その願いさえ 9
〜はじめのつぶやき〜
見直し大事ね。
BGM:Je te veux
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役や働きによって、給金が違うから当然捕り物の時などは皆、手柄を立てようとするが、元が元だけに稽古を嫌う者も多い。
だからこそ、腕の立つ一番隊の中でも新平はそれほど下ではない。
ほどよい立場にうまく入り込むことができたといえる。
―― さて……。だからといって、あの組長の傍にはなかなか近づけそうにもないのが難しいところだな
苦笑いが浮かぶ新平が、昼間セイに語ったのはあながち嘘を言ったわけではない。局長、副長をはじめとする幹部は見事に仕切っている。
うまく仕切っているからこそ、幹部しか知らない、平隊士にはほとんど何も知らされないことも多い。
幹部は組長以上となっている以上、簡単になれるものではないのだが、そこに唯一入り込んでいるのはセイくらいだ。
「……あとは、監察……か」
中庭を歩いていた新平はうっかりと小さく呟いてしまう。
この中庭を歩くのは総司とセイとくらいがせいぜいなので、一人考え事をするには向いているとここ数日で気づいたのである。
ようやく余裕ができてやっとわかったわけだが。
ぱきっと足元に落ちた小枝を踏む音がして、はっと振り返る。
「すまん。人がおらんと思ったのだが」
「斎藤先生……!」
「考え事か?邪魔して済まなかったな」
いつの間にか背後に近づかれていたことにまったく気づかなかった。
動揺したのは一瞬で、ふっと短く息を吐いた後、腰に手を当てて頭を下げた。
「とんでもありません。私のほうこそ、ほかにどなたもいらっしゃらないと思い、気を抜いておりました」
「ふむ……。一番隊の、郷原だったか。時には休息も必要だろう。気にするな」
腕を組んでそのままゆったりと歩み去っていく斎藤を見てふっと眉をひそめた。
背後にあれほど近づかれるまで気づかなかったというなら、あの小枝の音はわざとに違いない。足元は湿った土と落ち葉や小枝がある。小物たちが庭を掃き清めてはいるが、足音がまったくしない場所ではない。
―― 聞かれたか……
たった一言ではあるが、思わぬほころびにならぬよう、気を引き締めなければ。
新平は、気を取り直して庭下駄の先を隊部屋のほうへと向けた。
* * *
伊東参謀が視察とやらで不在らしいが、そのせいなのか隊の中はひどく静かだ。
「神谷さん」
「はい?」
新人隊士の面倒を見るのはセイの役目のようで、あれこれと新平の面倒をみようと傍にいてくれるのは新平にとっても助かる。いい大人にそんなものは不要だというべきところだが、セイは近藤や土方の手伝いをしていることが多い。だからこそ、その手伝いをすると進んで新平は言い出した。
今も、ほかの隊士が嫌がる上に、小者たちもあまり手を出したがらない、土方の衣替えを手伝っている。それなりの立ち振る舞いを求められるようになって、入れ替える着物の数もだいぶ多い。
「いつもは神谷さん、お一人でされているのですか?」
「ああ。衣替えですか?そうですねぇ……。沖田先生が手伝ってくださることもありますが、大抵は私が」
そういいながら、セイが手際よく衣類の仕分けをしていく様子をなるほどと思いながら眺めている。
「大変ですが、確かにほかの方では難しいでしょう」
「え?」
「お召しになる場や理由、そういったことをご存知な神谷さんだからこそ、こんなに手早く片づけられるのでは?」
着物と袴と、羽織と、組み合わせがあるものはそのように一揃いでたとう紙に包む。こだわらないものは虫食いや、皺を確かめて繕いが必要かどうかをみてよけておく。
さすがに針仕事はできないが、隣で行李から運んできた新平は、途中からセイの前に運んでおいて、自分の目の前にも一山積み上げた。
さっと開いて様子を見て、手をかけるものはセイのほうへ、そうでないものはよそいき、普段着、と仕分ける。それを見ていたセイのほうが今度は手を止める番だ。
「郷原さんこそ、手伝ってくださると思いませんでした」
ん?、と新平が顔を上げると、セイがまっすぐに目を向けてきた。
「普通なら、隊士の皆さんが手伝ってくれることはほとんどないんです。面倒ですし、そもそもわからないって。でも郷原さんはわかってらっしゃいますね」
「……特別なことではないでしょう。私はずっと育った家でもこういったことをしつけられてきましたから。江戸詰めのままの暮らしは、江戸での粋だけではだめだと母が」
「お見事です」
セイ一人では丸一日かかってしまうところだが、この分ならあと一刻もすればおおよそ片付くだろう。
たとう紙が足りなくなって、立ち上がったセイが副長室からでていった間に、ふと広げた羽織に触れた新平は違和感を感じた。
「……?」
広げた羽織を手で探る。襟から羽織の前立ての上に手を滑らせた。
襟芯のように思えたが前立ての一番下、折り返しの内側に何か挟まっている気がする。隙間に指を差し入れて探れば指先に確かに触れた。
そのままでは奥に押し込んでしまいそうになって、表から逆に押し返す。
どうやら丸めた紙片のようで、なんとか引き出すことに成功したものを指先でかさりと広げる。
“新入隊士東 ハリや”
一瞬、体中の神経がびりっとしたような気がして、すぐに懐に仕舞い込む。何事もなかったように羽織を畳み、次の着物を広げる。
何気なくではあるが、一つ見つけてしまったために同じような隠し事がないか、つい意識してしまう。
「お待たせしました。郷原さん」
「あっ、おかえりなさい。神谷さん」
「……?どうかしました」
わずかに動揺したのを見逃さずに問いかけられた新平は、ちょうど動かしていた手元をセイにみえるように向けた。
「いえ。存外というか、副長は洒落た方なんだなと思いまして」
顔を上げた新平は、苦笑いを浮かべて着物の襟もとを返した。うっすらと色が変わってしまった白粉と、紅の跡がついている。くわっと目を吊り上げたセイが、たとう紙を脇に置いて新平の手から着物をひったくった。