「あの……、でも、だからといって皆武士じゃないわけじゃないんですよ?」

新平の微妙な空気を察したのか、セイがまじまじと新平の顔を覗き込んでくる。
慌てて、ぎこちなく見えないように笑みを浮かべた新平に、セイはふっと視線を落とす。

「……そういっても、もともと武士である郷原さんには違和感を覚えることもあるでしょうね」
「それはまったくないわけではないですが、致し方ないといえば致し方ないでしょう。それを束ねていらっしゃる組長や先生方のお力がすごいなと」

控えめながら率直な意見を口にした新平をにまっすぐ目を向けて、何度か目を瞬いた。

「あ……、申し訳ない。新参者が出すぎたことを申しました」
「いえ、少し驚きましたが、郷原さんはよく見ていらっしゃるんですね」

何を、とは言わなかったが、あえて口にしなくてもそれを察したセイが同じようにまだこじんまりしていた屯所自体から目配りを続けているからでもある。
なるほど、と思う反面、新平は、長い時間屯所で過ごしてきたセイに気を引き締めなければと思い直した。

セイを信頼させようとしているわけではなく、セイが自分にできるかぎりのことで総司を喜ばせようと思っている姿に何かしたくなったというのが一番近い。
饅頭を食べ終えて席を立ち際に、セイが土産の饅頭を受け取っている間に新平は小粒を懐から取り出して支払いをすませてしまった。

「郷原さん!駄目ですよ、私が払いますから」
「いえ、今日は思いがけずうまいものを口にできましたので、その礼です。私はあまり酒をやりませんので、それほど使うあてもありませんし」
「そんな気をつかわなくても」

先輩であるセイのほうが奢るべきだと恐縮するセイに次はもっと違う店を教えてもらう約束をして、帰営する。嬉しそうに総司に駆け寄り、ふかし饅頭を差し出している姿を眺めると、なんだか微笑ましくて新平は隊部屋を出た。

廊下には、懐手にした男たちがうろうろしている。もちろん、きちんとした身なりの者たちもいるが、そうでない者もいる。

セイの言葉ではないが、組によって違いはあれど、新選組の中はやはり武士の集まりというにはほど遠い、まさに壬生狼からいまだに抜けられずにいるように思えた。