雷雲の走る時 18

〜はじめの一言〜
むー。斎藤さんやっぱり格好いいかも
BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「神谷。午後から出られるか」
「もちろんです」
「午後の巡察は二番隊へ変更だ」
「夜はどの隊になりますか?」

セイの切り返しに、土方がふむ、と頷いた。

「原田。お前のとこはどうだ」
「さぁて……。五番でどうです?」

原田はにやりと笑ってすぐに言い返した。今、その巡察を引き受ける気はないという意味である。

「まあ……いいだろう。神谷は午後だけでいい。あとは休め。静かなお前なんか使いものにならんからな」

セイは、話は終わりだと土方の片腕のひと振りで追い出された。
総司とセイは朝早くて食べ損ねた朝餉をもらいに行き、そのまま病間に顔を出すというセイに付き合って、総司も病間に向かった。

 

「神谷!無事かよお前〜」

足を斬られているはずの山口が半身を起して、セイに向かって手を伸ばした。他の者たちも自分たちが怪我や病気で倒れているとは思えないくらい、セイを気遣う声が上がる。

「ありがとう。大丈夫。山口さん、傷の具合は?」

そういうと、セイは小者と話をしながら自分がいなかった間の様子を聞き出している。それを部屋の入口に寄りかかってみていた総司に、斎藤が静かに近づいた。

「沖田さん」
「斎藤さん」

斎藤がくいっと顎で示して、総司はそのまま斎藤についてその場を離れた。病間を離れると、中庭の片隅まで出て、潜めた声で告げた。

「どうやら本当に根が深いぞ」
「どういうことです?」

「不逞浪士達は兵隊にすぎない。すぐ後ろはどうやら金で雇われた奴らだな。こいつらが全体を動かしている。計画を立てているのもこいつらのようだ」

表で暴れている者たちは、後ろで動かしている者たちによって場所と機会を与えられているにすぎない。
腕を組んだ斎藤が調べ上げたことを聞きながら、二人は難しい顔になる。

「後はまだわからん。だが、この金で雇われた連中は頭がいい上に腕もいいらしい。相当な使い手がいるらしいぞ」
「金で雇っている側はわかったんですか?」
「分かったといえば、わかっているともいえるが……」

その物言いで追及は難しいことがわかった。自分たちが手を出せるのは金で雇われた者たちまでだろう。

「このことを土方さんは?」
「山崎さんから伝わっているだろう」
「そうですか」

ふ、と息を吐いた総司は斎藤を見る。

「じゃあ、私達もやることをやりますか」

頷いた斉藤とともに、隊部屋へと向かう。鬼たちが、迎え撃つ準備を始めるために動き出した。

 

 

病間を出たセイは、早朝から無理を重ねたために、再び痛みがぶり返してきていた。何も食べていないうちに、手当と痛み止めを飲もうと、とにかくゆっくりした足取りで神谷部屋に向かう。

痛くて、なかなか早く歩けないのだ。

襖をあけると、セイはあれっと声をあげて驚いた。そこには床がひかれていて、昼餉とさらに、盆の上には茶と干菓子が乗っている。

「えぇぇ、なんで……!」

―― 沖田先生だ!

忙しい中で、まだ本当は動けるほど回復などしていないことを分かっていて、これだけ準備しておいてくれたのだろう。自分を心配してくれている総司の心遣いが嬉しくて、セイは顔が緩んでくる。

それから、少しずつ冷静になる。自分が思うように動けないと皆に迷惑がかかる。

今は痛みが強くて何かを食べようという気にはとてもなれないものの、膳の上の汁物にだけは手を伸ばす。そして、薬を急いで白湯で飲み込むと苦さを打ち消すために干菓子を口に入れた。

少しでも巡察の時間までに体を休めようと、床の中に倒れ込んだ。

 

次に同行するのは二番隊だった。
二番隊で襲われるかどうかだけに判断が絞られたのは、セイは知らないが、隊内にいる敵と通じているらしい者たちがだいぶ判明したことが大きい。彼らがいるのは、皆、試衛館派の組長がいる隊ばかりなのだ。

しかも敵と通じている、と判断された者たちは皆、もともと間者だったわけではなく、あるものは馴染みの遊女を押さえられた。
ある者は許嫁をわざわざ郷里から連れてこられて人質にされ、ある者は両親を人質にされている。志ではなく、脅しという形で言うことを聞かされているだけに、扱いが難しい。

すでにそちらには監察方が奪還にむけて動き出していた。敵と通じていると判断された者たちは慎重に外部との接触と絶つように処置がとられている。

さすがに拙速を尊ぶ土方の早業だった。

横になっているだけでセイの意識は屯所の中を駆け巡っていた。あちこちの声を頭のどこかで拾い上げていた間に、時間は過ぎていく。
そのセイの耳に、永倉の足音が響いた。襖があいて、いつもの飄々とした顔が現れた。

「神谷、どうだ?いけるか?」

他には何も言わなくても永倉の声が静かにセイを気遣う。腕をついてゆっくりと、セイは床から起き上がった。

「行きます」

障子の影でセイの支度を待ってくれている間に、脱いでいた羽織を纏い、刀を腰にさした。永倉の元へ歩み寄ったセイの肩に永倉がそっと手を置いた。

「頼むぜ」

頷いたセイを伴って、二番隊は巡察へと出発した。

 

– 続く –