雷雲の走る時 8

〜はじめの一言〜
実は長い?!って自分でも焦ってます。
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love

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どうして止めないのだ、という言葉を飲み込んだのは、彼らの付き合いの長さなのか、武士として感じるものがあるからなのか。

「しかしなぁ、もう土方さんも止まらんし、どうにか方法を考えないと何度、神谷を囮にすりゃいいのかわかんねぇぞ」

永倉はいつもならこの場にいるはずの原田のことも気にかけていた。この小さい弟分を可愛がっているのはそこにいる者たちだけではない。当然原田もそうだ。
その原田が一番手にセイを囮として連れて行くとしたら、気が揉めるだろう。

「必要であれば何度でも囮になってもらいますよ、神谷さんには」

静かな声に総司が言ったのだと気付くには時間がかかった。
皆が振り返るとすでにその姿はそこから離れようとしている。斎藤さえ思わずなんだ、その言い草は!と、内心で怒鳴ってしまった。

「先生方、なにしてらっしゃるんです?」

いつの間にか、等の本人が目の前にやってきたことに皆の反応が遅れた。セイは、腰に手を当てて皆に向けてきっぱりと言った。

「ここは病人や怪我人が来るところです!先生方はお仕事がおありですよね?!」

有無を言わせぬ口調でセイはぴしゃりと病間の入口を閉めてしまった。

 

 

そのままセイが病間に居座るのかといえばそうではなかった。半刻もしないうちに今度は一番隊の隊部屋に現れた。

「神谷!!」
「お前、いいのかよ?」

ばたばたと集まる隊士たちにセイは、またもや腰に手をあてて仁王立ちである。

「あのね!!私は特命なんです!心配してくださるのはありがたいですけど、心配し過ぎは迷惑です!」

ぴしゃり、と言い放ったセイは、皆が一様に口をつぐみながらもその顔には心配だと大きく書かれていることにうっかりと口元を緩めてしまいそうになった。
心配をかけるのは申し訳ないと思いはしても、皆がこれだけ心配してくれることが嬉しいのは仕方がない。日頃から、一番隊の末席だと思っていた自分でも必要と思われていたのだと嬉しくなるのだ。

しかし、その背後から冷やかな声が聞こえた。

「随分、余裕ですね」
「沖田先生」

冷やかな視線を向けてくるその姿は黒い稽古着に包まれている。

「そんな余裕があるなら稽古でも付けてあげましょうか」

隊士たちはいつも以上に突き放した総司に、恐れをなして黙り込んでいる。下手なことを言えば自分たちではなく、セイが叱られると思ったのだろう。
しかし、セイは笑顔のまま頭を下げた。

「ありがとうございます。沖田先生。でも、今からだとそんなに時間もありませんので、また明日でも稽古をお願いできますか?」
「……いいでしょう」

ありがとうございます、といって頭を下げたセイは自分の行李の中から何かを探し始めた。隊士たちは着替えを手にして総司が立ち去った後に、セイに話しかけた。

「気にすんなよ、神谷。沖田先生にはきっと何か考えがあるんだ」
「そうだよ。このあとの巡察っていうと、原田先生のところか」

幾人かの声が重なる。セイは普通に頷いて、何か探していたものを行李からみつけると、それは掌に握りこんで懐にしまった。

「午後は原田先生のところで、夜は斎藤先生のところです。それに、どちらも先生方のお隣にいることになってますから、大丈夫ですよ」

当面、午後と夜の巡察に同行するのだと話をしながら一緒に昼をとった後、普段と変わりない様子でセイは巡察に出て行った。
総司はセイが出て行くまでは、どこにいるのか一切、姿を見せなかった。

 

 

「じゃー、十番隊いくぞー」

緊張感のない原田の声が響いた。原田の隣にはセイがいる。原田とは違う意味で、セイは全く緊張していなかった。

なぜなら、午後の巡察には敵は出てこない。

そんな確信があった。それは誰にも、総司にさえ口に出していなかったことで、まだそれがどう転ぶのかもわからないが、妙な確信だけはあった。

―― そう幾度も囮になることはないだろう。

そして、セイが感じたように午後の巡察は特に問題もなく終わった。問題がなさすぎるくらいに。

十番隊の巡察を遠巻きに追いかけている一番隊の姿が見え隠れする中で、ここしばらくなかったくらい穏やかに巡察は進んだ。一人二人の不逞者さえでてこないまま終了するところがさらに不気味さを増しているともいえる。

入れ替わり立ち替わり、姿をちらほらとのぞかせているのが一番隊の隊士たちの気遣いなのだろう。心配するなとでも言いたげな様だったが、その中でも見える顔と見えない顔がある。
少なくとも、総司の気配はその中にはなかった。

巡察を終えて屯所に帰った十番隊は、ようやく緊張から解放されてやれやれと固まっていた体をほぐしている。原田は土方の元へ報告に向ったらしいが、セイは、すぐに病間に向かった。

小者に、戻ったことを告げて手を洗うと、皆の様子を見て回る。それから、自分用の薬をいくらか懐に入れると、いつもの小部屋に向かった。

山口と一緒に襲われた時に突かれた肩がひどく腫れあがっている。片袖を抜いて、貼っていた湿布をはがすと、びりびりと痛みが走った。

「いったぁ……・」

薄暗い部屋の中でセイは、もたもたと替えの湿布に手を伸ばした。一応、いきなり誰かが来ても大丈夫なように衝立は立ててあったが、すっと障子の前を黒い影が横切ったのをみて、あわてて片袖を引っ張った。
音もなく開いてすぐに閉まった障子に、はっと身を固くしたセイは、目の前に現れたのが総司だったことにほっと息を吐く。

「かしなさい」

短くそう言うと、セイの目の前に広げていた新しい湿布を取り上げた。
薄暗い部屋の中にあって、片袖を脱いだセイの白い肌だけが浮き上がるように見える。その肩口の黒々と腫れあがっている所に、そっと湿布をあてがった。
そのまま、セイの手にあった膏薬を取り上げると、腕にもそっと痛みに触らないように塗った。

 

– 続く –