その願いさえ 2

〜はじめのつぶやき〜
完全新作ってなんだよ、と思わず呟いてしまいました。なんか自分で笑ってしまうw

BGM:Je te veux
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―― 郷原新平、新平。なかなか慣れないものだな……

本当の名は置いてきた。こんなはるばる遠くまで己が来るとは思ってもいなかった。
これからは、いつ、いかなる時も気を抜くわけにはいかない。その緊張にもまだ慣れていなかった。

「郷原。お前は一番隊だ」

はるばる京まできて、ようやくたどり着いた新選組の屯所。
そこで出迎えたのは江戸で勧誘をしていた藤堂だったから、余計に緊張したといえる。

―― 俺だとよく気づかなかったな……

江戸で会ったときは、一対一でもなく、郷原とも名乗らず、片隅から見かけたに等しい。だからこそ、気づかれずに済んだ気もしている。

「は。か……承知」
「そんなに固くならなくてもいい。それで早々と死なれてはかなわん」

藤堂に連れられて、局長室に座っている。ともに京へと上ってきた男たちは、憧れの局長や噂に名高い鬼副長を前にしての緊張だろうが、新平だけは少し違った。

「は……い」
「次、牧村、東。六番隊だ」
「はい!」

名前を呼ばれた二人は素直に声を上げる。残りの二人は藤堂の隊らしく、彼らも素直な様子だ。来る道すがら話を聞き出せば皆、生粋の武士ではない。腕が立つらしい牧村という男も、剣術にのめり込んだ故に今があるようで、立ち振る舞いはこの中で一番まともだが、だからこそ江戸から来た武士というには武骨なきらいがある。

東以下三名は皆似たり寄ったりで、近藤や土方の故郷である日野から出てきた者たちだ。つまりは近藤や土方と同じで、正直者ではあるがそれだけだ。

だからこそ、余計に緊張する。差がはっきりと見えてしまうからだ。

「では今日からお前たちは新選組の一隊士だ。精進するように」
「承知」

さすがに最後は皆揃ってそう答えると、下がっていいということだ。空気を察して片足を引いた新平について牧村も立ち上がろうとする。
はて、と顔を向けた三人に小さく頷いて新平は立ち上がった。

「それでは組長にご挨拶に伺います」
「うむ。隊部屋はそのあたりにいる奴に聞けば教えてくれる。ああ、うってつけのやつがいるな」

少し待て、と片手をあげた土方が立ち上がって、大股に歩いて障子をあけた。

「神谷!神谷はいるか!」

廊下で確かにその人がいることを確信した大音声を聞きながら、新平は近藤と藤堂が困ったように目を合わせて笑うのをみた。

それを見ると、こうして呼びつけられるその人はいつものことらしい。

少しして、ふいに障子の向こう側から男にしては高い声が聞こえた。

「副長!なんでございましょうや?!」
「なんだじゃねぇ。用があるから呼ぶんだ。新人だ。それぞれ隊部屋に案内しろ」
「は……」
「名前と所属は本人から聞け」
「はぁ?!そりゃ、随分大雑把すぎるんじゃありませんか」

つい先ほどまで目の前にいた近藤とともに、とても農民の出とは思えない威厳を正していたとは思えないくらい、現れた相手に引きずられたようだ。

片側だけ開いていた障子を廊下側から勢いよく開いた声の主は、予想通りというべきか、前髪の少年だった。

「一番隊、神谷清三郎です。鬼副長がこういってますから申し訳ないですが、お名前と所属を教えてください。皆さんを隊部屋にお連れします」

呆気にとられた新人たちの中で、すう、と息を吸う音がしたのを聞いて新平は左腕を後ろに振った。
その止める仕草に気づかなかった男がぽろりと口を滑らせる。

「女……?」

その一言は、セイにとっては慣れたことでもあるが、かちんと来るのは変わらない。
ふーっと大きく息を吐いたセイが、目を閉じてから一息ついて口を開く。

「それはよく言われることですが、初めにいっておきます。誤解も多いですが、私のこの姿についてとやかく言うのは不要です。二度目はありません」

ぴしりとした物言いに状況を察した牧村が腰に手を当てて頭を下げた。

「ご無礼の段、お許しください。先輩に向かって大変失礼を申し上げました」

特に新人だからといって、他人の失言に一蓮托生ということはないはずだが道場に長くいて、一同同門、という習慣が身についているのだろう。慌てたほかの者が牧村に倣って頭を下げたが、新平だけはまっすぐにセイを見つめる。

土方は淡々とその様を眺めていた。

「端の方からお名前と所属をどうぞ」

気持ちの切り替えはできていないのだろうが、それでも押し殺すことに成功したセイは、改めて新平たちに名を訪ねた。牧村が頭を上げて答えたことに続いて、新平が答え、後ろがそれに倣う。

「わかりました。ではついてきてください」

くるりと踵を返したセイは、鬼の副長たちに何も言うことなくさっさと廊下を戻っていく。慌てて、近藤たちに頭を下げて牧村と新平はセイの後を追う。

「……あの人は強いのかもしれん」

新平とともに急ぎ足で廊下を歩く牧村が小声で囁いた。仲間意識と、驚きを共有したかったのと、それは両方だろう。
それとわかる仕草は控えて、なぜ、と短く問い返す。

「気づいたか。あの人、局長室に近づいてきたときも今も、床板が鳴らん」
「……!」

いわれて初めて新平もそれに気づく。新平もここに来るだけの腕はある。そして、この部屋に来た時と同じように自分たちの足元では耳障りな床板のきしむ音がしていて、なるほど、と思う。

―― やはりここは注意するべき場所なのだろうな

新平は戸惑いとともに自分の中の不安を押し殺した。

 

 

—続く